さて……、- 柘榴 -

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夜中じゅう降っていた雨も明け方には止み、絵の教室に行く頃には青空のいい天気になった。
「あんたは、ほんまに強運やなぁ」
そう言われ、出かけた教室で選んだのは柘榴だった。
生徒の中の一人がたくさんの柘榴を持ってきてくれていた。
重かっただろうに。
でも嬉しかった。
よく通る駅へと続く狭い道に面した家の垣根の向こうに大きな柘榴の木があり、
たくさんの実がなっている。
きれいな柘榴の実の色に惹かれ「絵に描きたいので、ひと枝ほしいなぁ。誰か家から出てこないかなぁ」と思いながらいつもその家の前を通り過ぎていた。
思いがかなったのか、嬉しいことに教室に入ると、柘榴の実が目に飛び込んできた。

教室で「さあ!」と スケッチを始めたが、柘榴の実は思っていた以上に形をとるのが難しく、消しては描き、描いては消すの繰り返しの連続だった。
”消す勇気“
「やっと描いたものを気に入らないからと、さっと消してしまう勇気が私にはない」
と背後で誰かがささやいていた。
人それぞれ。自分の思うように描けばいいのではないかと、”描いては消し、消しては描く“ことがその後も続いた。
そのうちに最初のやる気はいつの間にか消え失せ、もう一度帰ってから描きなおすことに。
「やはりひとりでCDを聴きながら黙々と描くのが好きだなぁ」と再確認したのだった。

夕食後、もういちど描き始めた。
さて、どのような絵になるのだろうか?




# by PochiPochi-2-s | 2017-10-25 23:55 | 習いごと(絵・水泳) | Trackback | Comments(2)
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(友人Hさんの「和紙ちぎり絵」2016年作)


今日も午後から時間を見つけ、
お気に入りのフジ子・ヘミングのピアノ曲を聴きながら、
昨日の続きのガマズミの絵を描き始めた。
描いているうちに、
最近この友人の作品を部屋に飾り「いよいよ秋深しだなぁ」と思ったのを、ふっと思い出した。
私の住んでいる町は周囲にまだまだ田や畑が多いので、河原や家の庭先に柿の木が植えられているのをよく見かける。そしてこの頃はその柿の木の枝に柿の実がたわわになっている。
昨年友人Hさんからプレゼントされたこの「柿の和紙ちぎり絵」は、そのような風景を思い出させてくれ、「季節はもう秋だなぁ」と季節をしみじみと感じさせてくれる。
そして そのちぎり絵を見ながら、もう一人の友人Yさんのこともふっと心に浮かんだ。
「そろそろ柿の時期だなぁ。Yさんどうしているかなぁ。体調はどうかなぁ。
元気にしているだろうか。明日にでもメールをしてみよう」
彼女の庭に植えられているそのみごとな柿の木も思い出したのだった。


フジ子・ヘミングの音楽をどうぞ。
(YouTubeから)

リスト「ラ・カンパネラ」



リスト「愛の夢」




# by PochiPochi-2-s | 2017-10-24 23:35 | 音楽 | Trackback | Comments(0)
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神津島ウメバチソウ


「あらっ、やっとウメバチソウの花芽が!」

台風一過。
青空で始まった朝、台風の風雨を避けるため避難させていた植木鉢を元の位置に戻した。
その時このウメバチソウの花芽に気がついたのだった。
選挙結果に沈んでいた気持ちがほんの少しだけ上向いた。
この小さな花芽がだんだんと膨らんでいって咲いた時の花の姿思っただけで心が弾んだ。


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花の姿
(ウェブサイトから拝借)


何年前になるのだろうか?
この可愛い花を手に入れたのは。
確か3年ぐらい前、友人の描く野の花の絵を見にいった時だった。
長居公園にある長居植物園「花と緑と自然の情報センター」の展示室のすぐ隣の部屋で山野草の即売会が開かれていた。なんとなく見ているうちにほしくなったのだった。

その時以来、花の姿を楽しみに育てている。
今年の夏の暑さに「大丈夫だろうか」とずいぶん心配もした。
しかし、こんなにたくさんの蕾をつけたのできっと大丈夫だろうと思っている。

草花を育てるのは好き。
珍しい花やどうしてもほしかった花をもらってきては挿し芽をして増やすのが好き。
最初イングリッシュガーデンを心に描き、そのような庭を作りたいと思っていた。
しかし、その時から20年余経った今、庭には山野草が増えてきた。
いつかはゆっくりと、そのひとつひとつの花を描いていきたいとは思っている。


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水泳教室から帰り、今日も昨日に続き、午後からしばらく絵を描いた。
予想外のバタフライの練習に疲れきってはいたが、CDプレーヤーから流れる
フジ子・ヘミングのピアノ曲が心地いい。
たくさんの赤い実に少々辟易しながらも、一方でなんとなく楽しんでいる自分に気がつき、
ハッとしたのだった。
ふと見上げたデッキの向こうの空には、青空を背景に夕陽に照らされ、ほんのりとピンク色に
染まり始めた雲が漂っていた。

明日はガマズミの絵が完成するかな?


