カテゴリ:絵画展( 26 )

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大山崎美術館のホームページより


「やっぱりこっちに来てよかった。
ウイリアム・モリスの壁紙やデザイン、長い間見たかったから」


朝起きると、昨夜の激しい雨がすでにやんでいた。
久しぶりに海が見たく、明石大橋までドライブしようかなと思っていた。
帰り道の芦屋での足湯の用意までして出かけようとした時、ふと思った。
「モネの『睡蓮』を見たいなぁ。ウィリアム・モリス展もしていることだし、
なによりもあの溢れるようなグリーンシャワーをもう一度たっぷり浴びたいなぁ。
確か去年も5月3日に行ったなぁ」
急遽行き先は大山崎山荘美術館へ変更となった。
明石から京都へ。わが家からは西から東へ。正反対の方向へ。



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入口のトンネル


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木々の向こうに山荘美術館の屋根が見える
この美術館の背後にも桐の木が生えている山がある


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京都と大阪の境目にある天王山の麓にある大山崎美術館。
家から一般道を通り、自動車で1時間余りで行くことができる。
着いてみると、やはりそこはあふれんばかりの、さまざまな緑色で覆われていた。
山荘美術館へと続くトンネルを通って、美術館の建物まで続く広大な庭は数えきれないほどの木々の新緑であふれていた。
気持ちのいいグリーンシャワーを再び全身いっぱいに浴びることができ、
深呼吸を何度も何度もしたくなったのだった。


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(展示品の一つ・大山崎美術館のホームページより)


ウィリアム・モリスのデザインには随分前から興味があった。
実物を見たいとずーっと思っていた。
何度かイギリスへ旅行をする機会があり、ロンドンの南東に位置するケント州にあるカンタ
ベリー大聖堂やドーバーには行ったが、ウィリアム・モリスの住居であったレッド・ハウスを
見学する機会はなく残念に思っていた。
実際目の前で見てみると、
その連続模様の美しさ、緻密なデッサン、優しい色使いに心を奪われた。
言葉でどう表現したらいいのかわからないが、色、デザイン、描写が全て柔らかく美しい。

まあ、すてきな壁紙!
わが家もこのような壁紙だったらいいのになぁ。
こんな織物の椅子やソファーなら喜んで座るのになぁ。
家の雰囲気も変わるだろうなぁ。
あっ、この椅子やランプの形がすてきだなぁ。
見ていて興味が尽きなかった。


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おもわず購入してしまった『ウィリアム・モリス 英国の風景とともにめぐるデザイの軌跡』
その中に次のような文章があった。
〈モリスが生まれ育ったウォルサムストウも、新婚時代を過ごしたベックスリーヒースも、最も愛したといわれるコッツウォルズ地方のケムスコットも、モリスが居住した場所は、自然の美しさがあふれる小さな村や歴史の足跡を残す町だった。〉


(以下5/5 、4枚の写真を追加)
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生まれ育った美しい風景とその風景を受け入れ愛する柔らかい心、感性がこのような美しいデザインを生み出したのだろう。
唯一訪れたことのあるコッツウォルズの景色を思い出していた。
写真撮影禁止のため展示品の写真はないが、展示された作品一つ一つに魅せられた。
至福の時間だった。


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「地中の宝石箱」へ
(地中館)


この美術館はさらにもう一つの楽しみを与えてくれる。
安藤忠雄設計の地中館で美術館所蔵のモネの『睡蓮』を観ることができるのである。
所蔵の4てんのうち2、3点はいつも展示されている。
今回も2点展示され、さらにラッキーなことに『エトルタの朝』が一緒に展示されていた。


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モネ「エトルタの朝」
(大山崎美術館のホームぺから拝借しました)


以前この美術館で印象派の作品展をした時に見て感激した絵だったので、嬉しさで飛びあがらんばかりだった。
鑑賞する人もほとんどなく、主人と二人で部屋をほぼ貸し切り状態。
絵の前に置かれた椅子に腰掛け、大好きな『睡蓮』の絵をじっくりと心ゆくまで鑑賞できたのは、さらに至福の時間をプレゼントされたようでこんな嬉しいことはなかった。


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最後に、2階のテラスから眼下に広がる風景を楽しんだ。
心がのびのびと解放されていくのがわかるようだった。

心配していた天気も晴れ、最高の44回目の結婚記念日だった。



愛用のモリスらしき(?)ビニール製の袋

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20年以上使っているがまだまだ使えそう。
もち手の縫製部分を自分で補強した。
今は絵の教室から持ち帰る草花のために使っている。


