カテゴリ:お出かけ( 81 )

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購入したはがき⑴


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購入したはがき⑵


10日ほど前、よく訪問させてもらっているpallet さんのブログで、このアンティーク・レース展のことを知った。
彼女が書いた記事を読み進めていくうちにどうしても実物を見たくなり、私にしては珍しいことだが、関西でのアンティーク・レース展開催の予定がないかどうかを調べてみた。
5/18(金)〜6/3(日) 美術館(えき) KYOTO (伊勢丹)で開催。
京都府立植物園の帰りにこのレース展に立ち寄ることにしたのだった。


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”目が点になるというのはこういうことを言うのだろうか。
会場に入り、展示されている数々のアンティーク・レース。
その繊細さ。細かさ。美しさ。華やかさ。
どれも目を見張るばかりの作品であり、ひと目見た途端に魅了されてしまった。
かんな細かい作業を、根気よくできるなんて、人間の素晴らしさ、その計り知れないほどのじゅい
能力、技量に圧倒された時間だった。
ひとつひとつに作品に魅せられてしまい、なかなか前には進めない。
できたらいつまでも眺めていたいとおもわせられる品々だった。
以前スイスのザンクト・ガレンに立ち寄った時、テキスタイル博物館で見たきれいなレースを
懐かしく思い出していた。

会場でもらったリーフレットの説明によれば、
ヨーロッパの歴史上、レースは常に重要な価値を持ってきた。王侯貴族たちは自らの富と権力の象徴として、単なる豪奢な装飾品の域を超えた特別な価値を見出してきた。それは、彼らが肖像画等に描かせた、精緻なレースの表現からも見ることができる。しかし、熟練した職人たちが長い時間をかけて手作業で生み出したいわゆる「アンティーク・レース」の技術は今ではほとんど失われてしまった。産業革命で機械が発達したからだという。

今回のコレクションは、アンティーク・レースコレクターで鑑定家のダイアン・クライスさんの数万点にもおよぶ膨大なコレクションの中から、16世紀から19世紀のレース全盛期の品々である。

写真は撮影禁止だったが、説明が興味深かったので書き写してきた。
・1584年にイタリアのミラノにはすでに刺繍の大学が設立されていた。
・ヨーロッパではカトリック教会がレースに強い影響を与えた。
・貴族階級の人々のレースは修道院でつくられ、レース職人に職を与え、そのレースを教会に寄付することで天国へ行けると考えられた。(レース=免罪符?)
・レースは、それまでの織物の縦糸と横糸からの解放と考えられ、花(モチーフ)、蔓、葉、動物、昆虫、鳥などがより表現しやすくなった。
とりわけ花は、花弁を立体的に表現できるようになった。(ポアン・ド・クーズ)
・図柄の意味 : 雪とカーネーション = 聖母マリアの純潔性、鳥 = 平和、蝶 = 魂
・ウィリアム・モリスにも強い影響を与える

静かな、深く感動した時間だった。
植物園で疲れてはいたが、おもいきってアンティーク・レース展に立ち寄ってよかったなぁと、帰りの電車の中でひとりで満足していた。


《参考までにwebsite から拝借した写真》
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by PochiPochi-2-s | 2018-05-23 23:36 | お出かけ | Trackback | Comments(0)

京都府立植物園

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オオヤマレンゲ


先週の土曜日、5月19日、京都府立植物園にいた。
絵の教室のスケッチ会だった。
ずいぶん久しぶりの植物園は新緑で溢れ、そこには5月の爽やかな風が流れていた。
入り口でもらったパンフレットにはオオヤマレンゲが見頃だと書かれていた。
公園内の案内地図を頼りに、その花を求めてしばらく新緑の林の中を歩き回った。

オオヤマレンゲはモクレン科モクレン属の低木の落葉樹。奈良県南部の大峰山に自生し、ハスの花(蓮華)に似た白い花を咲かせることからこの名前がついた。江戸時代には栽培用としてすでに江戸に持ち込まれていた。(ウィキペディアより)

やっと見つけたが、そこにはもうすでに日本画を描く人たちのグループがいて、一緒に描くのが憚られるような雰囲気だった。
植物園入り口に10時集合では遅かったのだろうと写真だけ撮ってスケッチは諦めた。