※ 衆議院選挙の結果、自公民で議席の過半数以上、絶対安定多数を獲得。
新党、立憲民主党(党首・枝野氏)が野党第一党になる。
これから先この国はいったいどの方向へ向かっていくのだろうか?



# by PochiPochi-2-s | 2017-10-23 23:28 | 植物・昆虫・動物 | Trackback | Comments(2)

今日も水泳に

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「台風がそれそうやから いつものようにプールに泳ぎに行く?」
「えっ、こんな日まで行くん…」

“ルーティーン化人間”は どこまでも自分の行動をルーティーン化し実行するようだ。
たとえ台風がやってくるかもしれないというこの状況の時にでもだ。
あまり気が進まなかったが、午後3時前頃降りしきる雨の中を自動車でプールへ出かけた。
行ってみると、驚いたことに予想していた以上にプールにきている人が多かった。
さすがに今日は子供連れの女性は少なかったが、何時ものごとく同じような顔ぶれの人たちが黙々と泳いだり、水中歩行をしたりしていたのだった。

1時間ほど黙々と泳ぎ、帰る時には来た時以上に風雨が激しくなっていた。
しかし心は少し晴れた。
ほんの少しだが泳ぐのが楽になった気もしたが、日曜日午後からの水泳がルーティーン化されつつあり、少々慌てている気分屋の私がるのにも気がついた。

※ 衆議院選挙投票日だった。




# by PochiPochi-2-s | 2017-10-22 23:19 | 日記 | Trackback | Comments(2)

『生きる』 谷川俊太郎

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描きかけのガマズミ



今朝も雨で始まった。
早くカラッとした秋の空、”天高く馬肥ゆる秋“になってほしいと心の底から願いたくなる。

台風の影響か、午後から雨がさらに強く降るようになり、雨の中出かけるのも嫌だったので、
昨日に続きガマズミの絵を描くことにした。
ほんの少しだけ真ん中の実に赤い色をつけてみた。
写真は全体のほんの一部だけアップしたものだが、何時もながら実を描きすぎかなと。
まあ、もう少し描いてみなければ判断はできない。

雨の日に静かに絵と向かい合っていると、昨日も書いたのだが、じつにさまざまなことが心の中に浮かんでは消えていく。
「この状態を小説に書くとするならば、その小説はまるで、”意識の流れ“の作家ジェイムズ・ジョイスの書く小説のようになるのだろうなあ」などと、つまらぬことも考えるようになる。

たくさんの赤い実を描くのに疲れ、いつものように本棚に目がいった。
何かしら詩を読みたい感じだった。
谷川俊太郎『生きる』-わたしたちの思い ~第2章~
この本を開いてみたくなった。
最初の詩「生きる」が大好きである。
声に出して読んでみた。
読んでいるうちに、最近、来年の作品展のことで少しいらいらしていた心が鎮まった。
ひとり静かに詩を読む時間が好きである。


生きる (谷川俊太郎)

生きているということ
いま生きているということ
それはのどがかわくということ
木もれ陽がまぶしいということ
ふっと或るメロディを思い出すということ
くしゃみすること
あなたと手をつなぐこと

生きているということ
いま生きているということ
それはミニスカート
それはプラネタリウム
それはヨハン・シュトラウス
それはアルプス
すべての美しいものに出会うということ
そして
かくされた悪を注意深くこばむこと

生きているということ
いま生きているということ
泣けるということ
笑えるということ
怒れるということ
自由ということ

生きているということ
いま生きているということ
いま遠くで犬が吠えるということ
いま地球が廻っているということ
いまどこかで産声があがるということ
いまどこかで兵士が傷つくということ
いまぶらんこがゆれているということ
いまいまが過ぎてゆくこと

生きているということ
いま生きているということ
鳥ははばたくということ
海はとどろくということ
かたつむりははうということ
人は愛するということ
あなたの手のぬくみ
いのちということ



