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枯れ芙蓉

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「どうやって描こうか…」
ここ2、3日、この枯れ芙蓉を眺めてはため息を繰り返すばかり。
昨日もずいぶん久しぶりにコンサートに出かけたが、
下野竜也指揮の演奏の間中もこの枯れ芙蓉が頭から離れなかった。

搬出の翌々日(14日)に絵の教室があったのだが、
みんなの疲れがピークに達していたのか、半数以上の人たちが欠席だったのは予想外だった。
案の定、この時期、先生が持って来られる画材は乏しく、何を描こうかとかなり迷った。
友人が持ってきてくれた蕗の薹は蕾が開くまでもう少し時間がかかるので家に持ち帰って見守り、描くのはその時まで待つことにした。
それまでの間に何か描こうと、この枯れ芙蓉を貰って帰ることにしたのだった。

しかしこの冬枯れの芙蓉を『枯れ芙蓉』と呼ぶとは知らなかった。
しかも短歌や俳句の季語だという。
芙蓉が枯れ果てたのちの姿で、花が枯れたあと、枝先に毛に覆われた球形の実をつける。


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枯れ芙蓉をじっと見つめているうちに、堀文子のタンポポの綿毛の絵が頭に浮かんだ。
先生は枯れ芙蓉の絵を色画用紙に描けばいいのではないかと言ってたが、
私はこの堀文子の絵を参考にもう少し考えてみたいなぁと思っている。
さて、どのような絵になるだろうか?



今日紅茶を飲みながらゆっくりと雑誌を見ていた時に見つけた俳句があった。

性良きが 生涯の友 置炬燵 (牛来 承子・南相馬)
(「婦人之友」・2018・3月号 生活句集 )

【評】
思い起こせば、幼い頃からさまざまな友に出合った。
よく考えればやはり「性良きが生涯の友」と感慨を深くされているのだろう。
その友と一緒に炬燵で温もれたらどんなにか楽しいことであろう。


思ってもみなかったたくさんの友人たちが作品展を見に来てくれた。
中には中学時代の2人の友人がいた。彼女たちはわざわざ和歌山から出かけてきてくれた。
中学時代の恩師からの情報だという。随分久しぶりの再会で食事をしながらの会話は心弾む楽しいものだった。
彼女たち以外にも今までに出会ったたくさんの友人たちがきてくれていた。
そんな彼らのひとりひとりの顔を思い浮かべながら、
ぼんやりとこの雑誌のコーナーを眺めていた時この短歌を見つけ、しばらく考え込んだ。

生涯の友とは、やはり性格の良い友なのか?




by PochiPochi-2-s | 2018-02-17 20:31 | 思い | Trackback | Comments(8)
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ショーウインドーに展示されたもう一枚の私の作品
マムシグサ


朝メジロが飛んで来ていた。
動きが早くなかなか上手に写真に取ることができなかった。
まだまだ『早春賦』を思わせる頃だが、春がもうそこまで来ているという気配を感じる。

昨日やっと作品展が終わった。
始まってからの6日間、
友人知人の誰かが来てくださるからと ほぼ毎日のように会場のギャラリーに出かけていった。
水泳の仲間からは“まさかこのような絵を描がいているとは!“という驚きの言葉をもらい、かつての英語のサークル仲間からは”もう英語はすっかりやめてしまったの? もう一度いっしょにしようよ“ と誘われ、主人のかつての同僚の、私もよく知る女性たちからは”絵もすてきだが、あの頃のアップルパイは今でも忘れられないわ“と絵以上にアップルパイの味を褒められ喜んだ。

懐かしい人々との再会や会話。
会いたいと思っていた人たちとの出会いや食事をしながらの話。
日頃持っていることを話したり、疑問に思っていたことを尋ねてみたりの楽しい時間。
その中でも絵に関しての仲間との会話は心が弾むものだとあらためて思ったものだった。
普段同じ教室で絵を描いていても、どんな気持ちで描いているのか、どのように色をつけているのか、絵の具はどんなものを使っているのか、スケッチブックはどのようなものがいいのかなどの話はあまりしない。しかし、作品展という場所の雰囲気も手伝ってか、絵に関する話題が多かったのは楽しいものだった。
誰もいないひとり時間の時、大好きなフジ子・ヘミングのピアノ曲をかけながら無心になって
描いているという話をするとたいていの人は驚いていた。ただひとり私は沖縄民謡がいいわと言った他の教室の人がいたが。絵はその時の描く人の心の状態を反映するのか、彼女の絵は言われてみればそうかなぁと思うような色彩と構図の絵だった。


