「頑張ってセンニンソウの絵を仕上げなくては…」

午後、いつものようにセンニンソウの絵を取り出し、描き始めた。
この細かい、白い花を、"センニンソウらしく"描けるだろうか?
ずーっと、そのように思いながら書き足しては消し、消しては書き足している。
エイッと諦め、放ってしまえば簡単なのだが、そうすることが悔しくてできない。
失敗でもいいから、納得するまで描き続けたい。
「しつこいなぁ〜」
我ながらあきれ果ててしまった。


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※ (9/12 朝、この写真と取り替える)



気分転換に花屋さんに行きたくなった。
「あら、可愛い」

半耐寒性多年草
耐寒性 -7℃位
春〜晩秋 、草丈30cm

ちょうど植木鉢が空いていたから、デッキに飾るのにいいだろうと購入した。
まだしばらくは十分楽しめるだろう。
明日植え替えてあげよう。
花びらが何とも言えず可愛いし、小さい花の色も好き。

夕方もう一度センニンソウの絵に取りかかった。
きっとこの新しい花がエネルギーをくれたのだろう。
明日一日で完成するかなぁ。

🍀

久しぶりに吉野弘の詩を読みたくなった。

四つ葉のクローバー

クローバーの野に坐ると
幸福のシンボルと呼ばれているものを私も探しにかかる
座興以上ではないにしても
目にとまれば、好ましいシンボルを見捨てることはない

四つ葉は奇形と知ってはいても
ありふれて手に入りやすいものより
多くの人にゆきわたらぬ稀なものを幸福に見立てる
その比喩を、誰も嗤うことはできない

若い頃、心に刻んだ三木清の言葉
《幸福の要求ほど良心的なものがあるであろうか》
を私はなつかしく思い出す

なつかしく思い出す一方で
ありふれた三つ葉であることに耐えきれぬ我々自身が
何程か奇形ではあるまいかとひそかに思うのは何故か




# by PochiPochi-2-s | 2017-09-11 23:46 | 読書 | Trackback | Comments(2)

海の色

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芦屋沖から見る大阪湾の海
遠くにかすかに友ヶ島、淡路島が見える


「あらっ、今日はプールの水がきれいだわ。9月に入り水を入れ替えたのかな」
プールに入ろうとした時に、水のきれいさにふっとそう思った。
クロール、背泳と泳いでいる間に、先日読み、このブログに書いた東山魁夷『日本の美を求めて』の中の「自然と色彩」の章を再び思い出していた。

この前は日本の風景の色彩についての部分を引用したのだったが、
今日思い出したのは、それに続くの日本の海の色彩について書いている部分だった。
「私はここで日本の海の色彩についても語らなければならない」
この文で始まっている。

東山魁夷は少年期を神戸で送っており、須磨の海岸で泳いだり淡路島で夏を過ごしたという。
その時の海の様子を次のように描いている。

夜明けの空が水平線の近くで茜色に染まり、万物の生命の象徴としての太陽が、若々しく生まれ出る荘厳な一瞬。磯近くは澄んだ緑色に、遠く沖のほうは青く塗り別けられた海面を、しろい縞模様を幾段にも描いて波頭が打ち寄せてくる真昼。空も海も透明な薄紫に沈んで、宵の明星が刻々と輝きを増す砂浜の静寂。暗黒の沖に点々と漁火が並び、渚に砕ける波が燐光を放つ夜 ー それらは今でも生き生きとした情熱となって私の中に残っている。

私は、海のそばで生まれ、育った。
小さい頃の遊び場は、いつも砂浜の波打ち際だった。
海に沈む夕日が好きで、夕方になるとよく見に行ったものだった。
東山魁夷の描く海の風景は、そっくりそのまま私の中の海の風景と重なるように思う。

