一、地図は人を呼ぶ

"ツーリスト=インフォーメイション" (旅行案内所)は、旅行者に数々の情報を提供し、便宣をはかってくれる機関である。
日本で言うなら、都道府県観光案内課の出先といった具合である。
観光案内と宿泊予約を主とした業務を、無料または少額手数料で代行してくれるのである。
欧州各国では、旅行者はいわば「外貨稼ぎ」のドル箱の故、特に「玄関」での対応に力をいれている。
ウィーン西駅も「国際列車」の発着する駅。旅行案内所は当然駅構内または駅前にあると決め込んでいただけに、「オペラ座」駅までとは「何と不親切なことか」と不平を言いたくなる気持ちだった。
だが、ウィーンの大学生の親切な振舞いにそんな気持ちも霧散し、地図を頼りに「イザ出発」。



"一都市三日" それが今回の旅行で得た教訓といえる。つまり三日経てばその街の交通の概略がわかり、ある程度自由に出かけられるようになる。ウィーンの場合は、ホテルを決める前に、市内を巡らねばならない羽目となった。いわばいきなり荒海に投げ込まれたようなものだった。
荷物を駅に預け、「オペラ座」へ。と言っても東も西もわからない。おまけにドイツ語しか通じないとくれば、もう頼れるのは地図だけだ。
地図を広げ、トラム(市電)の駅をうろうろ。さて何に乗るべきかと思案をすること十数分。





かなりお年を召された白髪のご婦人、当惑する私たちの様子を察してか近づいて来られた。話す言葉はドイツ語。なさけない!「第二外国語」でドイツ語をとりながらさっぱりわからない。仕方なく地図上の「オペラ座」を指差すと、一緒に連れていってやるというジェスチャー。「オペラ座」駅で一緒に降りて案内所のある地階入口まで連れて行ってくださった。
「ダンケ・フィーレン」(本当にありがとう)と頭をさげるとマックちゃん、モッちゃんの頭を撫ぜ、微笑んで駅の方へ立ち去られた。
入口のエスカレーターを下りようとふと振り返ると、驚いたことに彼女は西駅行きのプラットフォームに立っているではないか。わざわざ私たちのために時間と費用をさいてくださったことに充分お礼を言えぬもどかしさに、妻とお互いに学生時代の「第二外国語」の不勉強をののしり合ったのだった。


二、トイレとトラム(市電)


西駅に着いて両替(エクスチェンジ)を済ませ、レストランに入った。モッちゃんの「オシッコ!」に慌ててカウンター裏のトイレへ。
あいにくすべて閉まっている。「使用禁止?」と思いつつ駅トイレへ直行。
男性用トイレの奥に女性用がある。その仕切りのところに机が置かれ、おばさんがドカッと腰かけている。彼女の前を通り「個室」へ。
開かない!彼女がすっ飛んできて強い語調で二言三言。どうやらコインを入れなきゃドアが開かないらしい。
しまった!コイン入れを置いてきた! もっとも両替したばかりなのでお札だけだ。
こうなれば、分かろうが、分かるまいがイライラする娘を前にして英語で訴えるしかない。
百円玉を出して、とにかく今はこれでと…
彼女はしぶしぶ鍵を出し扉をあけてくれた。モッちゃんが出てくるなり素早くのぞき込み「小」であったことを確認して、早く立ち去れの仕草。それ以後は皆「トイレ神経症」になってしまった。
…………………………………………………


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厳格なトイレに比べ、トラム(市電)の検察の寛容なこと。私たち日本人にはどうも合点がいかない。車掌が検札する、切符を売る、切る。そんな風景に出会ったためしはない。
だいいち車掌の乗務は無い。乗客は予め買った切符を電車備えつけのスタンバーで勝手に切る。無賃乗車はないのかと首をかしげた。(続く)



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# by PochiPochi-2-s | 2016-08-25 17:26 | 「四人ぽっち」欧羅巴 ズッコケ家族の旅 | Trackback | Comments(0)
今日は『処暑』。

「処暑とは、
暑さが少しやわらぐ頃。
朝の風や夜の虫の声に、秋の気配が漂い出す」

調べてみると、そのように書かれていた。

「なるほどなぁ〜。そのとおりやわ」
日中はまだまだ暑く猛暑日が続いているが、
朝夕に吹く風には、わずかに"涼しさ"や"ひんやり感"を感じるし、
陽が落ちてから鳴く虫の声も、いつの間にか秋の虫の声に変わっている。
今朝の水遣りの時も、空気感がいつもと違っていた。
裏山から流れてくる風が なんだか冷んやりしていて心地よく、
いつも以上に楽しい時間だった。