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この本も衝動買いしてしまった。
結婚記念日だから。
まあッ、いいだろうと。




by PochiPochi-2-s | 2018-05-03 23:29 | 絵画展 | Trackback | Comments(6)
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“光のどけき春の日に”と謳われているような、少し寒いが春の陽射しのなか、
京都文化博物館で開催されている「ターナー・風景の詩」展に行ってきた。
この展覧会を知ってからずーっと行きたいと思っていた。
夕方4時までには家に帰りたかったので、朝から京都・烏丸まで出かけ、約一時間余で到着。
京都文化博物館は国立美術館や市立美術館と異なりこじんまりした建物なので、入場者も少なく海外の美術館のように絵のすぐ前で思う存分ゆっくり鑑賞することができたのは嬉しかった。

ターナーの風景画に魅かれたのはいつの頃からだろうか。
随分前イギリスの北海に面した港町スカボローの海岸風景を描いた絵を見たことがあり、
その美しい色彩、海岸の風景に魅了されてしまったのだった。
今回この絵は展示された絵の中に入っていなかったのは残念だったが、
それ以上にたくさんの美しい風景画を見ることができ、心から楽しめた。
イギリスの風景だけにとどまらず、スイス、イタリア、フランス、ベルギー、オランダ
などの風景が描かれていた。
知っている所、行ったことがある所、行ってみたいと思っている所など、いろんことを
想いながら絵を観るのは楽しく、心弾むものであった。

ターナーの描く風景画を見ているとなぜか心が穏やかになるから不思議である。
どうしてだろう。
いつもそう思いながら見ている。
一番の魅力は多くの絵が水彩画であるからだろう。
水彩絵の具の持つ性質、特徴かもしれないが、
色彩が柔らかく、非常に細かく繊細なスケッチ画の上に水彩絵の具で彩色されている。
油絵ではこの柔らかさ、雰囲気は出せないだろう。このような描き方もできないだろう。
二番目の魅力はピクチャーレスク(picturesque)と呼ばれる(絵のように)美しい景色を
求め旅をし描いた風景のスケッチを基にして描かれた風景画であるからだろう。
さらに、単なる風景画ではなくそこには人間、動物などが必ず描かれている。
見ていて自分もその中にいるような気になるから不思議である。

ふわぁとした絵の雰囲気はいったいどのようにして描かれているのだろうか?
木の描き方は? 空や雲の描き方は? 波の描き方は? 水の描き方は? 虹の描き方は?
そんなことを考えながら、好きな絵の前に立ち、じっと気がすむまで見続けることができる幸せに感謝したかった。


《購入した絵葉書から》
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キルカーン城、クラチャン・ベン山-真昼


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タインマウス小修道院


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ヘリオット養育院、エディンバラ


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サン・ゴタール山の峰、悪魔の橋の中央からの眺め、スイス



《パンフレットから》
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ソマーヒル、トンブリッジ(油彩)


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スノードン山、残照



《以前見て魅かれた絵・購入した絵葉書から》
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スカボロー



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黄昏時のブンタ・デラ・ドガーナとサンタ・マリア・デラ・サルーテ教会
をホテル・エウロパより望む



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ヴェネツィア、嘆きの橋


《ターナーが旅して描いた場所》
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イギリス

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ヨーロッパ大陸





by PochiPochi-2-s | 2018-03-17 23:12 | 絵画展 | Trackback | Comments(4)

ゴッホ展を見に京都へ

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この展覧会を知ったのはいつだっただろうか。
はっきりとは覚えていないが、確かテレビで解説を聞きながら見た覚えがある。
見に行きたいなぁと思い手帳に書き込んだのが、2月初めだった。
同時に、京都文化博物館で開催されているターナー・「風景の詩(うた)」展(4/15迄)も
手帳に記入している。どちらかと言えば、ターナーの風景画の方が好きなのだが。

今年の3月は全国的に吹き荒れる「春の嵐」で始まった。
今日になってもまだこの嵐は荒れ狂い、東北地方や北海道に被害をもたらしている。
できるだけその被害が最小限度のものでありますように、一刻も早く通り過ぎますようにと
祈っている。

その3月1日、起きた時には前夜からの強く吹いていた風雨がおさまり、天気が回復していた。
「さあ今日しかないわ!」
以前から見たかったゴッホ展をみるために京都の国立近代美術館へと出かけた。

梅田で京都線に乗り換えた時、向かい合わせの座席に若いカップルが座り、
「嵐山に行きたいがこの電車(特急)で行けるのか」と英語で聞かれた。
「途中の桂駅で嵐山行きの電車に乗り換えればよい。私たちは最終駅まで行くので、
どこで降りればいいか教えるわ」と答えた。
聞くとはなしに聞いてみると、韓国のチェジュ島(済州島)からLCCで関空に飛んできたという。
約1時間45分のフライトだと言っていた。
日本が大好きなようだった。京都市内でもたくさんの韓国からの若いカップルを目にした。
スターバックで休憩した時も両隣が韓国からの若いカップルだった。
国と国の関係はギクシャクしているが対個人ベースになるとその関係はまた違ったものになってくる。LCCは安いから助かるという彼らの言葉に、若い世代がもっとお互いに行き来すれば国と国の関係もまた違った形に発展するだろう。そのことに期待したいと思った。