この植物園は広い。
何種類もの大きな植えられているので、一つ一つ探しながら歩くのもまた楽しい。


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花菖蒲園園を見つけ、人があまりいなかったのでしばらくスケッチをすることにし、
その後温室へ移動した。


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温室


ここには思ってもみなかった高山植物が集められていた。
コマクサが見れたのは嬉しかったし、何よりもあの「青いケシの花」が咲いているのを見ることができ、これだけでもここに来た甲斐があったなぁと心が弾んだ。
堀文子の描いた青いケシの花のイメージとは少し違った感じがした。
側にいたアマチュアのカメラマンのおじいさんによれば、温室の温度がこの花には高すぎるのだろうということだった。もう少し低い温度ならば、もっときれいな青い色になるはずだと言っていた。
本当にそうなのだろうか。調べてみる必要があるだろう。


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そのほかにも数えきれないほどの花やきがたくさん植えられており、
花のスケッチには最適な場所かなと思った。
今回は散策だけで終わってしまったが、
もう少し早い時間にここに来れば、描きたい花の場所で十分描けるのではないかとも思った。
集合時間が遅すぎたように思う。
次回は一人で来てゆっくり描きたいなぁ。

帰りも現地解散で時間も自由だった。
先生へ一足早く帰りますという連絡をメールで送り、
少し早い目に植物園を出てもう一つの目的のアンティークレース展に向かった。(続く)

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by PochiPochi-2-s | 2018-05-22 23:29 | お出かけ | Trackback | Comments(8)
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「 I さん入ろうよ。ここ好きなんよ。展示物を眺めているだけでも興味が湧く。
そのうえ今日は、解説してくれる人がいるからうれしい。
あんまり漢字が読めないのではっきりわからないこともあるから。
このお面も見たいし。おもしろいと思わない?どこの国のかなぁ」

P さんにぜひ入りたいと頼まれ、入ることにしたのだった。

民族学博物館に入るのはずいぶん久しぶりだった。
最後にここを訪れて以来、いったい何年経っているのだろうか?
遠い彼方のことのようで思い出せない。

今から20年ほど前、友人のリさんがご主人のトウさんとひとり息子を連れて日本に滞在していた頃、この民博によく来たのだった。
当時トウさんはこの施設の上にある研究所の研究員として招聘され、家族と共に一年間滞在していた。外国人職員の家族寮がたまたま私の住む町にあり、国際交流センターで知り合ったのだった。私の家にもよく遊びに来たが、研究員の家族に与えられたフリーパスで何度もここに招待してくれ、楽しい時間を過ごしたのだった。
展示室に入ったとたんにその懐かしい思い出で胸がいっぱいになった。

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入るとすぐにこの展示があった。
人物の写真は大航海時代の探検家フェルディナンド・マゼラン
日本人なら大抵の人はその名前を一度は聞いたことがあるだろうし、何をした人かも一度は学校で習ったことがあるだろう。
しかし彼女は全く知らなかったので、展示されていた地図を使い簡単に説明。
マゼランの世界一周が、当時未開の地だった南太平洋の島々に住む人たちの生活、宗教、考え方などにいかに影響を与えたかがよく理解できた。
「そうなんだ」と驚いた顔をしていたのが印象的だった。
学歴からいえば私たちは足元にも及ばないのに
「日本の教育はすばらしい。特に各学校にプールがあるのには驚く」と彼女は言った。
以前同じことをやはり国際交流センターで知り合ったモンゴル人のTさんからも言われたことがあったなぁと思い出しながら、日本の教育をもう一度考えなおしたのだった。

1970年年大阪万博の時参加各国に呼びかけて集めた民俗資料がコレクションの中核になっているので、展示されているものは興味深いものが多かった。
うっかりミスでカメラの電池が切れてしまい撮影できなかったのは残念だったが、その分充分に楽しめた。
YouTubeでいい動画を見つけたのでここに貼り付けます。
楽しんでください。






展示を全て見終わってから、
「あれっ、70年万博収集資料の展示はどこにあるの?それを見にきたのなぁ」
今日は昨日の影響か、二人ともうっかりミスが多い。
今回の目的は隣の会場に展示されていたのだった。

