野葡萄

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色づき始めた野葡萄の実
(昨年の絵)


近くの団地のフェンスの側に生えている野葡萄が実をつけはじめた。
今年も野葡萄の季節になったのだなぁと、季節の移り変わりを感じ、
つい描きたくなってしまう自分がいるのにハッと気がつく。

ずいぶん前 絵を習い始めた頃、誰が描いたのかは忘れてしまったが、
じっと見つめてしまうほど心惹かれる野葡萄の絵を見たことがあった。
実の色がなんとも言えず魅力的。
特にほんの少し緑色がかったターコイズブルーの実に心が魅了されてしまう。
その時以来いつか野葡萄を自分の思うように描きたいと思い、毎年描いてきた。
しかし、この実ほど描くのが難しい実はないと最近特に思うようになった。
見つめれば見つめるほど難しい。
かたち、実の模様、さまざまな色の実。
眺めている限りはとっても美しいけれど、
実際に絵にした時にはその色の組み合わせに悩んでしまう。


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野葡萄
( web siteから拝借しました)


もう一つこの野葡萄を描きたい理由がある。
昔、絵を習い始めた頃、絵のクラスに この野葡萄の実をすばらしく上手に描いた女性がいた。
私より年上で、誰に対しても優しく、静かに微笑みかけて話す女性だった。
私の頼みに、彼女がそぉっと見せてくれた野葡萄の実の絵。
まるでそおっと優しく触りたくなるような本物そっくりの実の絵だった。
どのように描いたら、このようなすてきな絵が描けるのだろうか?
その時以来、野葡萄を見ると彼女を思い出し、彼女の描いた野葡萄の絵のような絵を描きたいと思うのである。
彼女が何らかの事情で絵の教室やめてからもうずいぶん時間が経った。
もう一度会ってゆっくり話を聞きたいなぁと思う女性である。

色づき始めた野葡萄の実がカラフルな色になるのももうすぐだろう。
さて今年の野葡萄の絵はどのようなものになるだろうか?




# by PochiPochi-2-s | 2017-08-28 23:17 | 習いごと(絵・水泳) | Trackback | Comments(8)

夢の中の風景 - 雑賀崎 -

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高速(湾岸線)

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関空ゲートタワー(右の高いビル)

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フロントグラスを通して見た雲
もう秋?


空は青空。
雲はもうすっかり秋を思わせる雲だった。
この夏何かと忙しく、父と母のお墓にお参りができなかった。
さあ、でかけよう!
朝からいいお天気だったので和歌山へ向かった。

阪神高速、環状線、湾岸線と乗り継ぎ、最後は関空近くから和歌山バイパス(無料)を使った。
和歌山市までのバイパスができたおかげで一番渋滞する場所を避けることができ、時間がかなり短縮された。意外と早く目的地についたのは嬉しかった。
お寺のお墓に参った後、少し離れた山の谷あいに昔からある先祖代々の墓に行ったのだが、
そこで思いがけず従姉妹に出会った。
もう10年近くも彼女と会っていなかっただろうか。
墓地の入り口ですれ違い、「ようお参り」と挨拶を交わした時には相手が従姉妹だとは全く思いもしなかった。しかし、お互い何かピンときたものを感じたのか、後ろを振りかえったのが同時だった。
「あれぇ?」
「やっぱり…」
「ずいぶん久しぶりやなあ。元気なん?」
「今お寺のお墓にお参りしてきたところやねん。これからうちの先祖代々のお墓とあんたとこのお墓にお参りするつもりやねん。お盆の時に来れなかったから気になってて…」
ずいぶん長い間会ってなくても小さい時からいつも一緒に遊んでいた従姉妹。
気心も分かっているし、話はすぐに通じる。
「お母ちゃんお父ちゃん、あーちゃん(母のこと)やおいやん(父のこと)が会わせてくれたんやなあ。お互い元気でいような。またれんらくするわ」
しばらく立ち話をした後、従姉妹は私にこう言って自転車に乗り、帰っていった。


お墓参りの後、今日はもう一ヶ所立ち寄りたいところがあった。
小さい時からよく夢に出てくる海。
私が生まれ育った村の海ではない。
たぶん父に連れられてよく行った父の実家の近くの海。
雑賀崎の海。
その場所を確かめたくて何十年ぶりかで雑賀崎に向かった。
子供の頃にはなかった紀ノ川大橋を渡り、雑賀崎まで大浦街道を直進した。
父の運転する三輪自動車の横に乗せられ行っていた時にはずいぶん遠い場所のように思っていたが、今日自動車で走って見るとあっという間だったのは予想外で、その近さに驚いた。