# by PochiPochi-2-s | 2017-10-21 23:40 | 思い | Trackback | Comments(16)
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今日も朝から雨が降っていた。
いったいどれだけ降れば気がすむのだろうか。
もともと雨降りはそれほど嫌いでもなかったが、少し腹立たしい気がしないでもない。
天気予報によると、
衆議院選挙日の日曜日は、台風接近のためにかなりの暴風雨が予想されるとのこと。
「昨日ほんの少しの晴れ間に、期日前投票をしておいてよかったなぁ」
そう思いながら、この前の教室で完成しなかったガマズミの下絵を一人で描き続けた。
主人が所用で出かけた静かな雨の降り続く午後であった。

ひとり、絵に集中しようとしたが、気にかかる事柄が次から次へと心に浮かんでは消えていった。考えれば考えるほど落ち込むとも多く、気分を変えようとふっとTVをつけたのだった。
突然、メリル・ストリープの声が耳に飛び込んできた。
あの彼女の英語の発音。心に残る声の響き。
はっとTV画面を見ると、映画「愛と哀しみの果て」の一場面が目に入った。
「ああそうだった。今日BSで再放送されるのだった。忘れていたわ」
しばらく見ていると、昔この映画を見たくてわざわざ映画館にゆき、すぐに画面に
入り込み、物も言わず夢中で最後まで見入っってしまったことを思い出した。





主人公カレンとデニスのラブストーリーも興味深かったが、私にとっては何よりもアフリカの大地の映像がとても美しく印象的であった。サバンナを自由に駆け回る動物や大地を赤々と染め沈んでゆく太陽、その燃えるような夕景、木々の黒いシルエット。ケニアの大地の雄大さに魅了されてしまったように感じたのだった。アフリカの空気感までも感じることができるような映画だった。

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「そうだった…」
この映画の原作者『カーレン・ブリクセンの世界』という特集記事を思い出し、
その記事が掲載された雑誌を本棚から取り出したのだった。
《私の部屋ビズ・BISES 1995 盛夏号 No.20》
1995年とは!
ずいぶん長い間、この雑誌を見ていなかったことになる。
「いつか行けるようになったら、この記事に出てくるようなイギリスのコッツウォルド地方や
オランダやデンマークに行きたいなぁ」と思いながら、この頃はこの雑誌を眺めていたのだろう。何度も何度も手にとったことがよくわかるほど表紙は擦り切れている。

原作者カーレン・ブリクセンはデンマークを代表する女性作家であり、20世紀のごく初頭に
アフリカに17年間暮らし、その特異な人生経験をもとに、のちに作家となった女性である。
特集記事には次にような小見出しがついている。『デンマークではアンデルセンと人気を分け、ヘミングウェーとノーベル文学賞を競う』『野生を尊んだエコロジカルな生き方は野鳥の森に生きている』
彼女はデンマークではアンデルセンと並んで国民に愛される作家であり、自然に恵まれたおよそ16ヘクタールの土地で‘62年に亡くなるまで暮らした。この土地は庭と林と草地からできており、広大な庭は鳥の楽園であり、古い木々の下はアネモネ、サクラソウ、スミレなどとびきり豊かな下生えで埋められているという。

特集記事をあらためて読んでみると、当時の私は、どれほどこのカーレン・ブリクセンという女性に憧れ、映画「愛と哀しみの果てに」に魅了されたのかがよくわかる。その自由さ、奔放さ、大胆さ、勇気等に憧れたのだろう。大学生、高校生、小学生の3人の子育てで時間的にも金銭的にもゆとりはなく、ただただ憧れ、いつかはきっとまだ見ぬ地に旅行したいと思い続けていたのだった。
その後、初めて一人で二度目のヨーロッパへ旅だったのは2002年6月。
この雑誌を見てから7年が経っていた。3人の子供たちは社会人(2人)と高校生になっていた。
訪れた場所は、イギリスでもなく、デンマークでも、ましてアフリカでもなかった。
長年の高齢のドイツ人の友人が住むドイツ・ハンブルグの街だったが。

小説や映画に魅了され、いつか行ってみたいと思い続け、実現できたときの喜び。
この映画もまたそういう類の魅力的な映画であった。
今日は、偶然、途中から見たのだったが、以前と同じように画面に入り込んでしまった。
アフリカの美しい大地がやはり印象的であり、アフリカの大陸を流れる風さえも感じられた。

気分は変わった。
さてもう一度ガマズミの下絵を描こうとテーブルについた。
しかし、もはやもう描く気力はなくなってしまっていた。
しかもすぐあとに主人も帰り、貴重なひとり時間は消えてしまったのだった。
だが、今日はこれでよかったと思った自分がいた。



# by PochiPochi-2-s | 2017-10-20 21:17 | 日記 | Trackback | Comments(4)

生きている喜びを感じられるように生活したい


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