6日間、ほぼ毎日誰かと会い、いろんな話題で会話をする。
知らなかったことや知りたいと思うことなどワクワクする話がたくさんあったが、
普段の生活とは全く違った時間の流れの中で最終日には疲れはピークにきていた。

今日一日の休養でなんとか体が回復したが、まだ少し疲れているようにも思う。
明日からはまた心を込めて絵を描きたいなぁと思う。


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元気なヴィオラ





by PochiPochi-2-s | 2018-02-13 23:22 | 思い | Trackback | Comments(10)

一枚の年賀状から

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雑誌ミセスに掲載された写真から


「お変わりありませんか。
昨年9月にはプラハとウィーンの2都市をたのしみました。
スマホがあれば現地語は不要を実感しました」
この街に越して来た頃知り合った年上の友人Hさんからの年賀状に書き添えられていた。

私より一回りも年上の彼女。
80才と80才過ぎの老夫婦2人で、スマホを片手にプラハとウィーンを旅したという。
かつて一度だけこの夫婦と一緒にハンブルグから彼らの友人が住んでいたブレーメン
まで一緒に行き、ブレーメンの街を観光したことがあった。
「この歳で、よくやるなぁ〜」
英語と簡単なドイツ語が話せるとはいえ、彼らの年齢を考えた時そのエネルギッシュさと
好奇心に圧倒されてしまった。あの大きな旅行鞄を運ぶだけでも大変だろうに。
もう一度、今度はゆっくりとプラハだけを旅行したいと思っていた私には、
かなり刺激的な年賀状だった。
「わあ、先を越されてしまった…」
そういう思いがしないでもなかった。

春江一也の「プラハの春」を読んで以来プラハは長い間私の憧れの街であった。
いつか行きたいと思いながらずいぶん時間が経ち、やっと訪れることができたのは
2011年8月15日、今から6年半も前のことだった。
プラハの街を始めて歩いた時の感激や、カレル橋の上を歩きながら感じたこと、
考えたことなどは今も鮮明に思い出すことができる。それだけ印象が強かった街だった。

先日絵の帰り本屋さんに立ち寄った時、
ある婦人雑誌の表紙に書かれた文字に思わず目がいった。
『歴史の栄華をそのままに 物語のある国、チェコへ』
この雑誌は何年かに一度プラハ特集を組んでいる。
手に取り、パラパラとめくってみた。
懐かしい風景、懐かしい場所の写真がたくさん掲載されており、
Hさんからの年賀状でもう一度行きたいという思いが強くなっていた私の心は
さらにヒートアップしてしまった。
ここ5日間ほど、まだその熱が冷めやらず暇さえあればその雑誌のチェコの特集ページを眺め「行こうと思えばいつでもいけるさ」と思いながら、頭の中ですでに旅行計画を立てている
私がいる。

以前ぶらっと立ち寄った
ザンクトガレン(スイス)にある修道院の中世の図書館にも似たストラホフ修道院の「神学の間」(図書館)、プラハ国立美術館、ケプラー・ハウス、カフェ、建物の前を通り過ぎただけのスメタナ博物館、フランツ・カフカ博物館等、プラハにはまだまだまだ訪れたい場所がたくさんある。何よりもプラハの街の雰囲気に浸りたい。

一枚の友人の年賀はがきが私の心を呼び覚ましたようだ。
最後に海外へ旅行に行ってから3年半が経った。
そろそろ…と思う心なきにしもあらずかな。

それにしても高齢にもかかわらずスマホを使いこなし、
海外へ個人旅行をするなんてHさんはすてきなひとだなぁとあらためて思ったのだった。
作品展で久しぶりに会い、話ができるだろうと今から楽しみである。


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by PochiPochi-2-s | 2018-01-29 23:33 | 思い | Trackback | Comments(4)