彼は美術学校を卒業して間も無くの頃、ヨーロッパに旅し、2年間の留学生活を送っている。
船で約2ヶ月をかけて行き、再び2ヶ月をかけて帰国したという。
東支那海、南支那海、インド洋、紅海を経て地中海へ。 更にマルセイユで船を乗り換え地中海からビスケー湾、英仏海峡、北海を経てエルベ川を遡ってハンブルグへ。
帰りはナポリから乗船し、再び同じコースを辿って帰国した。

「海の色は天候や時間に大きく左右されるのは言う迄も無いが、それでも、その国なり地方固有の色調があると思わないではいられない」
この章の中でそのように言っている彼が日本の海の色について特に感じたのは、
留学を終えて帰国した時であったという。
殊に、船が瀬戸内海へ入ってきた時、「これが日本の海の色だ」と思ったと書かれていた。
日本画の色彩に、古来、最もよく使われている群青緑青という絵の具の色、
群青に緑青を混ぜることによって得られる微妙な色感の色だと思ったという。

小さい時から慣れ親しんでいる海や、今まで行ったいろんな海を思い出した。
太平洋側の海、日本海側の海、北海道や九州の海、またドーバーをフェリーで渡った時の海の色やバルト海の海の色、ハワイの海の色、サンフランシスコの海の色、カーディフやトーキーで見た海の色、スペインで見た地中海の海の色、ナポリ周辺の海の色など。

言われてみればそうだなぁ。
瀬戸内海の海の色が日本の海の色かもしれないと、私もまた思ったのだった。
(東山魁夷も私も関西育ちだからかもしれないが)

静かな、穏やかな海の色。
何かあると必ず見に行きたいと思う海の色。
じっと眺めていると心が安らぎ、いつの間にか気持ちが平静になっている海の色。
いつも心に浮かぶ海の色。
この色が群青と緑青を混ぜた色なのか。

さあもうひと泳ぎ。
「水泳が楽しくなってきた」とこの私が思うなんて信じられるだろうか?
3年前全く泳ぐことができず、水泳教室で苦労していたことが信じられない。
なんでもやってみるものだなぁと、嬉しくなったのだった。




# by PochiPochi-2-s | 2017-09-10 23:07 | 読書 | Trackback | Comments(2)

さて、どう描こうか…

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さて、どう描こうか…



「今朝は自動車のフロントガラスやバンパーのところににうっすらと露がついていたわ。
やっぱり白露を過ぎると露が降りるんや。自然はすごいなぁ。この間まで暑い暑いと繰り返してたのになぁ」

早朝の自転車トレーニングから帰ってきた主人が開口一番に言った。
今年の白露は9月7日。2日前だった。

しかし、時間が経つにつれて気温はどんどんあがっていった。
ここしばらく続いた涼しさに体が慣れてしまっていたのか、
今日はかなり熱く感じ、再びタンクトップ、短パンを取り出したのだった。

「さあ今日はセンニンソウを…」
そう思い絵を広げ描き出したのだが、はたっと手が止まった。
花を描きすぎ。
同じような形の花が多すぎ。
考え込んでしまった…

さて、これからどのように描こうかな。
明日からまた考え込むことだろうなぁ。

ふっとメロディーが心に浮かんだ。
♪ケ・セラ・セラ、なるようになるさ…

まあ、なるようにしかならないか!
なんとか完成すれば良しとしよう。



# by PochiPochi-2-s | 2017-09-09 23:37 | 習いごと(絵・水泳) | Trackback | Comments(6)
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昨日のウッドデッキの雨


昨日は久しぶりの雨。ほぼ一日中降っていた。
時には激しく、時には弱く。
しかし、今日は朝から気持ちよく晴れた。
8時過ぎ、気温は21度。
心もち涼しいなぁと感じるくらいだった。