パンフレットによると、
フィンセント・ファン・ゴッホは新たな表現形式を模索するなかで、〈日本〉に芸術的、社会的、宗教的理想を見出し、単なる模倣にとどまらず、理想郷としての日本を夢見て南仏アルルへと赴く。そして 南仏アルルを理想郷としての日本と重ね合わせ、明るい陽光のもとで数々の傑作を生み出した。

この土地が、空気の透明さと明るい色彩効果のために
僕には日本のように美しく見える。 (ファン・ゴッホ書簡)

われわれは日本の画家を愛し、その影響を受けている。
印象派の画家たちは皆そうだ。
それならなぜ日本へ、つまり日本にあたる南仏に行かないでいられるだろうか。
(ファン・ゴッホ書簡)

パンプレットに掲載されていたゴッホの言葉である。
またこの展覧会の趣旨も次のように書かれていた。
浮世絵の模写、構図や色彩などの表現様式、理想郷としての日本のイメージの反映など、さまざまな角度からファン・ゴッホ作品における日本に影響を探る。

展示された作品を見ていくうちに、ゴッホと日本との関係など私にはどうでもよくなっていた。
ただ、今まで抱いていた、ゴッホの作品に対する私自身の感覚・印象が変化していっていた。
私にはなんとなく穏やかに感じられる絵が多かったのには驚いた。
使われている色といい、絵筆のタッチといい、今までのゴッホに作品の対する感じ方とは全く違ったのであった。ゴーギャンとの共同生活が破綻した後の絵は、確かによく知っている色彩、タッチだった。精神的不安を表すような歪んだ線の絵にはなっていた。
「“本物を見る”といことはこういうことなのか。絵画集で写真に撮られたものから受ける印象とは全く違うなぁ」
高校時代の校長先生が言った「大人になり、機会があれば、ぜひ本物を見たり聞いたりしてください。そのことが人生を豊かにします」という言葉をおもわず思い出していた。

最終日を間近に控え、かなり混雑していたが見たい絵を充分に見ることができ、満足のいく時間を過ごせたたことに感謝をしたくなった日だった。

また4階のコレクションギャラリーで偶然出会った徳力冨吉郎の「初冬」(1928)には感激した。版画で絹本着色との説明だった。2枚の衝立になっており、白い椿の花とシジュウカラの絵、その色彩、構図に魅せられてしまった。
もしかしたら、この日一番感激した作品だったかもしれない。
写真撮影禁止だったのがなんとも残念だった。
最近は日本画の色彩がなんとなく気に入っている。


《写真撮影が禁止だったのでパンフレットから》
雰囲気だけでもと思いここに載せておこうと思う。

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自画像


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アイリスの咲くアルル風景



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ポプラ林の中の二人
(日本初公開)


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寝室


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アーモンドの木
(購入した絵葉書から・3/3 追加)


他に雪景色、夾竹桃と本にある風景、サント=マリーの海、麦畑
などがよかった。




by PochiPochi-2-s | 2018-03-02 23:28 | 絵画展 | Trackback | Comments(4)

展示の様子

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昨日は一日雨。
しかし画廊のある場所は立地条件が良いのが、雨にもかかわらずたくさんの人が入れ
替わり立ち代り見に入ってきてくれた。
その人たちを見ていると、こんなに花の好きな人が多いのかと驚かされた。
特に山野草は人気があるのだなぁということがよくわかった。

お昼過ぎ、ほんの一瞬当番の私達だけになったので、慌てて会場の写真をとってみた。
私たちのグループだけの展示写真だが雰囲気がわかるだろうと思い、ここに載せておきたいと思う。


ショーウインドーに展示された私の作品
ツバキ
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by PochiPochi-2-s | 2018-02-11 10:25 | 絵画展 | Trackback | Comments(12)
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今日は節分。
あちこちの家では豆まきが行われ、「鬼は外、福は内」とさぞ賑やかなことだっただろう。
かつて子どもたちが小さかった頃我が家でも賑やかに豆まきをしたものだった。
幼稚園で作ってきた鬼の面をかぶり豆まきをしていた。
兄はおとなしく妹は活発に。
時は経ち、彼らは今自分の子供たちと豆まきをする父親、母親になった。
3人の子供たちが独立し家を出ていった今、シニア二人の節分はいたって静かなものである。

「今日しか行く日がないなぁ。
明日は最終日で混雑するだろうし自分らも予定があるから今日行こうか」
三ノ宮でランチを食べ、その後「ボストン美術館の至宝展」に行くことにした。
先週の土曜日に行くつもりだったのだが、雪のため出かけるのが遅れ行けなかったのだった。

久しぶりの神戸。心はウキウキしていた。
ステーキランチを食べ美術展へと急いだ。
ボストン美術館はアメリカ屈指の美術館だと言われている。
今回はそのすばらしいコレクションの中から古代エジプト美術、中国美術、日本美術、フランス絵画、アメリカ絵画、版画・写真・現代美術と幅広く紹介され、展示されていた。
またこの素晴らしいコレクションの形成に寄与したコレクターの紹介もされていた。