『心の宝石箱』

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庭の蝋梅が咲き始めた


昨日は夜半から降り始めた雨が一日中降り続いた暗い日だった。
一昨年のこの日は神戸の東遊園地で開催される「1.17のつどい」に行っていたが、
今年は絵の教室の新年会が重なり行くことができなかった。
新年会は和やかで、みんな楽しそうに歓談し食事を楽しんでいた。
しかし、震災から23年という年月がそうさせるのかもしれないが、話題の中心は健康の維持や
2月の作品展のこと等であり、今日は1月17日だという話題もなく震災の話も全くでなかった。震災の記憶の風化が度々話題にのぼる昨今、新年会という場がそうさせたかもしれないが、自分が直接の被災者や関係者でなければ現実はこのようなものなのだろう。
記憶は風化し消え去っていく。
昨日の各新聞は震災からで受けた心の傷みをいまだに癒すことができない人々のことを取りあげ報道していたが、心の問題はなかなか難しい問題だろうと思いながら読んでいた。

新年会の帰り、みんなと別れひとり、楽しみの本屋さんに立ち寄った。
いつものように雑誌のコーナーに行くと、
私の好きな小雑誌(「婦人之友」2・2018)が棚に並んでいた。
ああ、もう2月号が出ているのだと思い、手に取ってパラパラとページをめくってみた。
今月号は読みたく興味深い記事がたくさんあり、迷わず買ってしまった。
帰りの電車の中でそおっと取り出し再びページをめくり読んでみた。
やはり一番に読むのは「こころの深呼吸(85)」(海原純子・心療内科医)のぺージ。
今月号のタイトルは『心の宝石箱』だった。
思ったとおり心に響く文章だった。
短いエッセイなので拝借してここに書き写しておきたいと思う。


『心の宝石箱』

仕事の帰りに歩きながら、木の葉が揺れるのをみると、景色とは何の関係もないのにふっと思い出すことがある。
東北の講演会で会った女性の微笑み、飛行機でもの入れから重い荷物を取り出すのを手助けしてくれた年配の男性、「こっちですよ」と道案内してくれた九州の若い女性の軽やかな歩きかた。朝、時間がなく、空腹のまま空港へと乗りこんだタクシーの運転手さんが、「それなら食べていきなよ」と袋ごとわたしてくれた地元のみかんの香り……。
ふだんは忘れているようなささやかな思い出が、時々「しまっておかないで出してくださいよ」と言っているよう。そのささやかな思い出というのは、見返りを求めない、ごく自然なやさしい気持ちや、心配りを受けた記憶。現実の忙しさからちょっと抜け出した瞬間に思い出す。
私はそうした「小さな親切」の入った宝石箱のふたをあけて、思い出しながら過ごすのが好きだ。心がすっと浄化され、不思議なことに「ありがとう」と呟くと、日常の怒りやイライラが消えているのに気がつく。
怒るのをやめようとか、いらだちをおさえようなどと必死になるより、心の宝石箱のふたをあけると、ずっと簡単に心がきれいになる。そして、自分がこれまで生きてきた道のりの中で、見知らぬ人からどんなにたくさんの親切をもらってきただろうと、感謝の気持でいっぱいになったりするのだ。怒っている自分より、ありがとうと呟くことができる自分の方がずっといい。
誰でもみんな心に宝石箱を持っているはずだ。でも日常生活のあわただしさの中で、ふたを閉めている。時々、木々を眺めたり、月を見上げたり、風を感じたりした時、宝石箱を思い出し、ふたをあけてみてほしい。
それは、何ともいえない幸せな時間を運んできてくれるはずだから。
(梅原純子)


More もう一つのフンデルトヴァッサーのネックウォーマーが完成
by PochiPochi-2-s | 2018-01-18 23:09 | 思い | Trackback | Comments(4)
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アオキ・少しだけ色をつけてみた


朝からなんとなく「今日は1月16日だなぁ」とは思っていた。
しかし、今日はどういうわけが行動か伴わなかった。
身体がだるく重かった。
昨日の水泳教室の泳ぎすぎ(?・私にとって)がこたえているのかもしれなかった。
朝から思っていた予定が狂い、
午前中は主人が外出、私は思いがけなく昨日のスケッチに色をつけることになってしまった。