「やっと涼しくなってきたから、気分を変えて西宮までドライブしようか?
ポプラの日替わりランチが《サーモンのポアレ トマトのオーブン焼きパルサミコソース》や」

確か去年も一昨年もこの夏が終わり秋が始まるこの頃に行ったなぁと思いながらも、気を遣って言ってくれてるのだろうと素直にランチに行くことに同意した。
他にも理由があったからだった。
レストラン・ポプラの入っている同窓会館のロビーに飾られている東山魁夷の『山嶺湧雲』(リトグラフ)を久しぶりにじっくりと鑑賞したかったからだった。


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「山嶺湧雲」 (リトグラフ) / 東山 魁夷
(ウェブサイトから拝借)


この画は1998年同窓会館の完成を記念して夫人の東山すみさんより寄贈された。
この会館に来ると、必ずこの絵の前に立ち、しばらくの間じっとみつめてしまう。
山の嶺々の間から湧き出る雲、その様子、雰囲気、色使い。
それら全てにひきこまれてしまう。
まるで自分がこの絵の中に溶け込み、そこにいるかのような気分になる。
そのたなびく雲や、流れる空気、時にはその空気に含まれる湿り気さえも肌に感じる。
魅了されてしまうのである。
何故なのだろうか?
いつも心の中で思ってしまう。

2、3日前から東山魁夷『日本の美を求めて』を読んでいる。
「自然と色彩」という章の中で、彼は日本の風景の色彩について次のように言っている。
(「峠の道を、いま私は登っていく」という文章の後に様々な峠の心象風景を文章にして描いている。)

これはどこの峠というわけではなく、風景の色彩について語ろうと思った時、私の心に浮かんできた情景であり、どこにでもある峠の風景である。日本列島は程良い緯度に位置し、南北に長い地形を、背骨のように山脈が縦走している。湿潤な気候を持ち、樹木の種類も多く、よく繁茂している。このような条件から、日本の風景は極めて多彩な面と、同時に統一されて見える両面を持つと考えられる。
亜熱帯的な景観から亜寒帯的性格を持つ風土に及んでいて、四季の推移が鮮やかである。また、高い山が多く、山頂には雪、中腹は紅葉、麓はまだ緑という情景によく出合うことがある。
しかし、湿潤な気候は霧や霞を伴い易く、大陸性の乾燥した空気の中で見る鮮明さとは違い、抑制された柔らかみのある独特な色感が生まれるのである。
多彩と淡白、華麗と幽玄という対蹠的な性格を併有し、きめこまやかで味わい深いという点で、世界にも比類の無い風景といえる。美術史を見ても、大和絵の優雅と、水墨画の枯淡があり、等伯、宗達、光琳のように、一人の画家で色彩画と墨絵との両面に、優れた作品を残した例も少なくない。これらの画家が最も日本的な巨匠と言われるのは、あるいは日本の風景の色彩の特質を、高度に生かし得た点にあるとも考えられる。

この文を読んで 、なぜ『山嶺湧雲』の絵に魅了されるのか、その理由がほんの少しだけわかったように思った。
彼の、日本の風景への憧れとほめたたえる気持ち、日本の美を探求する心からくる日本の風景への深い洞察が絵に反映されているのだろう。

ランチのあと、この絵の前に立ち、気のすむまでじっと鑑賞することができたのは、幸せなことだった。

またこの絵を見たくなったらいつでもここに来れると思うと、
嬉しくて心が弾むのであった。



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サーモンのポアレ




# by PochiPochi-2-s | 2017-09-08 23:38 | 思い | Trackback | Comments(4)
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Mosel Valleyの館


「あれ、もう9月。アンジーどうしているのかなぁ?
Spice(犬の名前)を連れてどこかに旅行にでも行ってるかもしれない」

昨日、庭仕事をしながらふっと彼女のことを考えていた。
夜、ずいぶん久しぶりにアンジーにメールを送った。

I thought of you today and you wrote. Must be 6th sense.:)