今日と明日の2日を残すのみとなった市立博物館での美術展。
土曜日でもありかなりの混雑を予想していたが、開催期間が長かったこともあってか、
それほどの混雑もなく気に入った絵の前でじっくりと時間をかけて見れたのは嬉しく
心楽しいものだった。

そして何よりも嬉しかったのは、クロード・モネの「ルーアン大聖堂、正面」を気の済むまで
その絵の前で鑑賞できたことだった。
長い間ずーっと見たいと思い続けていたこの絵を前にしてなかなかその場を立ち去ることはできなかった。十分見たと思い、次の絵のコーナーに行くのだがやはりもう一度見たいと思いまた引き返す。そしてしばらく気の済むまで眺める。何度か繰り返していた。
「睡蓮」の絵も一点展示されていた。その絵の前でも立ち止まりしばらく見つめていた。京都大山崎にある大山崎山荘美術館所蔵のモネの4点の「睡蓮」の絵を思い出し、また見に行きたいなぁと思いながら見つめていた。
モネの「アンティーブ、午後の効果」も心惹かれた絵だった。光の描写がなんとも言えずすばらしい。

あと心に残ったのは、徽宗(きそう)「五色鸚鵡図巻」、陳容「九龍図巻」、与謝蕪村「柳堤渡水・丘辺行楽図屏風」セザンヌ「卓上の果物と水差し」ゴッホ「郵便配達人ジョゼフ・ルーラン」「子守唄、ゆりかごを揺らすオーギュスティーヌ・ルーラン夫人」等。
中国美術の絵や書かれている文字(漢字)の美しさに心惹かれ、日本画の鹿のお尻の毛の描き方にひきこまれ、モネの光の描き方に魅せられてしまった2時間だった。
龍の目、鱗の描写、絵の勢い、鳥の描き方、静物画の果物の描き方、光がどのように反射しているか、それをどのように表現しているか、動物の毛の表現の仕方等、観ていて
興味深いものが多く飽きなかった。

美術館を出ると予想外に雨がぱらつき、今回も神戸散歩を諦め家に帰った。

節分の日に豆まきもせず、恵方巻きも作らず、のんびりと美術鑑賞をするのも悪くはないなぁと心の中で少し笑いながら電車に乗っていた。
バチがあたるかな。
でも、楽しい時間だった。


《気に入った絵》
(購入した葉書と他のものはWebsite から拝借しました)

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モネ「ルーアン大聖堂」(葉書より)

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モネ「睡蓮」

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モネ「アンティーブ、午後の効果」(葉書)

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ゴッホ

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陳容「九龍図巻」(3枚とも葉書)

龍の目の表現、鱗の表現がすごかった。
絵の勢いにも圧倒された

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徽宗「五色鸚鵡図巻」

鳥と花の構図もいいなぁと思った。





by PochiPochi-2-s | 2018-02-03 23:36 | 絵画展 | Trackback | Comments(8)
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スケートをする人たちと鳥罠のある冬景
(購入した絵葉書より)


「あっ、ブリューゲル!」

戴冠式のロープを着たエカテリーナ2世の肖像画から始まり、イタリアルネサンスからバロック時代の宗教画へと続き、少々疲れた時にフランドルの絵が展示されている区画でブリューゲルの絵に出会った。
「スケートをする人たちと鳥罠のある冬景色」と「魚の市場」の二枚があったが、
「スケートをする人たちと鳥罠のある冬景色」のほうに目がいった。
雪におおわれた村の冬景色。その風景の中で寒さをも吹き飛ばすような、スケートを楽しむ当時の庶民の姿が描かれている。絵をじっと見ていると、楽しそうな騒めきや会話、歓声が聞こえてくるように感じたのだった。
疲れが吹き飛んだ。


[参考までに]
「魚の市場」
Website から拝借しました。
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以前からこのエルミタージュ美術館展にはぜひ見にゆきたいと思っていたが、何かと忙しく機会を逃していた。最終日が近づき、慌ててこの週末にいくことになったのだった。

今年初めての神戸方面へのお出かけだった。
午前中に県立美術館でエルミタージュ美術館展を鑑賞し、三宮でランチ、その後いつものように神戸の街を歩くつもりで計画していた。しかし、急遽夕方の予定が入り、今回は県立美術館のある王子公園(三宮の手前)までとなってしまった。三宮でのランチも神戸散歩もできなかったが好きなブリューゲルの絵に出会っただけでも嬉しかった。

案内パンフレットによれば、エルミタージュ美術館は世界3大美術館の一つで、収められたコレクションの総数はおよそ310万点だという。絵画だけでも1万7千点に及び、今回はこの膨大なコレクションの中でも特に充実している16世紀ルネサンス、17・18世紀バロック、ロココの時代に活躍した「オールドマスター」の絵画85点が展示されている。