大阪万博のテーマは「人類の進歩と調和」だった。
高度経済成長で先進国が謳歌していた物質文明は当時私たちに様々な問題を投げかけていた。
人口の爆発的増加、食糧生産の限界、資源の枯渇、環境汚染の拡大、公害など、当時多くの問題があった。
パンフレットには次のように書かれていた。
万博資料収集の対象は「仮面」、「神像」、「その他」の3つのカテゴリーに分類され、太陽の塔の地下に「根源の世界」というテーマで展示された。進歩を象徴する空中、調和を象徴する地上が、大阪万博の表のテーマであるならば、地下に集まった世界の資料は、万博の文字どおりのアングラなテーマを担った。
仮面と彫像は「こころ」「ちえ」「いのり」「であい」の核心をなしている。

いろんなことに興味を示すPさんとの見学は楽しい時間だった。
民博はテーマを決めて時々特別展をしているとのこと。
また他のテーマの特別展にもきたいものだと思った。

*ここでもカメラに電池切れが悔やまれた。
いくつかをパンフレットや websiteから拝借してここに載せておこうと思う。

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by PochiPochi-2-s | 2018-05-20 13:05 | お出かけ | Trackback | Comments(0)
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うっかりミスで1日延びたが、昨日再び万博記念公園へと出かけた。
万博公園の緑の中を歩きたかったのと、開催されている『[特別展]国立民族学博物館40周年記念・太陽の塔からみんぱくへ』を見たかったからだった。

万博記念公園駅でタイの友人Pさんと待ち合わせ、中央ゲートから入るといつものように太陽の塔が出迎えてくれた。遠足や校外学習なのだろうか、大勢の幼稚園児や保育園児、小学生や中学生たちが塔の前で並んで賑やかに喋ったり笑ったりしていた。
ここに来るのはずいぶん久しぶりだったが、ふっと遠い昔に戻ったような気がしたのだった。
1970年大阪万博が開かれた時は私は大学生だった。
あの時の何かキラキラしていた空気感をふと思い出していた。
その万博から48年、ほぼ半世紀という時間が過ぎた。

会場で貰ったパンフレットによると、
この太陽の塔は1970年の日本万国博覧会テーマ館の中心施設であり、その地下空間に世界の各地域から収集された民俗資料が展示された。1977年に開館した国立民族学博物館(みんぱく)に日本万国博覧会記念協会(当時)から寄託され、展示場に展示された。その後展示場の全面改修などにより、その数は当初より少なくなったが、現在も40点の’70大阪万博関連資料を見ることができる。

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「公園内の自然文化園に興味がありませんか?ボランティア・ガイドが無料で案内します」
中央ゲートから入った時、声をかけられた。
自分たちで見て回るつもりだったが、これもいい機会だと案内をお願いした。

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Pさんとボランティア・ガイド

この仕事を初めて1年余という男性ガイドの案内は木についての知識が豊富で、私と同年齢だという気軽さもあってか楽しい散策だった。Pさんからの日本人離れした思わぬ質問にも笑顔で答えることができる余裕があるように思えた。
またこの自然園の中にはかなりの数の木が植えられていたが、万博当時会場の中に植えられていた木を自然文化園として残したということだった。

トベラ、ヒマラヤスギ、シャリンバイ、ニンドウ、ガマズミ、クヌギ、シイ、イロハモミジ、クヌギ、エゴ、クスノキ、10月サクラ、ハンノキ、ハナモモ、リョウブ、桐、120種類の梅林、竹林等々。

緑の中を歩くのは気持ちがよく、爽快だった。
♪みどりのそよ風 いい日だね 〜
おもわず歌いたくなったのだった。


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ヒマラヤスギの赤ちゃん

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その後向った民族学博物館博物館の前にはバラ園があり、たくさんの花が今を盛りと美しく咲ていた。小さな子供たちや、若いカップル、シニアの人たち。みんながきれいに咲いているバラの花を見ながら、談笑したり、散策したり、お弁当を食べたりしているのはいい光景だなぁと思った。

さあ、これからいよいよ民族学博物館へ。 (続く)