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水軒川のすぐ右にある黄色の道路が大浦街道
( web siteから拝借しました)

《追記8/18》またこの地図にある和歌浦は万葉集によく歌われている。
しかし、
現在は長い間の時間の流れ、社会環境の変化等により
昔のあの万葉集に歌われた景勝地の面影はない。

[6-919]  山部赤人
若の浦に 潮満ち来れば 潟を無み 葦辺をさして 鶴鳴き渡る

参考のサイトは → ここ
時間があればどうぞご覧ください。


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遠くに和泉山脈を背景に加太、友ヶ島淡路島が見える


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雑賀崎の灯台
(この写真はweb siteから拝借しました)



海岸沿いの狭いくねくねと回るドライブウエイを走ったので砂浜にはおりなかったが、夢の中に出てくる海そのものだった。
懐かしく、美しい海だった。
この岬から和歌山市の中心地のある北方面を眺めた時に、私の育った村の海岸線が遥か遠くに見え、加太の海、友ヶ島も見えたのにはまた驚いたのだった。
「わあ、こんなふうに見えるのだ!」
感激もひとしおだった。

最後に、最近 雑賀崎の漁港のひとつにイタリアのアマルフィーの景色とよく似た場所があり、日本のアマルフィーと呼ばれている場所があると聞いていたので、そこにもよって見たくなった。

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「日本のアマルフィー」と呼ばれている漁港

海岸からではなく、ドライブウェイから撮ったのだが、どうだろうか?
アマルフィーの景色に似ているだろうか?
壁の色 屋根の色は全く異なるが、雰囲気としては似ているような気がしたのだった。


《追記 8/18 》
参考までにイタリアのアマルフィーの景色を。
(web siteから拝借しました)

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お墓参りにかこつけて行った雑賀崎だったが、楽しいドライブだった。
朝10時過ぎに家を出て、帰宅したのが夕方6時過ぎだった。
満足な、楽しい一日だった。
父の故郷の海はいつまでも心に残る美しい海だった。
夕方高速道路のパーキングで見たガラス窓越しの夕日も心に残る美しい夕日だった。


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デジカメの電池切れのため携帯で撮影した

遠くに霞んで見えるシルエットは淡路島
右端に明石大橋が見えるはずだが
携帯のデジカメではこれが限度だった。




# by PochiPochi-2-s | 2017-08-27 23:25 | お出かけ | Trackback | Comments(8)
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異常に暑く、あちこちに豪雨の爪痕を残しなが8月はもうあと5日ほどで終わろうとしている。
8月は広島の日、長崎の日、終戦記念日と続き、その上にお盆があり、普段以上に何かと考えることが多い月になる。

先月半ば、運転免許証更新に必要な講習会受講のために図書館に行った。
少し早く着いたので図書館のオープンスペースを見ると、古本市が開かれていた。
初めて見る催しで、どのような本があるのか気になったので、立ち寄ってみることにした。
そして偶然この本、「モルダウ川河の淡い影」に出会ったのだった。

表紙に大きく書かれた『モルダウ河』という赤い文字と写真。
1968年8月、突如侵攻してきたソ連軍を中心とするワルシャワ条約機構軍に踏みにじられた
プラハの光景であった。
表紙に巻かれた帯に書かれていた言葉、「ナチスドイツの陰に翻弄される一日本人音楽家と
チェコの歌姫」も写真と共に私の心を一瞬にして捉えてしまったのだった。

読み始めると一気に読んでしまった。
堀江一也の「プラハの春」の時は、プラハという街・その歴史をまだよく知らず、地図・主人にもらった世界史詳覧を片手に読んでいたが、今回はこの時の知識、実際に訪れたプラハの街の雰囲気、地図もよく分かっていた。それだけに、書かれていた内容に受けたショックは想像以上に大きかった。
この本の中では、戦争の残虐さ、無惨さ、人間の持ついやしさなどが描かれ、戦争とはどういうものか、人間の心をどれほど破壊しつくものかということを二人の主な登場人物を通して描かれている。

物語は1968年8月のプラハに始まり、その時主人公が見たある人物との関連から、物語はこの時から更に30年前の1938年(昭和13年)のプラハへと移行する。ヒットラー、ナチスの台頭、政権の掌握、ポーランド侵攻、チェコ侵攻。ナチス統治下でのプラハの人々の生活へと話は移っていく。
常に大国の狭間にあり、事あるごとに侵略され、抑圧され、弾圧され、強制的に従わされる小国の運命。再び、小説の中に書かれた人々の辛く悲しい思い、耐え難いと(私には思われる)日常生活、ナチスの残虐さなどを読むうちに、そこに住む人々の哀しい思い、辛い体験、時には喜び、楽しささえも、その全てを飲み込み悠々と流れるモルダウ河とその堪え難い歴史がいたるところに点在する街プラハを再び訪れたくなり、スメタナの「わが祖国・第2曲モルダウ」を聴きたくなったのだった。

