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– フォーレ & 貴志康一の調べ –

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昨日は “雨の不安”を感じながら、
友人のKさんに誘われて、毎年 恒例になった音楽会・アルカディア定期演奏会へ。
彼女の知人が、この室内合唱団のメンバーで、且つ 彼女の主治医でもある。
久しぶりに 日常から離れ、ゆったりとした優雅なひと時を過ごすことができた。

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《いずみホール》

場所は、大阪城公園駅の近くにある 『いずみホール』
美しく、みごとに 紅葉した大阪城公園とその周辺。
大川に沿った桜の紅葉が見事だった。
この辺りは、いつ来ても、本当に美しい!
心が “ホッとする”。

今年のプログラムは、
「没後90年のフォーレ と生誕105年の貴志康一の調べ」

第一部が始まった。

貴志 康一 ・ 『日本歌曲集』より
• かごかき
• さくらさくら
• 八重桜
• 赤いかんざし
• 天の原
• かもめ

貴志康一の名前は今回初めて知った。
しかし、曲が始まってみると、「なあ〜んだ。知ってる曲ばかり」

なかでも、
「天の原」は、阿倍仲麻呂の短歌。

天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも

16歳で留学生として渡唐し、35年後、帰国することになったが、
途中で難破し、死ぬまで唐朝に仕えた阿倍仲麻呂。
その時の帰国途中の中国の明州の海辺での作。

このような短歌も歌曲になるんだ!
驚きと新鮮さで 思わず 聴き入ってしまった。

しかし、貴志康一さんとは? いったい、誰? Who?

《パンフレット》によれば、
明治42年(1909年)、大阪生まれ。小5の時、兵庫県芦屋に移り住み、11才の時から
ヴァイオリンを始める。甲南高校を中退し、昭和2年、スイス・ジュネーブ国立音楽
院に入学。翌年首席で卒業。その翌年、ベルリン音楽大学に籍を置き、再び、音楽
活動を始める。ヴァイオリンと共に、指揮、作曲を学ぶ。彼の作品のほとんどは、
このドイツ滞在中にされた。昭和10年帰国。指揮活動に専念。来日中のケンプの
伴奏やベートーベン第9の演奏に非凡な才能を示した。
しかし、昭和12年11月17日、盲腸炎をこじらせて急逝した。

思いもかけず、貴志康一の名を知り、彼の作った素晴らしい日本の歌曲を聴けて
嬉しかった。

第二部は、フォーレ、レクイエム Op.48"
Ⅰ入祭唱とキリエ
Ⅱ 奉献唱
Ⅲ サンクトウス
Ⅳ ピエ・イエズ
Ⅴ アニュス・デイ
Ⅵ リベラ・メ
Ⅶ 天国にて

朝、主人がよくかけているバロック音楽の宗教音楽によく似ていたが、
私は クリスチャンではないので、なじみのない曲だった。
ラテン語で歌われていたので、前もって配られていた歌詞対訳で、なんとか意味が
理解できた。
ヨーロッパの教会の中にいるように感じられ、
なぜか、ヴァチカン・システイナ礼拝堂の「最後の審判」の壁画を思い出していた。

たまには、日常から離れ、友人と楽しい時間を過ごすののもいいものだと思う。
心の洗濯。気分が一新され、心が癒される。

☕️

ランチは 音楽会前に梅田で待ち合わせ、
東梅田、イーマビルにあるクッチーナ・イタリアーナ・ニョッキでとった。

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《ニョッキ》

ランチメニューを選択。
前菜5種類の盛り合わせ、パスタ、フォカッチャ 2種類、コーヒー。
ゆっくりおしゃべりしながらのランチは楽しい!
おしゃべりに夢中で、つい写真を取り忘れてしまった。

いつもながら美味しいイタリアンだった。




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by PochiPochi-2-s | 2014-12-01 23:30 | Comments(0)

生きている喜びを感じられるように生活したい


by PochiPochi-2-s