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「アンネの思い出」

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by PochiPochi-2-s | 2018-05-18 22:41 | お出かけ | Trackback | Comments(8)
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「‘70年万博記念展示会に行きませんか?」
2、3日前タイ人の友人、Pさんからメールが届いていた。
たまたま予定がなかった昨日、モノレール万博記念公園駅で待ち合わせの約束をして出かけた。
もうすぐ到着するという頃突然に携帯電話が鳴った。
「今日は水曜日、万博公園の中は全てお休みだそうです。
モノレール彩都西駅駅に表示が出てました。事前に調べてなくてごめんない。
できたらモノレール彩都西駅まで来れますか。時間があればおしゃべりをしたいから」
自動車だったので急遽行き先を変更。彩都西駅まで走った。自動車ならすぐ近くの距離である。

駅近くの「リクローおじさん」というパン屋さんでおしゃべりタイムとなった。
今年の2月以来久しぶりに合う彼女は、いつもながら元気溌剌としていた。
61歳になったとはとても思えない。
彼女と出会ったのは20年余前、私の町の国際交流協会で出会ったのだった。

「私ね、日本に来てからもう29年経った。子どもも来年やっと大学を卒業する。
もう何も心配することないから楽になったわ!肩の荷が降りた?重い重い肩の荷だった!
でも、漢字もそんなに読めないし書けない。話すのもだめ。日本語の才能ないんやわ。きっと」

それから約2時間ほどの間、喋る、シャベル、しゃべる。際限なく喋った。
料理の話に始まって、歩く話、自分の関わっているボランティアの話(タイの貧しい子供達を支援している)、教えている英語の話、小学生の英語教育の話、関係している最近の学校の話、特に小・中学校の話、子育ての話、最近の若い人たちの考え方や態度のついての話、、今読んでいる本の話、行きたいと思っている旅行の話、見にゆきたいと思っている美術展や聴きに行きたいと思っているコンサートの話、はては政治問題まで。
彼女の細い体の中にどれほどの興味とエネルギーが詰まっていることか!
驚くほどだった。

でもただひとつ言えるのは、嫌みがなくすっきりしていること。
話をしている相手の心を傷つけるようなことは決してない。
話題はいつも明るくて楽しい。
時にはケラケラ笑い、また話を続ける。
聞いていて何かしら心地よいとすら感じる。
このような話し方をしたいなぁと、彼女と話すたびに思う。

この店は店頭で何かひとつかふたつパンを買えばあとはドリンクサービスが付いている。
店の奥にある、全面ガラスの見晴らしのよい喫茶スペースでパンを食べ飲み物を飲みながら
ゆっくりと話ができる。
昨日もかなりたくさんの人が来ていて、みんな楽しそうにおしゃべりをしていた。
楽しい時間だった。

さあ、今日は再び万博記念公園へ。
昨日のリベンジ!
ふたりとも昨日、今日とたまたま予定がなく空いていたので幸運だった。




by PochiPochi-2-s | 2018-05-17 06:51 | お出かけ | Trackback | Comments(2)

もう一度会いたくて

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久しぶりに紀の川を渡る。
(帰りの電車の中から)


「ねえ、A先生に会いたいと思わへん?
最近は目の調子も手の状態もあまりよくないのか、
手紙を書いて送ってもなかなか返事をもらえないんよ。
どうしてはるのかなぁと心配なので、一度顔を見にいこうと思っているんやわ。
S先生も気になっててA先生に会いたいと思ってるらしい。
昨日ここにきてくれてそう言ってはったわ。
その時にはTさんもMさんも私と一緒に行く?
3、4月はS先生が忙しくて時間がないからそのうちに連絡すると言ってはったわ」

今年の2月初めの作品展を中学時代の友人たちがわざわざ和歌山から見にきてくれた時にでた
話だった。

当時 A先生は、いつも黒いスカート、黒いセーターの上に、鮮やかなオレンジ色のカーディガンを着ていた。
少し小太りだが、始終にこやかな笑顔。明朗快活。優しいけれど、はっきりとものを言い、
和歌山弁で話した。
生徒に強烈な印象を与え、何事にも一生懸命取り組んでくれていた。
熱心な、生徒が大好きな先生だった。
昨日Tさんは言っていた。
「私の家ね、病気がちの父親と私と弟だけで貧しかったから、A先生が時々家に来てくれて夕食を作ってくれた。どんなに嬉しかったか。今でも忘れられない」