よく知られている有名な絵が多くあった中で、ふと立ち止まりじっと見つめた絵があった。
ベルナルド・ペロットの「ドレスデンのツヴィンガー宮殿」(1752年- 1753年制作)
第二次世界大戦で連合軍の激しい空爆によりドレスデンが一夜にして焼き尽くされ、街中が廃墟になったと、以前この街を訪れたとき現地ガイドが説明していた。
驚いたことにこの絵に描かれたツヴィンガー宮殿は、私の知っているツヴィンガー宮殿そのものだった。
その時ガイドは次のようにも言っていた。
「連合軍の激しい空爆で、一夜にして、破壊され尽くしてしまった街を、戦後、時間をかけてコツコツと見事に復元しました。まるでジグソーパズルを解くかのごとくに。瓦礫の中から元の石を見つけ使えない時は新しい石をはめ込み、残されていた、保存されていたかつての写真や資料をもとに完全なまでに元の建物そっくりに復元しました」と。
私の見たツヴィンガー宮殿もきっとこのようにして復元されたものだろう。
ただ一つ、絵の中の景色が違っているところがあった。
建物の横に噴水の池がなかったことだ。
多分あとから付け加えられたのかも知れない。

懐かしい心に残る場所が再び目の前に現れしばらくの間絵の前に立ちつくくしていた。
別々に自分の思うように鑑賞していた主人も、わざわざ私のところまで来てひとこと言った。
「懐かしいなぁ。それにしてもドイツ人の復元への執念と努力は真似できないなぁ」
思いは同じだったのだろう。

宗教画、人物画、風景画など多岐にわたる多数の絵の鑑賞に終わってみれば2時間はたっぷり過ぎていたが、疲れよりも好きな絵を見ることができた喜びの方が大きく、帰りの電車の中では、普段とは違い、なんとなくお喋りになっている自分に気がついたのだった。
神戸散歩はできなかったが良い時間を持つことができ幸せだった。

最後に。
鑑賞券を買うために列に並んでいた時、高齢の婦人から声をかけられた。
「このチケット一枚余っていますので、もしよろしかったら使いませんか?」
通常は65歳以上はシニア券で半額になるのだが、今回は70歳以上に引き上げられていた。正規の料金を支払うつもりだった私にとってはとっても嬉しいことだったので、ありがたく彼女のご好意をいただいたのだった。見ると招待券だったので無駄になってもと思い譲ってくれたのだろう。
彼女の親切に嬉しく感謝したのだった。
ラッキーだった。



「戴冠式のロープを着たエカテリーナ2世の肖像画」
(パンフレットより)
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♧ ♧ ♧



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この記事を書いている時に嬉しい葉書が届いた。
いつも楽しく読ませてもらっているブログ友さんからの写真はがきだった。
かつてすごしたこのとあるハンガリーの冬景色の写真だそうだ。
「まあ、まるで絵ブリューゲルの絵の景色とそっくり!」
気分はいっきに急上昇。
つい好きなメロディを口ずさんでしまったのだった。
ありがとうございました。


More 美術館からの風景、電車の中からの夕焼け、昨日の夕焼け
by PochiPochi-2-s | 2018-01-07 13:29 | 絵画展 | Trackback | Comments(4)
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朴の葉
(購入した絵葉書から)


「今年も先生の作品展に一緒に行く?」
先週絵の教室の友人Mさんから誘われていた。
寒いなか、阪急梅田駅で待ち合わせ、
もう一人の仲の良い友人Tさんと3人で作品展が開催されている画廊へと向かった。
去年までの画廊は閉鎖され、今年の作品展は急遽別の画廊で開かれので、
開催時期もいつもより遅れ12月になってしまったらしい。
しかし、新しい画廊は以前の画廊より広く、かなりゆったりとじっくりと作品を鑑賞
できたのが嬉しかった。

「ほら見て。この実。ここの光らせ方。どうしたらこんなに描けるんやろうか?」
「ふふ。以前言ってはったけど、白を5回も重ねて塗っているらしいよ」
「こんな小さな点に5回も?」
「そうらしいわ。一回一回ぼかしながら塗り、最後は濃い白を置くらしい」
「言われてみればそうやなぁ。でも、5回とはなぁ。言われたとおりしているん?」
「いや、せいぜい3回ぐらいが関の山やわ。それに一回一回スプレーはかけていないし…」

実の光らせ方に興味のある私たちの会話。いつまでも続いていた。

また葉の塗り方にも興味があり、ビナンカズラの絵の前で再び私たちは立ち止まってしまった。

「ねえねえ、この葉の描き方見て。それにこのストレリチア(極楽鳥花)の茎の細かい点々とぼかし方。どうしたらこのように塗れるんかな?
いつもボロボロになってしまうか、ベタッと塗ったような感じになってしまうんやけど」
「ああ、これ? この塗り方やったら私は少しはわかるわ。
絵の具を比較的薄くとき、太い筆でポンポンポンと強弱をつけながら筆を置くような感じで塗っていくのやわ。そして周囲をぼかす。木の枝や幹を塗る時そのような塗り方をよくするけど」
「ふーん、そうなん。今度一度やってみるわ」

