アエロフロート機の翼とシベリア平原
(古いアルバムから)
一、シベリアの空
果てしなき緑の大地、蛇行する大河、その広大な「自然」の中に、まるで破線の如
く、消えては現れる一筋の白い線。それこそが人間の貴き足跡なのだ。
窓下に初めて見るツンドラの大地。この大自然に比べれば人間などいかにちっぽけな存在であることか。
だが、この存在こそがこの地を「戦争と平和」「復活」「アンナカレーニナ」の故郷
(ふるさと)ならしめた文豪トルストイなのである。
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1982年7月20日、予定より一日遅れて私たち家族四人は成田を飛び立った。SU(ア
エロフロート)576便、正午(定刻)に離陸(テイクオフ)。あの日から早くも2年が過ぎた。しかし、一つ一つの出来事、その印象が強かったせいか、即座に記憶カードを引き出せるから不思議である。
成田空港で新しい航空券(チケット)と交換。割増料金(114,000円)の支払いは、帰国後交渉することで代理者(エージェント)と話をつけ、「チェック・イン」。「通関手続き」をすませると、「免税店」の並ぶロビーへ。お酒、たばこ、その他数々の「高級品」(ブランド)の「市価」と「免税価」の違いに驚く。何のことはない。私たちの暮らしは、半分以上、「税金」を飲み、喫い、身に着けていることか。こうしてみれば実感がわく。
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搭乗開始のアナウンス。ゲートに急ぎ、チケットのチェック。座席につき、ベルトを締める。機種は、I L 62 イリューシン。747ジャンボ、DC10、トライスター等、西側の飛行機に比べれば格段に見劣りする小型。
鋭い金属音をたてて離陸(テイク オフ)。間もなく水平飛行に入り、エンジン音はいく分か和らぐ。が、座席が後部のため振動はよく伝わってくる。
機内放送(アナウンス)は、ロシア語、英語。機内食は結構おいしく、特にワインと珍味キャビアはふんだんに味わえる。(妻も一口つけるが、全然口にあわないらしい。まるで「サバの卵」のように生臭いとか。何と勿体ない。一生に何度食べれるか思い知れ)
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スチュワーデスのサービスは、必要最小限。機内放送も同様である。「ベルトをお締めください」「座席をたおしてください」「毛布お持ちいたしました」等、一切の指示はなく、食事が終われば後は自由。たった45分の飛行(フライト)で、キャンディ、おしぼり、避難具の説明と盛りだくさんの「過剰サービス」とは雲泥の差である。
「シベリア上空、高度3万フィートで飛行中」と 機長からの案内。[発音記号・ロングsー 表示記号がないので敢えてこのように記す]がかかったロシア語訛(なまり)の英語だがはっきりと聞きとれた。
眼下に広がるツンドラの平原。緑と水。アンデスのUFO伝説を思わせる線の交錯。「カメラ操作禁止」の規則も忘れシャッターを切る。
《アエロフロート機の窓から》翼と眼下に見えるツンドラの平原線はシベリア平原を蛇行して流れる大河
二、シェレメチボ空港
成田を飛びたち約9時間。機はツンドラの平原を飛びつづける。まるで少しも動いていないかのごとく単調な風景の連続。一眠りしただろうか。急に右旋回のショックを受け機体が大きく左右に揺れ気分が悪い。ドーンという鈍い音。前方に体がおしつけられる。機首がどんどん下がっていく。「モスクワ到着」にほっと胸をなでおろす。約2時間の休憩(トランジット)である。着陸(ランディング)のショックで気分を悪くし早速トイレへ。ペーパーの何と硬いことか。まるでわら半紙の様(さま)。
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広々とした休憩(トランジット)ロビー。利用者は私たち数十名だけ。モスクワまでの乗客は「通関」ゲートへ。火の消えたように寂しい。成田や伊丹のはなやかさなどみじんとも感じられない。
おや!ロビーの片隅にすわった男女(ペア)にサインを頼んでいる男あり。よく見れば、池田満寿夫・佐藤陽子夫妻ではないか。さては、彼らも(と言っては失礼)SU割安航空券(アエロフロート・ディスカウント)組かと感心。
文庫本から目を離さぬ彼に寄り添うようにバイオリンを携えた彼女。テレビで見るのといく分違っていた。(続く)