お昼前、下書きのスケッチをもう少し描きなおし、「さあ、もう少し…」と思っていたちょうどその時、主人が帰ってきて言った。
「これから須磨の海岸までドライブに行かないか?今日は1月16日やから。
あの時もそうやった。センター試験と須磨の海。そしてあの大震災。
あんたは明日予定があるから、今日行かへんか?」
「そんなぁ〜。もっと早く言ってくれたら行っていたかも…」
気分がのりかけていたときに、出鼻をくじかれたように感じで、つい生返事をしてしまった。
出かけた時に彼ははっと思ったらしかった。
「今日は16日だ」と。
結局お互いの気持ちがちぐはぐで噛み合わず、須磨行きはキャンセルになってしまった。
また日をあらため行ってみようと思っている。
なんとなく気持ちが重かったが、それでもと再び絵に向かった。
ここ何年かで16日か17日に神戸に行かなかったのは、今年初めてになるだろう。


* * *


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冷蔵庫にかぼちゃが半分残ったままになっていたので
思いきってかぼちゃのポタージュにしてみた。
簡単手抜き調理法だったが、
味は抜群だった。
写真には写っていないが、
食べる直前に生クリームを加えた。
甘みが増し、さらにおいしくなった♪

これからしばらくかぼちゃのポタージュスープが続きそうな予感がする


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今晩の夕食
「鯖の甘酢炒め」

これも久しぶりにつくった。
新鮮な鯖が売られていたので
3枚におろしてもらった。
下準備さえしておけば食べる直前にすぐにできる料理。

お陰で絵を描く時間ができた。




by PochiPochi-2-s | 2018-01-16 21:27 | 思い | Trackback | Comments(8)
「あっ、そうだ! 今日は1月14日。2月14日まであと1ヶ月。
エイちゃん、今日で生まれてから11ヶ月目なんだ♪」

泳いでいて、ふっと気がついた。

今日は初泳ぎではないが、今年2回目の自主練習で泳いでいた。
どうもルーティーン化されつつある日曜日の水泳でのこと。
難しかった平泳ぎがなんとか25m泳げるようになり、
嬉しくて背泳ぎでのんびりと25mを引き返していた時だった。

あと1ヶ月(2/14)で満一歳の誕生日を迎えることになる。
去年は大変だった。
前々日の真夜中に娘からの電話でたたき起こされ、慌てて病院に駆けつけた。
病院の待合室でリョウちゃんを抱き、不安な時間を過ごしたのだった。
5月初めの出産予定が2月半ばに生まれ、かなりの早産で不安でいっぱいだった。
想定される問題を一つ一つ見事にクリアーし、無事退院できたのは5月になってからだった。
それ以後なんの問題もなくすくすくと成長し、
いつに間にかあの時の不安な気持ちはどこかへ飛んでいってしまっていた。
そして今日、なんと泳ぎながらふっと気がついたのだった。
エイちゃんの誕生日まであと1ヶ月と。
なんと暢気なと我ながらびっくりするが、これでいいのだろうと思いなおしたのだった。

さあ、お誕生日はどのようにして祝ってあげようか。
楽しみがまた一つ増えた、嬉しい日だった。


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「なにかおもしろいことないかなぁ〜」
最近の得意のポーズ
3点確保で片手を離す。
つかまり立ちをするようになった。


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「見て見て、今日この服着ていいってママが言ったの」
リョウちゃんは
私がプレゼントした恐竜のトレーナを
嬉しそうに見せていた。(1/3)




by PochiPochi-2-s | 2018-01-14 23:36 | 思い | Trackback | Comments(4)
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南天

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オオカメノキ(正式名 ムシカリ)


今年最後の絵を何にしようかとここ2、3日、
ふとした時に脳裏ををかすめていた。
「そうだ、紅い花と白い花で選んでみよう」
この一年間、季節ごとにさまざまな花を描いた。
その中の、印象に残った紅い花と白い花2点を選んでみた。
南天とオオカメノキ

✳︎

《南天》

散歩に行くたびに路傍でたわわに実をつけた南天をよく目にしていた。
その度に描きたいなぁと思いつつ、持ち帰ることはできなかった。
そんな時先生が絵の教室に持って来てくれ、
大喜びで描いたのだった。
実の数に少々辟易したが、
何よりも緑と赤の葉の色に魅せられた。
夢中で描いた南天の葉だった。