「ねえ、こんな細い線描ける?気が遠くなりそうやわ」
「そうやねぇ。あの一番細い00の先の細い絵筆やったらなんとか…
面相筆は無理やわ。よう使わんもん。
やっぱり先の細い、書道の筆ような絵筆が私には一番使いやすいかも」

展示されている何枚かの気になる絵の前でのMさんと私の2人の会話は続いていた。

「今年の絵はなんだか見ていて楽しいなぁ。描かれた花や草が歌っているように感じるなぁ。
自分自身が楽しんで描かなければ、このような楽しい絵は描けないだろうなぁ」
そう思いながら絵を鑑賞していた。


《片山先生の2018年のカレンダーから》
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アメリカセンダングサ


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ビナンカズラの実



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ゴクラクチョウカ(ストレリチア)



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ジオウソウ



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八重のドクダミあ



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アカシデ



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キキョウ



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カリンとアケビ



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アキノキリンソウ



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アオギリの果実


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ホオズキ
(購入した絵葉書から)


More 元気なんやわ
by PochiPochi-2-s | 2017-12-07 23:39 | 絵画展 | Trackback | Comments(2)
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8月も終わりに近くなり、
日中はまだまだ暑い日が続いているが、朝夕がめっきり涼しくなってきた。
8月最後の日の今朝も、ずいぶん涼しく、水やりの時には長袖長ズボンだった。
つい2、3日前まではタンクトップに短パンだったのにと、我ながら呆れてしまった。

「今日大阪市内まで所用で出かけるから、あんなに見たがっていた「バベルの塔」展に行ったらどうや。近くを通るから自動車で送っていくわ。帰りも迎えに寄るから」

夏が始まった頃、このブリューゲルの「バベルの塔」展 が大阪で開催されることを知り、
見に行きたいとは思っていた。
しかしこの夏の異常な暑さ。
梅田まで電車で行き、そこから美術館まで歩く気にはならず、
多分涼しくなるだろう9月10日過ぎまで待とうと思っていたのだった。
その私の気持ちを知っていたのか、昨日朝の嬉しい申し出(提案)だった。
断わるはずがない。
ふたつ返事ですぐに了承した。

ブリューゲルの絵と初めて出会ったのは、もう30年以上も前、1982年に初めてヨーロッパに行った時で、ウィーンの美術史美術館やベルベレーデ宮殿でたくさんのブリューゲルの絵に出会ったのだった。そしてこれらの絵を見るとすぐに惹きつけられてしまったのだった。

彼の絵は、他の画家の絵とは雰囲気が異なり、色の使い方もまた違っていた。
何よりもそこには当時の農民たちの日常生活が描かれていた。
絵には物語が感じられ、喜びや悲しさ、楽しみや寂しさなどが描かれて、当時の人々の生活の様子、服装、子供たちの遊びの様子などが描かれており、見ていて飽きないし、不思議なことになんだかほっとするものを感じるのであった。
『雪中の狩人』『農民の婚宴』『農民の踊り』等、長い時間じっと眺めていても決して見飽きることはなかった。

その時以来、大袈裟に言えば、ブリューゲルの絵に心を掴まれてしまったのだった。
その後、中野孝次「ブリューゲルへの旅」(文春文庫)を見つけ、夢中で読んだこともあった。
それ故、「バベルの塔」展のことを知った時には、ぜひとも見にゆきたいと思っていた。

最後の最後にこの絵は展示されていた。
それほど大きな絵ではなかったが、色使い、構成、塔の形などに何か圧倒されるようなものを
感じた。
おもしろいと思ったのは、この絵を300%に拡大し、東京芸術大学のグループが寸分たがわず
細部に至るまで正確に模写した絵が隣の部屋に飾られていたことだった。
拡大された絵は本当に細かいところまでわかりやすく、見やすかった。
何度も何度もこの二つの部屋を往復して見比べると、また違ったことが見えてきて、「なるほどなぁ〜」と頷くことも多かった。
さらに、隣の部屋では5分間の映像で「バベルの塔」の絵を解説していた。
解説のあと、もう一度もとの絵の部屋に戻りしげしげと眺め、次に300%の拡大の模写をじっと見つめた。
最後の最後に、このような興味深いおもしろい時間が待っているとは夢にも思っていなかったので、見終わってみると印象深い美術展だった。

思いがけずプレゼントされた豊かな時間。
十分に心は解き放たれ、自由に遊ぶことができた、楽しいひとり時間だった。
ハミングしながら迎えの時間まで待っていたのは言うまでもないことだった。