今から50年余前、社会はまだまだ貧しかった。
A先生は、中卒で働かなければならい生徒のために、働きながら夜間高校に通える職場を
他府県にまでわたって探してきてくれた。
今回一緒に会いに行った友人TさんもMさんもそんな生徒のひとりだった。
中卒で働きながら夜間高校を卒業した。当時私は自分のことだけで精一杯でその辺の事情はあまりよく知らなかったが、中卒で卒業し働かねばならない生徒も多かった。私が知るだけでも、生徒数わずか100人余の同じ学年で数人はいた。
S先生は新卒で私たちのN中学校が先生にとっての初めての職場だった。
仕事になれず焦っていた時に、A先生から度々温かい言葉で励まされ、その時の嬉しさを
今だに事あるごとに思い出すという。

JR和歌山駅前で待ち合わせた。
まずは食事をしてからと、S先生お勧めの店へ。
気心も知れた人たちとの和歌山弁で話をしながらの食事は、心楽しくとてもおいしかった。
いったん話し始めると、時は一気に50年余前に遡った。
楽しかったことばかりが心に浮かんできた。
2時間近くの時間があっという間に過ぎていった。

80歳近いS先生の運転する自動車に乗り、探しながら訪ねたA先生が入所している施設。
事前に調べてはいたが実際に行ってみると分かりぬくく、やっと辿り着き、事務所で面会を申し込んだ。
しかし、少し体調が悪いとのことで、残念ながらA先生に会うことはできなかった。
私の名前を出し、「A先生に会いたくてわざわざ遠くから来た」と言って、事務所の方に
もう一度頼んでもらったが、それでもやはり会えなかった。

今年90歳になられたA先生。
つい1年ぐらい前までははがきのやりとりもしていた。
お元気で、会いに行けば必ず会えると思っていた。
しかし、突然の訪問に心が対処できなかったのだろうか。
かつての元気はつらつとした若かった頃の自分のイメージだけを生徒の心の中に残しておきたかったのだろうか。
5、6年前、まだ自分の家で暮らしていた頃訪ねた時は、
よく来てくれたと喜んで迎え入れてくれ、1時間ほど楽しく話したものたっだ。
若かった時の先生そのもので明るく快活だった。
しかし今回は会ってはくださらなかった。
私の周りにもそのような女性がたくさんいる。
元気だった頃の自分と比べてか、施設に入所したのちは知り合いの誰とも会いたくないと
面会を断るという。

会うことができず残念な気持ちでいっぱいだった。
4人はいつまでもその場所を立ち去り難かったが、手土産だけを預け、帰るしかなかった。
訪ねることだけを考え、訪ねられる人の気持ちを考えなかったことからくる結果かもしれない。
事前に連絡しておけばよかったとも思ったが、事前に連絡をすればそれこそ断られるかもしれないという恐れもあった。
夫とふたり、自分たちだけでの生活が困難になり施設に入所し、介護されるようになったという状態を他人に見せるのも嫌だったのかもしれない。
先生の気持ちをを考えずに行動したことが、A先生の心の中に土足で踏み込んでしまったように思え、帰りの自動車の中で暗い気持ちになり苦い思いをしたのだった。

その後、 もう一度話をしようと立ち寄った喫茶店でのコーヒータイムは、
再び私を懐かしい時代に引き戻してくれた。
この歳になっても、昔の”◯◯ちゃん“で呼ばれる心地よさ。
何ひとつ包み隠すこともなく腹を割って話し合える気安さ。心の底から笑える安心感。
A先生には会えなかったが、大笑いし、おもいっきり和歌山弁で喋って過ごした時間は
大切な宝物になったのだった。

「また会おうね」
「また会いたいね」
「その時までは元気でね」
JR和歌山駅でみんなと別れ、電車で大阪に向かった。
久しぶりに見た紀ノ川はゆったりと、のんびりと流れていた。


More 燕の親子
by PochiPochi-2-s | 2018-05-12 23:10 | お出かけ | Trackback | Comments(6)
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シャンデリア輝く女子トイレ