✳︎

《オオカメノキ(正式名 ムシカリ)》

普段あまり見かけない花。
この時は、
たまたま先生が別のグループと滋賀県朽木村に行き、
持ち帰ってくれた花だった。
このガクアジサイのような白い花は、
魅力的だが描くのに時間がかかり大変だろうなぁと
少し躊躇した。
以前描いたイワガラミを思い出し、
描きはじめたときはなんとなく気がすすまなかったのだった。
しかし
そのうちに夢中になり、なんとか花は描けた。
花以上に難しかったのは葉だった。
葉っぱを見れば見るほどその美しさに心を奪われ、
見入ってしまったが、
その表現は難しかった。
友達に励まされやっと完成したのだった。



自分はいったいなぜ花の絵を描きたいのだろうか。
教室で 、あるいは家でひとり描いている時によく思う。
でも、
理由なんていらないのでは?
山に登るのと同じ。
好きだから描く、登りたいから登る。
それでいいじゃない。
そう思うようになった。
来年も花や木、葉、実などを
自分の思うように描けたらなぁと思っている。

✳︎ ✳︎ ✳︎

この一年間、このブログに訪ねてきてくださった皆様も、
コメントをくださった皆様も、
古い友達も新しく友達になってくださった皆様も
みんな親しくしていただいてありがとうございました。
どうぞよいお正月をお迎えください。
来年もよろしくお願い致します。

来年も新たな気持ちで絵を描きたいと思っています。

2017/12/31 PochiPochi





by PochiPochi-2-s | 2017-12-31 17:55 | 思い | Trackback | Comments(4)

葉書

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今日も朝から寒く雪とも思えないような雪が時々チラチラと舞い、
昨日よりは少しはマシかと思ったが、部屋の温度がなかなか上がらなかった。
午前中娘から電話があり、エイちゃんの顔を見がてら娘のマンションへ出かけた。
リョウちゃんとエイちゃんに買った服と娘の義父母への新年の届け物を持って。
しばらくとりとめもない話をし帰ってきたが、
その帰り道、夏以来ずーっと気になっていた人を思い出していた。
「A先生はどうしてはるかしら」
自動車の助手席に座り、ぼんやりと通り過ぎる景色を見ながら思っていた。
先生からの葉書が返ってこなくなってからもう随分日が過ぎた。
90歳近くになった頃から目が悪くなり、手も痛いので、返事がかけないかもしれないとは聞いていた。

家に帰ってから、手紙の入った箱を取り出してみた。
葉書サイズの小さな気に入りの箱いっぱいにA先生からの葉書が入っている。
きれいな字、優しい言葉、おもしろおかしい和歌山弁で書かれたたくさんの葉書。
いったいいつからA先生と葉書の交換をするようになったのか。
今となってははっきりとは覚えていない。
多分長男が中学生になった頃、誰かに自分の気持ちや考えを聞いてもらいたく、
時々思いついたようにA先生に葉書を書いては出していたのだろう。
その頃もらった返事の葉書もまだ残している。
誰に気兼ねすることなしに、堂々と(?)和歌山弁でやり取りする葉書。
安心して話せる相手に思いっきり自分の思いを書いて出せる幸せ。
そこに心の安定を見出していたのかもしれなかった。
A先生はそんな先生だった。

子ども達が手を離れ、生活にゆとりができはじめた50歳過ぎから海外旅行に出かけるようになった。
時には夫婦で、時には一人で。
そんなある時、A先生から頼まれた。
「ぜひ葉書の挿絵付き旅行記を私宛に送ってね。
足が悪くなり海外なんて夢の夢。
でもあなたの挿絵付き葉書旅行記で海外からの風を感じ、私も一緒に旅行した気持ちになれる。
身体の自由は段々と効かなくなってきたが、まだ心は羽ばたける。
楽しみにあなたからの葉書を待ちます」

重い腰を上げやっと書く気になったのは、
ベルリンからプラハブダペストへの旅、イギリスへの旅の時だった。
帰国後、挿絵を描いては文を書き、ほぼ毎日のようにA先生宛に送った。
どの旅行の時も、終わってみると30枚近く書いていた。
とても喜んでくださって最後には必ず感想を書いた葉書をくださった。
A先生からの葉書の束はいつのまにか私の心の宝物となった。

何枚かを読み返し、またA先生に葉書を出したくなった。
もう随分前から年賀状を書くのをやめている先生に、
明日はきっと年賀状がわりの葉書を書いて出そうと思った。
南天の絵を葉書の裏に印刷して。