尚「バベル」という言葉については、旧約聖書「創世記」 には次のように書かれている。
《主は降って来て、人の子らが建てた、塔のあるこの町を見て、言われた。
「彼らは一つの民で、皆一つの言葉を話しているから、このようなことをし始めたのだ。これでは、彼らが何を企てても、妨げることはできない。我々は降って行って、直ちに彼らの言葉を混乱させお互いの言葉が聞き分けられぬようにしてしまおう」
主は彼らをそこから全地に散らされたので、彼らはこの町の建設をやめた。こういうわけで、この町の名はバベルと呼ばれた。主がそこで全地の言葉を混乱(バラル)させ、また、主がそこから彼らを全地に散らされたからである。》


※ サムライジャパン 、ロシアワールドカップ出場を決める。




by PochiPochi-2-s | 2017-08-31 23:15 | 絵画展 | Trackback | Comments(10)
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夏目漱石の手紙
(大山崎山荘美術館のサイトよりお借りしました)


「これがあの漱石の字なの?」
書かれている内容はともかく、この手紙にそれほど感激しなかった自分がそこにいた。
何故? 理由はわからない。
ただ、「ふ〜んそうなの?」

4月終わり頃、「大山崎山荘美術館でモネの睡蓮の絵をもう一度ゆっくりと見たいなあ」と思い美術館のホームページを開いたとき、偶然にもこの展覧会が開催されていることを知ったのだった。
今年、2017年は夏目漱石生誕150年にあたり、京都は 漱石が生涯において4回訪れ、さまざまな思い入れがあった土地であったという。そして京都での経験をもとに『虞美人草』が著わされたと説明されていた。
この連休中に行けたら行ってみたいと思っていた。

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大山崎山荘美術館の入り口は木々の新緑であふれんばかりだった。
背後にある山では フジ 桐の花が満開だった。

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(5/4・追加)


この大山崎山荘は関西の実業家加賀正太郎によって建てられた山荘で、夏目漱石は正太郎の熱心な招待に応え、建設中の山荘を訪れ滞在したという。その時 若い20代の正太郎は大胆にもこの山荘の命名を漱石に依頼し、漱石はそれに応えて14もの名前を考え提案した。そのほとんどが中国の杜甫やその他の詩人によって書かれた漢詩からの引用されたものであったが、加賀正太郎はそのどれ一つも採用せず、結局は自分で考えた"大山崎山荘"に落ち着いたというくだりは、私には おもしろく興味深いものであっが、ただそれだけのことであった。

(5/4追記 加賀正太郎は、NHK朝ドラ「マッサン」の中でマッサンの資金援助をした大阪の実業家。ニッカウイスキー設立当時出資金の70%を出した人物である)

しかし、今回来てよかったと思ったのは、この手紙や漱石の手帳などと一緒に展示されていた加賀正太郎 蘭花譜からの蘭の花の絵(版画)をかなりたくさん見ることができたからであった。
予想もしていなかったことで、とても嬉しかった。
一枚一枚丁寧に描かれ、最高の技術で印刷された蘭の花の絵。
花びらの影の入れ方、茎の描き方、繊細な線の表現、葉の塗り方、構図のとり方、
白い花びらの描き方、その色の付け方…
見ていて飽きなかった。
言葉を呑み込むほど美しい絵。
もっとじっと見ていたい衝動に駆られた。

加賀正太郎は 英国のキューガーデン(王立植物園)で初めて蘭を見て感銘を受け、帰国後に建設した大山崎山荘に温室を設けて、自ら蘭栽培に乗り出したのだった。

※「蘭花譜」とは、加賀正太郎が昭和21年(1946)に編集した蘭の画集のことで、蘭の優良種を計104枚もの植物画にまとめ、編集、刊行したものである。下絵は、日本画の池田瑞月が担当し、印刷には浮世絵の技法を受け継ぐ木版画が使われた。日本独特の植物がとして編集された「蘭花譜」は、正太郎の欄に対する熱い思い、学術記録および美術品として今に伝えられている。


《購入した絵葉書から》
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最後に建築家・安藤忠雄設計の美術館の「地中宝石箱」でモネの睡蓮をゆっくりと見た。反対側の壁にはルノアールとルオー、ドガの絵がかけられていた。

今日は最高にいい時間を過ごせ、心が満たされた。
43回目の結婚記念日だった。


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安藤忠雄設計の美術館への入口


モネの睡蓮
(ホームページより拝借しました)
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by PochiPochi-2-s | 2017-05-03 23:05 | 絵画展 | Trackback | Comments(6)

東山魁夷の絵を見に

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東山魁夷『清晨』
(購入した絵葉書より)



「次の土曜日か日曜日に東山魁夷の絵を見に行こうか?」
2、3日前に主人に誘われていた。
BBプラザ美術館で開催されている美術展のパンフレットがおかれていた。
『自然と人間 〈日本画との対話〉』
「おもしろそうな企画だなぁ。しかも 兵庫県立美術館の近く。行ってみたいなぁ」
そう思い、その時パンフレットを貰ってきていた。
土曜日のBS「エルキュール・ポワロ」はどうしても見逃せなかったの(大のポワロ
ファン!)で、日曜日に三宮でランチ、その後JRで灘駅まで引き返しBBプラザ美術
館へということになった。

