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昨日の午前中嬉しい贈り物が、遠くに住む友人Yさんから今年も届いた。
自分の庭で丹精込めて育てた無農薬の八朔。
「マーマレードを作ってください」とのメモ書きも添えられていた。
“自分でマーマレードを作ることができる”という楽しみまで一緒に届けてくれる
こんな嬉しい贈り物はない。
作品展後の疲れを一気に吹き飛ばしてくれるように思い、
予想以上の疲れで沈んでいた心は八朔を見たとたんに弾んだ。
早速取りかかりたかった。
しかし何となくまだ気だるくて「明日にしよう」と。

今日、朝食後直ぐにマーマレード作りを開始した。
先ずは半分と、送っていただいた八朔の半分を使って作り始めた。
重さは約3.6kg。去年よりさらに重かった。
作り方はいろいろあるが、私の場合は八朔を4つ割りに切り、皮と果肉に分ける。
2時間余りひたすら皮を刻む。
水に浸し、濁りがなくなるまでもみ洗いをする。
その後たっぷりの水に浸し、時々水を替えながら5〜6時間おく。
果肉は袋からとりだし、軽く絞って果汁をとる。
果汁に水を加え規定の量にし、クエン酸を加える。
クエン酸を加えることで皮が煮えやすくなる。
最後に水を絞った刻んだ皮と果汁に砂糖を加えて煮る。

出来上がったのは夕方だった。瓶13個もできた
マーマレード作りにまる一日かかったが、ことしも八朔の皮を刻みながら思った。
「私はこの刻んでいる時間が好きなんだ」と。
一人で、誰にも邪魔されずに黙々と皮を刻む。
いろんなのことが心に浮かび、消えていく。
そしてまた考え、思う。
時には好きな歌を口ずさんでいる時もある。
この刻んでいる時間が何とも言えず好きなのだと再確認した。
気がつくと、昨日までの疲れは吹っ飛んでいた。
元気をもらえた嬉しい贈り物だった。
Yさんに感謝!

明日からの朝食が楽しみだ。
八朔の大好きな、近所に住む若い友人にも明日マーマーレードを届けようと思う。

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出来上がった八朔マーマレード

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# by PochiPochi-2-s | 2018-02-19 23:32 | 趣味 | Trackback | Comments(6)
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「あっ、友ヶ島の砲台跡や」
先日の絵の教室の帰り立ち寄った本屋さんで「婦人之友」(3月号)を見つけ、
パラパラとめくった時だった。この写真が目に飛び込んできた。

小さい時から両親や弟たち、いとこ達と何度も遊びに行った島。
キャンプをしたり、海辺で遊んだり、ぐるっと島を一周して歩いたり。
私には思い出の多い、懐かしい場所である。
この島へは和歌山県の北の端大阪府との境目にある加太から船(観光定期船)で渡る。

加太と淡路島の間にある紀淡海峡の真ん中にあるのがこの友ヶ島であり、
4つの無人島(沖ノ島、虎島、神島、地ノ島)から成り立つ。
冬の晴れた、空気の澄みきった日には、我が家の2階のベランダから遠く大阪湾の向こうに
この懐かしい友ヶ島が見えることがある。
そんな時はどんなに嬉しく心が躍ることか!

「ねえ、今友ヶ島が“ラピュタの島”って呼ばれているのを知っている?」
ある時、釣り好きの絵の教室の友人から聞かれたことがあった。
彼女は私が加太の近くの村で生まれ育ったのを知っているから、
私にこんな問いかけをしたのだった。
彼女はご主人と二人で時々加太まで釣りに行くのでこの類のニュースはよく知っている。
「『天空の城ラピュタ』を知っている?友ヶ島の砲台跡の場所がラピュタの天空の城にそっくりだと言われていて、観光客がたくさんきているらしいわ」
こういうことには全く疎い私にはびっくりするようなニュースだった。

