祭日のため、郵便局はお昼・12時半まで。
東京に住んでいる下の弟の家にユーパックを送るため、朝から忙しかった。
歳のせいか 最近は何ごとにも時間がかかるようになってしまった。
『年をとる』とはこういうことなのだろうが… 自分に腹がたつ。
「宅急便で〜す」
出てみると、東京からの宅急便。
義妹Mさんからの“うれしいXmas宅急便”
ワクワクしながら、早速、 荷物を開けてみた。
こんなにたくさん!
Xmasツリー型のボトルに入ったワイン・ロイスのチョコレート・スタバのカード・
暖かそうな靴下・バブにテーブルふきん等々
いつもいつも気にかけてくれる弟のお嫁さん。
心温まる品がいっぱい。
私の心も、嬉しさでいっぱいになった。
「ありがとう」心の中で そっと つぶやいた。
明日の夜、主人とふたりで 贈ってくれたワインを楽しもうと思う。
🎄
夕方、iPadを開くと、サーシャからメールが届いていた。
サーシャ
「もうすぐ2014年が終わろうとしています。
あなたにとって良い年だったことを願っています。
あなたにとっても私にとっても、
来年はいいこと(健康 と 喜び)だけが やって来ますように。
ロシアの経済状態は最悪ですが、私たちは大丈夫です。
もっと悪い時代・状態を経験していますから。
海外旅行に影響が出るくらいかな。
絵を続けていますか? 私は、歌とギターを続けています。
来年 春、友達と小さな演奏会をする予定です。
こういうことが大好きなのです!
………… 」
素直に嬉しかった。
「ご主人の突然の死からやっと立ち直ったのかな」と思えるような文章だった。
それにしても、彼女は強い!
いや 彼女だけではなく、ロシアの一般庶民の人たちも強い心を持っているのだろう。
あの、冷戦時代のソ連共産主義体制を生き抜いてきたのだから。
思わず 『プラハの春』の中で描かれている当時のソ連を思い出した。
ソビエト連邦が解体したのは 1991年。今から23年前。
彼女の青春時代は共産主義国家の元でだったのか!
「学生時代は、英語学習を禁じられていた。しかし、高校の先生は いつか英語を
使える時が来るからと、密かに 英語やイギリス文化・歴史などを教えてくれた。
もちろん、カンタベリー物語もよ。だからここに来たかったの。
今は 希望すれば、どの国の言葉でも習える。こんな幸せなことはないわ」
カンタベリーで 初めて彼女に出会った時、このように話していた。
彼女と比べて、私は、いや私たち『戦争を知らない世代』は、
日本に生まれて なんと幸せな平和な時を過ごせたのだろうと思う。
来年で 戦争後70年。その間、戦争は一度もなかった。
今はもう亡くなってしまったが、戦争で苦労した父や母の世代のお陰だと思う。
🎄
11月末に早々と届いたアンジーのXmasプレゼントも開けてみた。
繊細な模様の小さな白い陶器の花瓶、花・鳥・植物の描かれたTEA TOWELL
とXmasカード。
9月初めご主人のフランツとイギリスに旅行に行った時に、私へのXmasプレゼント
として買ってくれたものなのだろう。
Chats worthの文字がある。
ここは、イングランド中北部ダービーシャーのダービーの北にあるデヴォンシャー
公爵家の地所。広大な庭園に英国屈指の規模の居館がある。
彼女もまた、いつも友達のことを思いやる 心の温かい人。
南ドイツ・ウルム近郊にある彼女の家に泊めてもらった時のことを思い出す。
「新築したばかりの家に、親切にも、初対面の私たちを泊めてくれたあなたの
ことは一生忘れない。日本の家を見ることができ、また 温かくもてなしてくれて、
どんなに嬉しかったことか!」
と言って、フランツとふたりで暖かくもてなしてくれ、ノイッシュバンシュタイン城
に連れていってくれた。お城からの帰り道、彼女の家の近くの村のレストランで食べ
たランチは、どんなに美味しかったことか!
あの悪名高いドイツ料理の評判を払拭するものだった。
女性用のビールがあることも、その時初めて知ったのだった。
『何時も 友人や他の人のことを思いやれる人は素晴らしい』
そんな人たちに囲まれて、私は幸せだと思う。
今日は “心温まる贈り物やメール”をもらい、嬉しい日だった。