「わあ! 何これ? 女子トイレにシャンデリアとは!」

3月18日に新名神高速道・神戸 ~ 高槻間が開通した。
この開通によって中国自動車道の宝塚インターから宝塚トンネンルまでの常態化した渋滞が
解消されるだろうとのこと。私にとっては蓬莱峡近くを通らなくてもよいのと、箕面グリーン
道路から入る方が便利で、何よりも渋滞を気にしなくてもよいのが嬉しい。

開通日前日の夕方、テレビ番組でこのサービスエリア、特に女子トイレの様子が放送されていた。テレビの影響力は大きい。開通から一週間後にあった絵の教室で当然その女子トイレが話題になり、既に見に行ってきたという人もいた。「高速道路の渋滞はなかったが、このサービスエリアだけは満車に近く、特に女子トイレは一目見ようとやってきた大勢の女性で混雑していて中に入れないほどだった」と言っていた。

たまたま昨日所用で岡山まで行く用事があり、それならばと新しく開通した新名神から山陽道を乗り継いで行くことにした。千里中央で主人の3番目に姉を拾い、箕面グリーン道路から新名神とどろみインターに乗り継いだ。宝塚サービスエリアまではすぐだった。
朝7時半ごろだったので、駐車スペースもほとんど空いており、人は少なかった。
聞いていた話とはかなり様子が違うなぁと思いながら、興味津々のトイレに向かった。

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「まあ!」
これがトイレ?
天井にシャンデリアが輝き、まるでホテルの一室にような雰囲気。
しかし周囲の扉は女子トイレ用の個室の扉。
あまりのきれいさに言葉も出ない。
入ってくる人はみんな口々に言っていた。
「これが噂のトイレ?」「一見の価値があるかも」「話の種にみておくのはいいかもね」

宝塚市に唯一あるサービスエリアだから市は力を入れたと確かテレビで言っていたように思う。
宝塚歌劇の雰囲気を前面に出し、お客さんに楽しんでもらうという意図らしい。
この女子トイレもまさにその企画のひとつ。
しかし、…………。
「まぁ、楽しければそれでいいのかも」
そう思った。
(因みに、主人によれば、男子トイレはごく普通のトイレらしい)

岡山からの帰りにもう一度このサービスエリアに寄ってトイレを見て帰ろうと思っていたが、
早朝と違い夕方でもあったためか小型車の駐車場は満車だった。
かなり早い地点からその満車の表示がされていた。
「やっぱりなぁ。まだまだ“トイレ人気”はおさまらんのやろうなぁ。
みんな野次馬やもんなぁ」
自分も野次馬の一人でありながらその意識のない義姉の言葉が妙に印象的だった。

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宝塚サービスエリアの建物


山陽道は中国道ほどでもないが、同じように山の中を通っている。
今年はここしばらく初夏を思わせるような気温が続き、桜はすっかり終わっていた。
山はまさに桜色から新芽の色に変わっていた。
この一瞬だけの春の色。
大好きな、やわらかい春の色。
往復約往復400km余を走った日だった。

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More : いちばん好きな桜さくら
by PochiPochi-2-s | 2018-04-06 23:13 | お出かけ | Trackback | Comments(2)
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「わあ、きれいだ。来てよかったわ。金剛山、懐かしいなぁ」

昨日お昼前、大阪府で唯一の村、千早赤阪村に水仙の花を見に出かけた。
先日パレットさんの「水仙の遊歩道」の記事を見て、私も無性に水仙の花を見たくなり、
最初は淡路島南部にある灘黒岩水仙郷までドライブするつもりだった。
しかしふと思った。
千早赤阪村にある水仙の丘に行くのはどうだろうかと。

もう20年以上も前、大阪市南部に住んでいた頃、千早赤阪村は馴染みの場所で小さかった子ども達を連れ度々金剛山に登ったものだった。主人の当時の勤務先のH高校からも近かった。大阪市内から直線距離で約20~25kmのところにあり、大阪府南河内地域に位置する大阪府で唯一の村で、金剛山登山口がある。

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(Wikipediaから拝借しました)