※ 6th sense : 第六感、直感、インスピレーション

翌日の朝届いた返信メールは、こんな文章で始まっていた。

まあ、こんな言葉をすらっと使えるなんて、彼女らしい。
"Must be 6th sense"
私は、日本語でなら使えるが、英語でなら、たぶん使えない。
いつもながら「なるほどなぁ」と思いながら彼女のメールを読んだのだった。

相変わらずの招待したり招待されたりの週末、馬の世話、Spiceとの生活、庭の隅にある畑の
手入れなど、子供に恵まれなかった夫婦二人のいつもの日常生活が書かれていた。
中でも、Mosel Valley で開催されたワインフェスティバルに招待され、友人たちとコンサートを楽しんだことがとても嬉しかったらしい。彼女はおしゃべりが大好きな、明るい性格の女性。シンガポールから夫フランツの国ドイツに移住して7年。かなりドイツ語が話せるようになっているはず。よほど楽しかったのだろう。言葉が弾んでいた。そのあとフランスとドイツ国境にあるコルマールにも立ち寄ったとのこと。そこでもまた友人たちとワイワイ言いながら楽しい時間を過ごした様子が眼に浮かぶ。
また、この週末は彼女の家から自動車で5時間ほどの場所(ボンに近い)でダルメシアンの飼い主の集まりがあり、それに参加するという。(※ Spiceはダルメシアン)
楽しい日常生活を満喫しているようだ。
「ああ元気で過ごしているのだ」と思うと、なんとなくほっとして嬉しくなった。

最後に嬉しい言葉を付け加えてくれた。
「あなたの絵を絹のスカーフにしたらどうかしら?
elegant で delicate。いいと思うよ。身につけた時のことを考えるとわくわくするわ」
シルクスクリーンを習っていた彼女の言葉。
お世辞とはいえ、嬉しかった。

「リさんに会いにTrier に行く時にはぜひ私にも会いに来て。
ずいぶん長い間会っていないから。
私も話したいことがそれこそたくさんあるのよ!
楽しみに待っているわ」

彼女と会ったのはもう7年も前になる。
ぼんやりとした淡い計画が心の中に浮かんだのだった。

今日は雨の予報。
センニンソウの絵にもう一度取りかかろう。


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コルマールの街角


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Spice


More 久しぶりに焼いてみた
# by PochiPochi-2-s | 2017-09-07 08:17 | 日記 | Trackback | Comments(6)
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「あらっ、網ほおずき!」
昨日庭掃除をしていた時、ウッドデッキの側で見つけた。
もう10年以上も前になるだろうか。
先生が、この網ほおずきを教室に持ってきてくれたことがあった。
これを如何に絵に描くかということを滔々と話されていた。
「この網目を絵に描くということを考えただけでも、思わず後ずさりをしてしまう」
当時の私は、そう思った。
「先生は背景を黒に塗るからデッサンさえきちんとすれば描けるだろうが、
白を背景にして描いている私にはこの網ほおずきはとても描けない」
とも思ったのだった。


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片山先生の「網ホウズキ」
(季刊「銀花」2007・春 第149号より)


しかし、昨日は違った。
なぜかは分からないが 、「描いてみたい!」と思ったのだった。

描けるだろうか?
そういう疑問符のつく気持ちはなく、ただ、描いてみたい。
そう思い、そおっと 部屋の中に持って入った。

「今年こそはきっと」
今朝、その網ほおずきを目にした時、
そう思っている自分がいるのに 改めて気がついた。
なんとなく嬉しい気持ちで始まった日だった。


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シュウカイドウの花が咲き始めた
いよいよ秋の到来か。
Summer is over. Autumn has come!



※ 夜、ずいぶん久しぶりに アンジーにメールを送った。
さて、明日どのような返事が戻ってくるだろうか?
楽しみだ。




# by PochiPochi-2-s | 2017-09-05 23:36 | 習いごと(絵・水泳) | Trackback | Comments(12)

生きている喜びを感じられるように生活したい


by PochiPochi-2-s