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オオカメノキ(正式名 ムシカリ)



「ふぅ〜ッ、やっと完成かな」

2週間前の4/26(水)、ちょっと早い目に家を出た。
教室に入った時、いつも隣に座るOさんが私の耳元でささやいた。
「今日の目玉は、このオオカメノキやって。
先生が別のグループと朽木村に行って、少しだけ採ってきてくれたらしいわ。
描いてみる?」
見ると、花の付いた枝が3〜4本あった。
「白い花かぁ…」
以前描いたイワガラミを思い出し、描くのが大変そうなので気がすすまなかった。
しかし、珍しい花だし、まだみんな来ていなかったのでこの花を描いてみようと、
ひと枝を自分の前に置いた。

スケッチがなかなか大変だった。
しかし それ以上に大変だったのは、葉っぱの表現だった。
この花を選んだ時には思ってもいなかったことだった。
色を塗り始めてはじめてわかった。
葉脈をどのように描こうか…と。


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葉っぱを見れば見るほどその美しさに心を奪われ、見入ってしまう。
しかし、その表現は難しい。
色を塗り、鉛筆で葉脈を入れるが気に入らない。
次にちょっと濃いめの色で入れるがこれも変な感じ。
白で入れたが、今度は目をむいたようになる…
塗りすぎては色を落としまた塗る。
気に入らない。
このことの繰り返しでついに2週間がすぎてしまった。
今月の絵の教室を明日に控えた今日夕方、やっと完成した。
しかし、葉っぱは 半ば諦めた。


※ オオカメノキ : 正式名はムシカリ(虫狩) 虫がこの花を好むことからつけられた。



# by PochiPochi-2-s | 2017-05-09 21:36 | 習いごと | Trackback | Comments(6)
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テッセンとアリマウマノスズクサ



空は青空。
朝から心地よい風が流れ、テッセンが咲きはじめる。
何年か前、絵の教室の友人からもらったアリマウマノスズクサも今年はたくさん花をつけた。
ハナミズキの下ではデルフィニウムがきれいな青い花を咲かせていて、
白色と赤色のガウラが咲き始めるのももうすぐだろう。
さくらんぼの実も少し赤くなってきた。

そんな気持ちのいい午後、
長男一家の自動車に乗せてもらってエイちゃんに会いに行ってきた。
おじいちゃんの焼いた祝い鯛と私が炊いたお赤飯を持って。


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「わぁ、ちっちゃッ! めっちゃ、かわいいなぁ。
ねえねえお母さん、僕も弟がほしいわ。
お母さん 産んでよ。もう無理?」

今日初めてエイちゃんを見たアサヒちゃん(小3)の言葉。
側で中1になったハル君はニタッとしていた。

赤ちゃんにはみんなを笑顔にさせる魔法の力があるようだ。
おじいちゃん、私、カオリさん、そして 長男までみんなで代わりばんこにエイちゃんを抱っこした。みんなそれぞれ幸せを感じ、笑顔になっていた。

28週での出産で、どんなに心配したことか。
でも、みんなの願いが叶って、どこにも異常がなく、健康ですくすくと育っている。
こんな嬉しいことはない。
1時間ほどだったが、その間笑い声が絶えなかった。
みんなで食べたケーキのおいしかったこと!

ハル君、アサヒちゃん、そして、大好きなハル兄ちゃんとアサヒ兄ちゃんに遊んでもらって
大喜びだったリョウちゃん。
この子たちの未来が明るく、平和でありますように。
そう願ってやまない。

【5/8・追記】
今日午前中娘からメールがあった。
「昨日はありがとう。あれから エイちゃんは爆睡してたわ」
メールを読んで吹き出してしまった。
「あんな小ちゃな赤ちゃんでも気を遣ってたんかなぁ」と。
いろんな抱っこのされ方で抱っこされ、普段聞こえないいろんなトーンの声や音が聞こえ、なんとなく賑やかで笑い声がよく聞こえる普段と違った雰囲気を敏感に感じ取っていたのだろう。
サービス精神旺盛で、ずーっと目を開けていたなぁ。
この子は度胸があるかもしれないと思った。

🍀 ハル君は、もうすぐ初めての中間試験。
昨夜、おやつにとチーズケーキを焼いておいた。
「テスト、しっかりね」と、チーズケーキを渡すと嬉しそうにニコッと。
だんだんとお父さんに似てきたなぁ。
頑張れ!