最近は、日本を含め世界情勢が何だかおかしな方向へ動き始めているように思えてならない。
私たちはもう一度立ち止まり、「平和である」ということはどういうことなのか、その平和を維持し続けるためには何をしなければならないのかをじっくり考えなければならないと思う。
「意識高」と言う言葉がわかもののあいだで使われていると聞く。この言葉を使って相手を非難し仲間外れにするのではなく、もう少し自分たちの置かれている社会の情勢に「意識高」になり、行動をしなければならないのではないかと、この小説を読んで思った。
単なる小説、単なるミステリーだと言ってしまえばそれまでだが、これをきっかけに、戦争とはどういうものか、戦争になればどういうことが起きるのかを考えることができれば、単なる小説では終わらないと思う。

日本の歴史、特に現代史をきちんと知らなければならないとひしひしと感じ、歴史教育の大切さを思ったのだった。


More 天然クーラー
# by PochiPochi-2-s | 2017-08-26 22:05 | 思い | Trackback | Comments(0)

堪え難い暑さの中で

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ここ一週間ほど、気温が34〜35度の日が連日続いている。
雨が降れば異常なほどの雨量になりあちこちで災害を引き起こす。
晴れれば異常な暑さになる。
地球は一体どうなってしまったのだろうか?
堪え難い暑さが続く。

「ジェノベーゼソースの作り方を教えてもらってありがとう。
おいしくできたわ。何よりもミキサーで超簡単に作れるのがいいわね。
今まで高いのを買っていたのが馬鹿みたい。嬉しいわ。このソース、大好きなのよ」

連日の異常な暑さの中、朝一番のTさんとの会話に心が弾んだ。
先日ラジオ体操帰りの彼女との立ち話で ジェノベーゼソースの話になり、
簡単な作り方を教えてあげたのだった。家に帰りすぐに作ったらしい。
「おいしかった!」
パッと明るい笑顔とともに言ったその言葉に、彼女がどんなに嬉しかったのかがよく表れているように思った。

朝から身体がぐたっとするほど暑く、一昨日もらってきたセンニンソウが気になっていた。
濡れた新聞紙に包みビニール袋に入れ 冷蔵庫の野菜室の中で保存してはいるが、
この暑さの中 そう長くも保存できないだろう。
「早く仕上げなければ枯れてしまう」
延び延びになっていた和歌山への予定を再び変更し、扇風機にあたりながらセンニンソウのスケッチのに集中した。あまりの暑さに辟易し、たまたま手元にあったパイナップルの缶詰で何年ぶりかで作ったパイナップルジュースを作ってみた。
昔よく作っていた懐かしい味に気分もリフレッシュされ、ほぼ完成したのは嬉しいことだった。
さあこれでちょっと安心。
白い画用紙に白い花。どのように色をつけようかなぁ。
明日ゆっくり考えることにし、夕食の餃子作りの準備にとりかかったのだった。

堪え難い暑さの中では、このようにして絵を描くのもいいかもしれないと思った日だった。
絵を描くという趣味、時間を持つことができ幸せに思った。





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昨日はエイちゃんを見に娘の家へ行き、あやしたり、抱っこしたりの楽しい時間を過ごした。
2月半ば7ヶ月の早産で生まれ、どんなに心配をしたことか。
しかし今、体重も6kgを越し、身長も60cmを越したという。
ほぼ順調に成長しているようだ。
あやすと声をたてて笑う。
お兄ちゃんのリョウちゃんが保育園から帰ってくると、とっても嬉しそうにするらしい。
両脚をバタつかせ、きゃっきゃっと声を出して笑うようだ。
寝返りができるようになるのも もうすぐだろう。

何よりも嬉しいことである。

お土産に、作ってほしいと頼まれたヒジキの煮物、五目豆、緑豆春雨の中華サラダ、
リョウちゃんの大好きな白桃、恐竜Tシャツ(長袖)を持っていった。
リョウちゃんの喜ぶ顔が目に見えるようだ。



# by PochiPochi-2-s | 2017-08-25 23:40 | 日記 | Trackback | Comments(6)
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センニンソウ
(今回の課題)


昨日は絵の教室だった。

「あれッ、ここにまた喫茶店ができたん?」
絵の教室のあと長い間閉じられていた場所に再び新しい喫茶店ができているのに気がついた。
意外と細かいセンニンソウのスケッチに疲れ、ほっとひと息つきたかった。