パンフレットには次のように書かれていた。

〈日本画との対話〉と題した本展覧会では、自然と人間、その存在との関わりの探求をテーマに、………………………………………………………………………
日本画は、日本の風土や日本人の美意識、精神性によって育まれてきた絵画です。
多くの日本画家たちは、歴史に培われた伝統を受け継ぎながら、常に新しい表現を
切り開き、自然や自身との葛藤を繰り返しながら、今日に至っています。
今展では、四季折々の美しい自然に自らとの接点を築き、
その中に在る人間の存在を描き出してきた画家たちによる珠玉の作品群を紹介いた
します。
私たちの心に寄り添い、時に自己との対話の機会を与えてくれる日本画の世界を
お楽しみいただければ幸いです。

会場は春夏秋冬と分けられ、それぞれの季節を代表する絵が展示されていた。
よく知っている画家、あまり知らなかった画家15名の作品約30点。
全てこの美術館のコレクションだということであった。
一点一点見事な作品ばかりで見ごたえはあった。

小倉遊亀「古つぼと花」・ 東山魁夷「五月の山」「清晨」・ 山本大慈「牡丹」
加山又造「夜桜(春宵)」・ 平山郁夫「法隆寺」「東大寺南大門」
上村淳之「鶴」2点 「鴫」2点・ 奥田元宋「秋山雨収(奥多摩湖)」「遠山白雪」
などが印象に残った。(残念ながら写真撮影禁止なので、ホームページからどうぞ)
中でも、やはり東山魁夷の「清晨」と山本大慈の「牡丹」、上村淳之の「鶴」「鴫」
には魅了されてしまった。
しばらく絵の前にジーっと立ったままで動けなかった。
見入ってしまった。

東山魁夷は学生時代から今日に至るまで一番好きな画家。
何故好きなのだろうかといつも考えるのだが、よくはわからない。
好きだということに理由はいらないような気がする。
ただ、彼の描く絵の色調が好きなのかもしれない。
それと彼の書く文章が好きなのだと思う。
絵を見ていると、今までに彼によって書かれた文章を思い出す。
たとえ そのとき見ている絵と何ら関係のない事がらであっても、
文の中で書かれた彼の絵に対する考え方、表現方法などを思いだす。
「風景との対話」は、それこそ就職した年に買い、その時以来何度も読み返した本。
初めて貰った給料で、当時としては分不相応な高価な画集も買い、
うれしくて 毎晩 アパートで一人楽しんでいたのを思い出す。
この『清晨』をじっと見ていると、さまざまなことが心をよぎった。
そして、何だか静かな、清らかな、優しい気持ちになったのだった。

山本大慈の「牡丹」には、それこそ、心の底から見とれて。しまった。
絵の前から動くことができなかった。
その透き通るようなやわらかな花びらの描き方が、何ともいえず魅力的だった。
オーガンジーのような、向こうが透き通って見える透明感のある描き方。
優しいひらひらとした花びらの表現。
どうしたらこんな風に描けるのだろうかと、感動するとともに考え込んでしまった。
「もしこんな風な描き方ができれば、蝋梅の花も上手く描けるのになぁ」
出るのはため息ばかりだった。
諦めきれず、何度も何度もその絵に前に戻っては見入っていた。

上村淳之の「鶴」と「鴫」各2点。
その上品さと、野生の鳥の持つ目の鋭さに惹かれてしまった。
キリッとした、注意を払ういい目線だった。
地面を覆った雪の描き方も。
ああこんな風に描くのかと、ここでも見とれてしまった。

平山郁夫の「法隆寺」の絵も心に残った。
やはりあの独特の青い色が何とも魅力的だった。

日本画の良さがだんだんと分かってくるような年齢になってきたのかもしれない。
今使っている透明水彩絵の具とはまた異なる顔彩のもつ優しい色彩に魅かれる。
静かなそれでいて深みのある優しい色。
日本の風景、風物を描くのに適しているのかもしれないと思った。
先日の小磯良平記念美術館で見た洋画家たちの描く洋画(油絵)とはまた違った、
心の隅まで染みいるような優しさに包まれた時間だった。

いい一日を過ごせたなぁと、満足して電車に乗ったのだった。

※ シニア料金が適用され、入館料200円。(65歳以上を証明するものを提示)



帰りに買った一筆箋
小倉遊亀さんの『古つぼと花』
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More ⑴もう一つの絵画鑑賞 ⑵ もう少し頑張った
by PochiPochi-2-s | 2017-01-30 16:18 | 絵画展 | Trackback | Comments(2)

生きている喜びを感じられるように生活したい


by PochiPochi-2-s