昨日は大阪の北部にある今住んでいる町から大阪市を北から南へ走り抜け、さらに天王寺から平野に抜け、そこから国道309号線を千早赤阪村まで一直線に南下した。道路は驚くほどまっすぐに延びていた。家から約2時間余り。高速道路を使えばもう少し早く到着しただろうが、昔住んでいた懐かしい場所(天王寺から南)を通りたかったのであえて高速は使わなかったのだった。
そこは結婚以来約20年間住み、3人の子育てもした場所。目に入る景色、車窓に過ぎ去る景色に懐かしさがこみあげた。ひとつひとつの景色に楽しかった思い出が詰まっている。


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葛城山

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金剛山

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二上山

富田林を通り抜け千早赤阪村に近づいた頃、目の前に金剛山と葛城山が見えてきた。
北の方には万葉集に詠まれている二上山や奈良と大阪の境にある生駒山が見える。

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日本で一番最初にできた、一番小さいかわいい道の駅。
その無料駐車場に自動車を停め、水仙の丘へ歩いて行った。
満開にはまだ少し早かったが、かなりの数の水仙の花が咲いており、
ハイキングを楽しむシニア世代のハイキンググループや、遠くから自動車で出かけて来た人たちがこの水仙の花を楽しんでいた。

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丘の上からは遠くにはアベノハルカスが見え、その背後には北摂の山並みが見えた。
また反対側には棚田を見渡せるのんびりした田舎の景色。桜の木もたくさんの冬芽をつけていた。春の桜に時期がまた楽しみな景色であった。


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桜の木と遠くに生駒山

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望遠で撮影したアベノハルカス(右端の背の高い建物)と北摂の山並み
暖かすぎて霞んでいる

帰り際、道の駅で大量の蓮根と自然薯(山の芋)を買って帰り、
今夜は、鱈を入れたとろろ汁を楽しんだ。


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今度は桜に時期にもう一度行きたいなぁ。
いや次回は金剛山に登ろうかなぁ。
そう思いながら帰ってきた。

久しぶりの長距離ドライブと長閑な田舎の景色や、きれいな空気、大好きな山に
心もスッキリした日だった。




by PochiPochi-2-s | 2018-01-19 23:22 | お出かけ | Trackback | Comments(6)
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メイン会場東公園のルミナリエ

わぁ!
やっぱりきれいやわ。


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「日曜日(12/10)は雨みたいやから、今夜(9日)めっちゃ寒いらしいけど行こうか。
刑事フォイルが終わってからゆっくり出かければいいから」

夕方6時過ぎ、防寒対策をきっちりとして足早に最寄りの駅に向かった。
夜空には冬の星座がきれいに瞬いていた。
「冬の星座」の歌を歌いながら歩いていると、心は自然と弾んでいた。
遠くに千里中央付近の夜景がきれいに見え、寒いが気持ちがよかった。

毎年必ず行く神戸ルミナリエ。
第一回目を見逃したので私たちにとっては今年で22回目となり、
今ではまるで我が家の年中行事にようになっている。
振り返れば、もう22年という年月が過ぎたことになる。
この間実にいろんなことがあった。
長男が大学生になり続いて長女、少し離れて次男と、それぞれにそれぞれの場所で
学生生活を送り社会人になった。今は長男と娘は結婚しそれぞれ2人の男の子の父、
母になった。
義母が亡くなり、続いて叔母、私とかなり年の離れた父方の従兄弟、母、叔父、父、主人の叔父と、わずか10年ぐらいの間にまるで世代が交代するかのように次々と続いて亡くなってしまい、ずいぶん寂しい思いをした。
長い間の夢であった海外への旅行もできるようになり、主人と、あるいは一人で何度か海外へ出かけた。海外で出会った人たちとのメール交換や手紙のやり取りという楽しみも増えた。
絵を習い始め、最近はやっと“描いている時間が楽しい”と言えるようになってきた。
河原で拾ってきて育てたポチも死んでしまった。
拾われてきてから16年間、私たちの心を慰めてくれ、毎日楽しい思いをさせてくれた、みんなに可愛がられ好かれた犬だった。ポチは、特に小さい子供が大好きだった。