「入ってみない? つい最近開店したんよ。
いつもは待っている人が多くてなかなか並ぶ勇気がなかったの。
今日は待つ人が少ないわ」
一緒にデパートの方へ喋りながら歩いていた仲間の一人が言った。
彼女はこの近くに住んでいる。
たまたま4人とも"今日は時間は大丈夫"だったので、 1時間ぐらいならと入ってみた。

"飲むとジェリー"というキャッチフレーズのビッグサイズのアイスコーヒーを飲みながら、
誰ともなく話し始めた。
みんな長年の絵の教室の仲間であるが、教室が終わったあと喫茶店により話をするなんて今までになかったことだった。お互いに何となく知っているようで知らない関係は、話してみると意外と意外でおもしろく興味深かった。

そのなかのひとりOさんは、お盆に子供達がそれぞれの家族を連れて帰ってきたが、嬉しさの反面、どんなに大変でストレスが溜まるかことかと延々と自分の思いの丈を話していた。
夫婦二人とも70歳を過ぎ、日々の生活も健康も何かと大変になってきているのに、子供達は一向に親の状態を気にかけず、自分たちの気持ち、考えだけでやって来て、お盆とお正月に2、3泊して帰る。滞在時のスケジュールはあくまでも自分たち(子供たち)中心で、こちらに気を遣おうもしない。自分は3度3度の食事の準備と片付けで疲れ果てる等々。

思わず結婚以来義母が亡くなるまで20年余続いた私のかつてのお正月を思い出してしまった。
毎年元旦に義姉3家族を迎えるために、年末から元旦にかけてどれだけ大変な思いをして準備し過ごしたことか。両膝関節リュウマチで身体の自由がきかなかった義母相手に、義母の代わりと時間をかけ、心を込めて一生懸命準備をした。長男の誕生日(12/31)のお祝いも満足にしてやることもできなかった。
しかし、それほど準備をして迎えた元旦の一日も、騒めきのうちに一瞬に過ぎ去り、疲労感だけが残ったのだった。

その経験があるだけにOさんの言いたかったことはよくわかる話だった。
その上、同郷。特に女性の考え方に著しく県民性が出て、よく理解できる。
物事の判断は、何事にも白黒はっきりしていて、スパッと割り切りたい。
納得しないことには我慢ができない。笑いながら誤魔化すことはできない。
バカがつくくらい何事にも正直。
それ故、他の人との、例え主人であっても、その考え方感じ方に違和感を覚えることが多いし、
ストレスを感じることが多い。スマートに生きることができない。
上手く当たり障りなくやっていこうとすれば、自分を抑えるしかない。
そのことが時にはストレスの原因になり体調を崩すことにも繋がる。

「ご主人はじめ子供家族ももう少し彼女に気を遣ってあげたなら、Oさんももっと違った気持ちで息子家族を迎えられただろうになぁ。
女性はいつまでたってもこういう会話から抜け出せないのだろうか?」

彼女の話を聞きながらそう思っていた。

「さあ、明日からはまたこのセンニンソウとの格闘だわ」
気持ちを切り替えてみんなと別れ、電車に乗った。

父母も逝き、義母も逝った。子供3人もそれぞれに独立し我が家を離れた。
残されたのは主人と二人。
時間、自由だけが限りなくある生活。
ゆとりのある、自由な気持ち、考え方で日々を過ごしたいなぁ。

そう思いながら車窓から遠くに見える山並みを眺めていた。




# by PochiPochi-2-s | 2017-08-24 13:26 | 思い | Trackback | Comments(10)
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キツネノカミソリ


この前の教室でスケッチを始めてから明日で2週間が過ぎようとしている。
お盆を挟んだこの時期、何かと気忙しく、集中して何かをするということはできなかった。
しかも異常なほどの暑さが続き、何かをしたいという気力も失せてしまったようだった。
昨日やっと絵を完成しなければと、
思い腰を上げ、途中で放りなげていたキツネノカミソリを取り出してきた。
一旦始めると、あっちもこっちも気になりだし、消しては描き描いては消す動作の繰り返し。
やっとまあこれでいけるかなと決めるまで2日もかかってしまったのだった。

2週間前、この花の色に惹かれ、久しぶりに描きたいと思った。
その気持ちに重きをおき、やっと完成した。
果たしてこの花の雰囲気が描けただろうか?


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この家に越してきて20年余。
今日初めてタカサゴユリが咲いた。


More 昨夜の夕食
# by PochiPochi-2-s | 2017-08-22 21:53 | 習いごと(絵・水泳) | Trackback | Comments(10)

生きている喜びを感じられるように生活したい


by PochiPochi-2-s