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《ツルフジバカマ》



「さあ、今日こそはツルフジバカマを完成させなければ…」

この2週間遅々として進まず、少々焦っていた。
連日 最高気温37℃前後の猛暑日が続き、少々嫌にもなっていた。
「描くのに大変な花を選んでしまったわ…」
後悔先に立たず。

「花の房をもっとたくさん描かんと。これでは少なすぎるわ」
この前の教室で先生が言わはった。
2時間で、描けたのは たった3房だけだった。
「ええっ、もっと たくさん? まだ描くの?」
「そうやで」
「家に帰ってボチボチ描くことにします。時間だけはたっぷりあるから」
「そうやなぁ。ゆっくりボチボチ描いたらいいと思うわ」

しかし、描くには暑すぎる日が続いた。
時々 頭が痛くなるくらいの暑さだった。
毎日ほんのちょっとづつしか描けず、いい加減うんざりしていた。

一念発起。
あまりの暑さに、ここ2日ほどクーラーを入れ、
その中で描いてやっと今日完成した。

ツルフジバカマ。
描けただろうか?



# by PochiPochi-2-s | 2016-08-23 20:55 | 習いごと(絵・水泳) | Trackback | Comments(12)
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3万1千人に避難指示や勧告 台風11号、北海道に接近
朝日デジタル 8月21日(日)20時2分配信
大雨で増水し、濁流となった無加川 = 21日午後6時、北海道北見市留辺蘂(るべしべ)町、石間敦撮影

この記事を見つけたのは、昨夜寝る前。

「ええッ! あの留辺蘂が…」
久しぶりに見る、懐かしい "留辺蘂"という漢字と名前。
次男が小6の時、鉄道好きの次男と主人、私の三人で北海道鉄道旅行をした。
「北海道の特急5日間乗り放題」という切符を手に入れた次男の最初の鉄道旅行計画
は、あくまでも起点は札幌で、行きたい目的地まで特急を使って行き帰りは札幌まで
夜行で戻るというものであった。
彼はそれでもへちゃらであったが、主人と私は体力が持たないだろうと考えて、途中
のどこかで宿泊を入れるように次男に頼んだのであった。

「じゃぁ、北見で泊まることにするわ。キタキツネを見たいから。
あとは最後の日に函館で1泊。それでいい?」

札幌から釧路まで夜行で行き、根釧平野を鉄道で横切り北見で一泊した。
翌日の早朝、始発のバスに乗り留辺蘂まで行った。
名前も知らない、その漢字を読むこともできない北海道の片田舎に、
キタキツネを見ることができる場所があった。
思いっきり、キタキツネを間近で見ることができた彼は大満足だった。

「あなたたちはどこから来たの?」
「大阪です」
「大阪ってどこにあるの? ここからは遠いの?これからどこに行くの?」
「ここからは 遠いです。これから電車で旭川まで行きます」
「旭川か。私ら、一度も、行ったこともないわ。
まあせいぜい行って北見までやな。北見の医者に行っているから。
ここで生まれて、どこにも行くこともなくここで生活して、ここで死んでゆく。
私らの人生はそんなもんや。気をつけて帰ってください」

帰り、旭川方面へ行く電車を待っていた時に、
ホームで出会った2〜3人の高齢のおばあさんたちとの会話だった。
あの時からもう20年余の年月が経った。
"生まれた土地から一歩も他所には行かず、その土地で一生を終える"
その時の彼女たちの言葉に強烈な印象を受けたので、
今でもその声の調子や話していた様子をはっきりと思い出すことができる。
当時の私には、それほど印象的な、心に残る言葉だった。

今朝8時、川の氾濫の危険性がなくなり避難勧告が解除されたという記事を読んだ。
ほっと、ひと安心したのだった。

その後、今度は台風9号が東京を直撃するかもしれないというニュース。
しかも、台風の進路予想地図を見ると、
その後東北地方の太平洋側を縦断するだろうとのこと。
東北大震災で甚大な被害を受けた地域を台風が通り抜けるかもしれない。
大雨がふり、大きな被害が起こるかもしれない。
そのような時に、一国の首相も新都知事もオリンピック閉会式に出かけている。
国や東京都の責任者がこのような時に留守だとは…
「東京に災害が起こった時にはいったいどうするのだ。間に合うのか」
前都知事の時に問題になったのも、極々最近の話だと思うのだが…
あのときは確か湯河原だったが、今回はあまりにも遠い。


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大阪は抜けるような青空。
日中のあまりの暑さに、地図上の緯度を表すマス目が一つ南の方に下がった
(日本の位置が亜熱帯に属するようになった?)と思うときもあるが、
最近は、朝夕の山から吹く風に涼しさが含まれているように感じる。
秋も近いのかと、自然の移り変わりに驚く日々である。



    # by PochiPochi-2-s | 2016-08-22 11:48 | 日記 | Trackback | Comments(8)

    生きている喜びを感じられるように生活したい


    by PochiPochi-2-s