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さくらんぼ



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テッセン



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デルフィニウム





# by PochiPochi-2-s | 2017-05-07 23:35 | 日記 | Trackback | Comments(6)

世界のフルーツ切手

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2、3日前 、主人がついにビデオデッキを壊してしまった。
修理をしようとして分解したのがいけなかった。
どこかの何かが外れたか折れたようなカチャッという音が聞こえた。
ついに修理不可能になってしまったのだった。

この時 側で 一応修理の様子を眺めていたが、
ふと横に目をやると、テレビの隣りにある本棚に立てられていたある雑誌が目に入った。
何気なく取り出して見る。
「暮らしの手帖・別冊・ご馳走の手帖 95年版」だった。
なんと1995年に出版された本である。
22年前というと、まだ大阪市内に住んでいた頃。
何を思って買ったのか、この95年版の他に94年版、96年版があり、全部で3冊もある。
改めてこれら3冊をざっと見てみると、その時は気づかなかったおもしろそうな記事がたくさんあるではないか。これからしばらくこの3冊の雑誌を読んで楽しめると嬉しかった。


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95年版に「世界のフルーツ切手」(新宿高野・天野秀二)という記事があり、
何故フルーツの切手を集めるようになったのか、どのようにして集めたのかという文章と、
集められた切手の写真が掲載されていた。

果物屋さんの天野さんは果物には限りなく興味がある人で 果物の歴史を簡単に書いている。

紀元前、メソポタミア文明が栄えた古代オリエントのあたりでは、
聖書に出てくるりんご、プラム、いちじく、ぶどう、ざくろ、シトロン(オレンジ)など果物の宝庫だった。民族の移動、隊商などの交易によって世界のあちこちに伝わっていく。
中世の大航海時代には、新大陸の果物も発見された。
やがて七つの海を渡り、世界をかけめぐり、今のようなおいしい果物が栽培されるようになる。

彼は初めは旅先で目に付いた切手を少しづつ求めていたのだが、だんだんと面白くなり
世界中の切手を集めてみようと思うようになったという。
集め始めてからかれこれ30年。今までに約155カ国、約5000枚の切手が集まった。
時には人に頼み、時には自分の旅行先で購入した。
「好きでこそできることだなぁ」と。

私も好きでよく記念切手を買うが、日本では果物の切手は殆どと言っていいくらい見かけないように思う。また何人かいる海外の友人からの手紙に貼られた切手も、今までに果物の切手は貼られてなかった。大抵は花好きの私のためにと、花の切手が多い。一度だけ音楽好きの若い人からベートーベンの切手が貼られた手紙をもらったことがあった。ドイツからの手紙だった。
これから記念切手を買うときに、果物の絵柄の切手はないか注意して見てみようと思わせてくれる記事である。

またこれだけの数の、色もデザインもすばらしい美しい果物の切手をながめていると
何故か疲れが吹っ飛び、気力が湧いてくるような気がする。
果物の色は元気の源かもしれないと思った。



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# by PochiPochi-2-s | 2017-05-06 23:31 | 読書 | Trackback | Comments(2)

♪ 柱のきずは〜 - 立夏 -

♪ 柱のきずは おととしの
5月5日の 背くらべ
粽たべたべ 兄さんが
計ってくれた 背のたけ
きのうくらべりゃ 何のこと
やっと羽織の 紐のたけ

お客様がないかぎり、静かな二人だけのこどもの日。
子どもたちの家族はそれぞれの家庭でこどもの日を楽しんでいるのだろう。
それもいいことだ。

二人で蓬の柏餅を食べている時にふとこの歌が頭をよぎった。
朝、たまたま主人に言っていた。
「昔は父が山で柏の葉をとってきて、母が畑で蓬の葉をつんできて、
祖母が柏餅や蓬餅をこしらえてくれたものだった」と。

毎年こどもの日に、この歌のように柱に背の高さを刻んだものだった。
一番年上の従兄弟のかっちゃんを先頭に2つ年上のケイちゃん、私、すぐ下の弟と
4人が柱の前に立ち、背の高さのところに印をつけた。
そのあとみんなでこの歌を歌いながら、おばあちゃんのこしらえた柏餅をほおばった。
遠い遠い昔の子供の頃の楽しかった記憶。

今日は暦の上では『立夏』。
「日本の七十二候を楽しむ」(東方出版)によれば、
立夏とは、しだいに夏めいてくるころのこと。
あおあおとした緑、さわやかな風、気持ちいい五月晴れの季節。

今日は半袖シャツになりたいなぁと思うほど少し暑く感じたが、
ウッドデッキの上には心地よい風が流れ、欅の若葉の下は気持ち良い木陰となり、
庭には次から次に花が咲いている。

夜は久しぶりに、鯛の昆布じめで握った握り寿司と若竹煮。
昆布じめのおいしさを味わった。
あっ、そうそうパンも焼いたのだった。
イチジクとオレンジピールの入った食パンを。
明日からの朝食が楽しみだ。

平和なこどもの日だった。


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《庭の花》
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ウチョウラン



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ボリッジ



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原種アネモネの綿毛
アネモネ・フルゲンス



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名前、忘れた!