まだまだたくさんの出来事があったが、22年と言葉で言えば実に短く聞こえるが、
決して短くはなかったし楽しいばかりでもなかった。
しかし、毎年ふたりで神戸に行きこの光の饗宴のルミナリエを楽しめる時間を持てるのは
幸せなこと。
「今年も何事もなく無事一年が終わろうとしている。
感謝して来年もまた無事に一年が過ぎますように」
そう思いながら、このきれいな光の中を歩く嬉しさ。
始まった当初は、ルミナリエを見に行くことになんの(身体の)不安も感じず、行くのがさも当然であるかのように思っていたが、いつの頃からか“今年も無事に行けたなぁ。来年も行って楽しめるように健康に気をつけよう”に代わってきた。
22年という年月はそういう長さだとあらためて思ったのだった。

出かけるのが遅かったので帰宅したのは真夜中12時前。
実によく遊び、よく食べ、よく歩いた。約12000歩。
来年も元気に見にゆきたいと思ったのだった。

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市役所25階から




『神戸ルミナリエ』は1995年1月17日に起こった神戸明石大震災後、甚大な災害被った神戸の人たちを励まそうと翌年から始まり、震災の記憶を後世に語り継ぎ神戸の夢と希望を象徴する行事として毎年開催している。
今年で23回目の開催となる。




by PochiPochi-2-s | 2017-12-10 23:35 | お出かけ | Trackback | Comments(8)
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友人Hさんの作品
コアジサイ



昨日は朝から晴れ、久しぶりに太陽が昇るのを見ることができた。
これは幸先がいい。
幸運に感謝して、友人の所属するグループの「野の花を描く」水彩画の作品展に出かけた。
片山先生のもう一つのアサヒ・カルチャーの教室の作品展だった。
この教室は大阪市四ツ橋にある朝日新聞社本社ビルの中にあり、
毎年長居公園の中にある長居植物園「花と緑と自然の情報センター」の展示室で開催される。
同じ先生の教室でもそれぞれで、このグループはもう10年来年ここで作品展をしている。
(長居公園は大阪女子マラソンの会場であり、またサッカーの試合でも有名である。)

「久しぶり、元気だった?」
この日友人Hさんは午前中の受付当番で、終了次第一緒に食事をし話をしようと約束していた。
最近Hさんと会ったのは、今年の春3月末に開催された、彼女のもう一つの趣味・「和紙のちぎり絵」の作品展会場(豊中市)でだった。
その時も一緒にランチ(イタリアン)を食べながらずいぶんと話し込んだものだった。
今回も全く同じ。
近くにおいしいレストランもなく、情報センターの一階にある食堂でカレーを食べながら
“食事よりも話”と2時間近くも話し込んでしまった。
ほぼ同じ年齢(?)。話題は尽きることはない。

Hさんは、生まれて初めて入る絵の教室に訳も分からなく緊張しどぎまぎしていた私に親切に声をかけてくれ、自分の前の席に座るようにと勧めてくれた人。
その時 どんなに嬉しく、ほっとしたことか。
今でも彼女に会うたびにその時の嬉しさを思い出す。
その後彼女は家族の都合で何度か住む場所が変わり、通う絵の教室も変わった。
何年間か大阪を離れ東京に住んだこともあった。
でも、友人であることに変わりなく、今では年に何度か出会って話をする間柄であり、時々は自分たちの持っている山野草の苗の交換をすることもある。お互い、絵を描くのも好きなのだが、それ以上に山野草を育てるのも好きなのである。

野の花を描く人たちの絵は見ていて楽しい。
「ああそうか」「こういう風に描けばいいのか」「この葉っぱの処理の仕方は上手だなあ」「あらっ、この花こんなふうに描けばいいのだろうか」「このグループの人達の構図は、私たちのグループに比べて自由でおおらかだなぁ」等々いろんなことが心に思い浮かぶ。
絵を見ながら、思いは尽きない。
参考になるところが多い。
今年も見せてもらってよかったなあと。

一緒に乗った帰りの地下鉄の中でも話はまだ続いていた。
「またね。今日は会えて嬉しかった」
乗り換えのため難波でHさんがが地下鉄を降りた時、素直にうれしい気持ちで私の心は満たされていた。


《Hさんの他の絵》
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タマゴタケ



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プラム


《会場で 私が好きだと思った絵》
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フサウツギ






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エノコログサ


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by PochiPochi-2-s | 2017-10-19 18:58 | お出かけ | Trackback | Comments(8)

生きている喜びを感じられるように生活したい


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