たった一枚の葉書だが、そこに書かれた文から感じとれる優しい気持ちや思い遣りの気持。
葉書や手紙を書いて出したりもらったりすることは私には大切なことなのだなぁと
あらためて思った日だった。



by PochiPochi-2-s | 2017-12-28 23:19 | 思い | Trackback | Comments(0)

内弁慶

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「ああ きれいだなぁ」

夕方 洗濯物を取り入れようとデッキから裏庭に出た。
その時ふと見あげた夕方4時過ぎの空。
夕陽で紅色に染まる雲。
その美しさに魅せられて思わずシャッターを切った。
何枚か撮ったあと、雲の合間に月が出ているのに気づき、続いて何枚か写真を撮った。
見惚れているうちにいつの間にか月が雲に隠れてしまった。
ほんの一瞬に出来事だった。

今日は晴れ、曇り、にわか雨、再び 晴れとめまぐるしく天気が変わる、寒い一日だった。
朝11時過ぎ、突然 携帯が鳴った。
「おばあちゃん、クリスマスプレゼントありがとう」
小さな消え入りそうな声が聞こえてきた。
一瞬誰だかわからなかった。
携帯の表示はハルの名前だった。
「ハルなの?」
「 元気にしてるん?」
「サッカーシューズとインソール、気に入った?」
私の矢継ぎ早の質問に何も答えず黙ったまま。
うん? しばらくして気がついた。
「アサヒちゃんなん?」
「うん」
やっと返事が返ってきた。
「今日は育成(学童保育)休みなん? お母さんは仕事に行ったん? 帰りは遅いの?
お兄ちゃんは学校のクラブ?」

聞いてみると、
育成は休みでお母さんは仕事に行った。帰りはいつも通り。
兄ちゃんはクラブは休みだけど友達と出かける予定、自分も育成の友達と外で遊ぶ。
こんな返事だった。

いつものアサヒらしくなく、消え入りそうな頼りなさげな声。
兄ちゃんが出かける予定、お母さんが仕事で留守。
なんとなく寂しかったのだろう。
いつもみんながいる時には、大威張りで元気溌剌、自己主張が強いアサヒだが、
誰もそばにいないと、特にお兄ちゃんがいないと突然元気がなくなる。
まるで“青菜に塩”である。
二番目とはこんなものなのかなぁ。

「お昼ご飯は? おばあちゃんがこれからそっちに行こうか?」
「大丈夫。お母さんがお昼ご飯を作ってくれているからお兄ちゃんと二人で食べる」
安心したのだろう。
声はだんだんと大きくなってきていた。

ハルにかわってもらうと、
「おばあちゃん、きてくれなくても大丈夫やで。
僕はこれから出かけるし、アサヒは友達と外で遊ぶ約束があるから。
お母さんはいつもの時間に帰ってくるから大丈夫や」

電話は切れた。
よほど行って留守番をしようかと考え迷ったが、結局は行かないことにした。

母親の判断に任せよう。
よほど心配ならば、以前のように「お願いします」と前以て頼んできていただろう。
でしゃばったことはしないでおこう。
困った時は携帯もあるし、連絡してくるだろう。

気持ちは今すぐにでも飛んでゆきたかったが、ぐっと我慢をして行かなかった。
いまが彼らの成長期かもしれない。

「いつもの強がりのアサヒも結構な内弁慶なんやなぁ」
そんなアサヒがいじらしくかわいく思った朝の電話だった。



by PochiPochi-2-s | 2017-12-26 23:13 | 思い | Trackback | Comments(4)
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フローエ・ヴァイナハテン
(メリー ・クリスマス)

アンジーとフランツの愛馬の写真
寒そうな彼らの顔
なんとも表現し難い目
可愛らしいなぁ。

先日送ったクリスマスプレゼントがやっとアンジーのところに届いたらしい。
とっても嬉しいというお礼のメールが昨夜届いた。

That you took time to make me this special neck scarf.
I am very touched that you do this for me.
It is much treasured.

『自分のために編んでくれた』
そのことがとっても嬉しかったらしい。
私もまた彼女の言葉に嬉しくなった。

もうすぐクリスマス
間に合ってよかった!





by PochiPochi-2-s | 2017-12-21 23:35 | 思い | Trackback | Comments(6)

生きている喜びを感じられるように生活したい


by PochiPochi-2-s