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オキナグサの花後



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満開のモッコウバラ



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ジュウニヒトエ




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フタリシズカ



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バイカニオイウツギ



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ブラックベリーの花
今年初めて咲いた!




# by PochiPochi-2-s | 2017-05-05 23:08 | 日記 | Trackback | Comments(8)
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アマドコロ or ナルコユリ?



吉野 弘の詩に「 I was born 」という詩がある。
中学校で英語を習い始めしばらく経った時、
"生まれた"が " I was born"というのだと教えられた。
「be 動詞 + 過去分詞 」の受動態である。
何故受動態で言われるのか理由はわからないまま、
「私は生まれた」は「 I was born.」なんやと覚えたのだった。
でも、その後もずーっと疑問に思っていた。
「何故受動態なのだ?」と。
そんな時、吉野弘の詩「I was born 」に出会ったのだった。
この詩人の書く詩に魅了され、夢中になるのに時間はかからなかった。
一昨日も書いたようにエイちゃんが無事退院できこの上ない幸せを感じたのだが、
やはり思った。何故 I was born なのかと。

ここに彼の詩を転記しておきたいと思う。

I was born

確か 英語を習い始めて間もない頃だ。

或る夏の宵。父と一緒に寺の境内を歩いてゆくと 宵
い夕靄の奥から浮き出るように 白い女がこちらへやっ
てくる。物憂げに ゆっくりと。

女は身重らしかった。父に気兼ねをしながらも僕は女
の腹から眼を離さなかった。頭を下にした胎児の 柔軟
なうごめきを 腹のあたりに連想し それがやがて 世
に生まれ出ることの不思議に打たれていた。

女はゆき過ぎた。

少年の思いは飛躍しやすい。その時 僕は〈生まれ
る〉ということが まさしく〈受身〉である訳を ふと
諒解した。僕は興奮して父に話しかけた。
ー やっぱり I was born なんだね ー
父は怪訝そうに僕の顔をのぞきこんだ。僕は繰り返し
た。
ー I was born さ。受身形だよ。正しく言うと人間は
生まれさせられるんだ。自分の意思ではないんだね ー
その時どんな驚きで 父は息子の言葉を聞いたか。
僕の表情が単に無邪気として父の眼にうつり得たか。そ
れを察するには 僕はまだ余りに幼なかった。僕にとっ
てこの事は文法上の単純な発見に過ぎなかったのだから。

父は無言で暫く歩いた後 思いがけない話をした。
ー 蜉蝣という虫はね。生まれてから二、三日で死ぬん
だそうだが それなら一体 何の為に世の中へ出てくる
のかと そんな事がひどく気になった頃があってね ー
僕は父を見た。父は続けた。
ー 友人にその話をしたら 或日 これが蜉蝣の雌だだと
いって拡大鏡で見せてくれた。説明によると 口は全く
退化し食物を摂るに適しない。胃の腑を開いても 入
っているのは空気ばかり。見ると その通りなんだ。と
ころが 卵だけは腹の中にぎっしり充満していて ほっ
そりした胸の方にまで及んでいる。それはまるで 目ま
ぐるしく繰り返される生き死にの悲しみが咽喉もとま
でこみあげているように見えるのだ。淋しい 光りの
粒々だったね。私が友人の方を振り向いて〈卵〉という
と 彼も肯いて答えた。〈せつなげだね〉。そんなことが
あってから間もなくのことだったんだよ、お母さんがお
前を生み落としてすぐに死なれたのは ー。

父の話のそれからあとは もう覚えていない。ただひ
とつの痛みのように切なく 僕の脳裡に灼きついたもの
があった。
ー ほっそりした母の 胸の方まで 息苦しくふさいで
いた白い僕の肉体 ー。








# by PochiPochi-2-s | 2017-05-04 23:48 | 読書 | Trackback | Comments(2)

生きている喜びを感じられるように生活したい


by PochiPochi-2-s