「天空の城ラピュタ」は子供たち、特に長男が大好きで何度も何度も見ていたのでよく知っている。また、友ヶ島に第二次世界大戦の時の旧日本軍の砲台跡があることは子供の時から知っていた。その上、ここだけじゃなく加太から大阪の深日(ふけ)方面に抜ける途中にある大川村へ続く大川峠にも砲台跡があり、中学校のハイキングなどでよく遊びに行ったものだった。大川峠参りというものも子供の頃にあり、毎年春先にお弁当を持って祖母や両親、叔母夫婦、いとこ達とよく大川峠まで行ったものだった。

この砲台跡を遺す友ヶ島や大川峠の要塞は明治時代に旧日本軍が大阪湾防衛にために造ったもので第二次世界大戦まで日本の軍事要塞だったという。戦後70年余り、あまり知る人もなくひっそりとそこに遺っていた場所があの有名なアニメ映画「天空の城ラピュタ」で突然有名になり、多くの観光客が訪れてくるようになるとは夢にも思わなかった。
このような雑誌にまで取り上げられるほど有名になるとは思いもよらなかった。
時代が変われば、物事も考え方も変わるものだなぁと改めて驚いている。
雑誌の写真を眺めながら平和であることのありがたさを改めて感じたのだった。

どんなことがあってもこの平和を守り続けたい。
そう思った。


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終戦後完全に破壊された第2砲台跡
海の向こうに見えるのは淡路島
(「婦人之友」3月号・p9より)


* 追記 2/20:鍵コメントさんに頂いた言葉で地図を追加することにしました。
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# by PochiPochi-2-s | 2018-02-18 23:43 | 思い出 | Trackback | Comments(2)

枯れ芙蓉

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「どうやって描こうか…」
ここ2、3日、この枯れ芙蓉を眺めてはため息を繰り返すばかり。
昨日もずいぶん久しぶりにコンサートに出かけたが、
下野竜也指揮の演奏の間中もこの枯れ芙蓉が頭から離れなかった。

搬出の翌々日(14日)に絵の教室があったのだが、
みんなの疲れがピークに達していたのか、半数以上の人たちが欠席だったのは予想外だった。
案の定、この時期、先生が持って来られる画材は乏しく、何を描こうかとかなり迷った。
友人が持ってきてくれた蕗の薹は蕾が開くまでもう少し時間がかかるので家に持ち帰って見守り、描くのはその時まで待つことにした。
それまでの間に何か描こうと、この枯れ芙蓉を貰って帰ることにしたのだった。

しかしこの冬枯れの芙蓉を『枯れ芙蓉』と呼ぶとは知らなかった。
しかも短歌や俳句の季語だという。
芙蓉が枯れ果てたのちの姿で、花が枯れたあと、枝先に毛に覆われた球形の実をつける。


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枯れ芙蓉をじっと見つめているうちに、堀文子のタンポポの綿毛の絵が頭に浮かんだ。
先生は枯れ芙蓉の絵を色画用紙に描けばいいのではないかと言ってたが、
私はこの堀文子の絵を参考にもう少し考えてみたいなぁと思っている。
さて、どのような絵になるだろうか?



今日紅茶を飲みながらゆっくりと雑誌を見ていた時に見つけた俳句があった。

性良きが 生涯の友 置炬燵 (牛来 承子・南相馬)
(「婦人之友」・2018・3月号 生活句集 )

【評】
思い起こせば、幼い頃からさまざまな友に出合った。
よく考えればやはり「性良きが生涯の友」と感慨を深くされているのだろう。
その友と一緒に炬燵で温もれたらどんなにか楽しいことであろう。


思ってもみなかったたくさんの友人たちが作品展を見に来てくれた。
中には中学時代の2人の友人がいた。彼女たちはわざわざ和歌山から出かけてきてくれた。
中学時代の恩師からの情報だという。随分久しぶりの再会で食事をしながらの会話は心弾む楽しいものだった。
彼女たち以外にも今までに出会ったたくさんの友人たちがきてくれていた。
そんな彼らのひとりひとりの顔を思い浮かべながら、
ぼんやりとこの雑誌のコーナーを眺めていた時この短歌を見つけ、しばらく考え込んだ。

生涯の友とは、やはり性格の良い友なのか?




# by PochiPochi-2-s | 2018-02-17 20:31 | 思い | Trackback | Comments(8)

生きている喜びを感じられるように生活したい


by PochiPochi-2-s