<   2018年 01月 ( 16 )   > この月の画像一覧

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「わあ、きれいだ。来てよかったわ。金剛山、懐かしいなぁ」

昨日お昼前、大阪府で唯一の村、千早赤阪村に水仙の花を見に出かけた。
先日パレットさんの「水仙の遊歩道」の記事を見て、私も無性に水仙の花を見たくなり、
最初は淡路島南部にある灘黒岩水仙郷までドライブするつもりだった。
しかしふと思った。
千早赤阪村にある水仙の丘に行くのはどうだろうかと。

もう20年以上も前、大阪市南部に住んでいた頃、千早赤阪村は馴染みの場所で小さかった子ども達を連れ度々金剛山に登ったものだった。主人の当時の勤務先のH高校からも近かった。大阪市内から直線距離で約20~25kmのところにあり、大阪府南河内地域に位置する大阪府で唯一の村で、金剛山登山口がある。

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(Wikipediaから拝借しました)


昨日は大阪の北部にある今住んでいる町から大阪市を北から南へ走り抜け、さらに天王寺から平野に抜け、そこから国道309号線を千早赤阪村まで一直線に南下した。道路は驚くほどまっすぐに延びていた。家から約2時間余り。高速道路を使えばもう少し早く到着しただろうが、昔住んでいた懐かしい場所(天王寺から南)を通りたかったのであえて高速は使わなかったのだった。
そこは結婚以来約20年間住み、3人の子育てもした場所。目に入る景色、車窓に過ぎ去る景色に懐かしさがこみあげた。ひとつひとつの景色に楽しかった思い出が詰まっている。


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葛城山

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金剛山

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二上山

富田林を通り抜け千早赤阪村に近づいた頃、目の前に金剛山と葛城山が見えてきた。
北の方には万葉集に詠まれている二上山や奈良と大阪の境にある生駒山が見える。

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日本で一番最初にできた、一番小さいかわいい道の駅。
その無料駐車場に自動車を停め、水仙の丘へ歩いて行った。
満開にはまだ少し早かったが、かなりの数の水仙の花が咲いており、
ハイキングを楽しむシニア世代のハイキンググループや、遠くから自動車で出かけて来た人たちがこの水仙の花を楽しんでいた。

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丘の上からは遠くにはアベノハルカスが見え、その背後には北摂の山並みが見えた。
また反対側には棚田を見渡せるのんびりした田舎の景色。桜の木もたくさんの冬芽をつけていた。春の桜に時期がまた楽しみな景色であった。


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桜の木と遠くに生駒山

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望遠で撮影したアベノハルカス(右端の背の高い建物)と北摂の山並み
暖かすぎて霞んでいる

帰り際、道の駅で大量の蓮根と自然薯(山の芋)を買って帰り、
今夜は、鱈を入れたとろろ汁を楽しんだ。


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今度は桜に時期にもう一度行きたいなぁ。
いや次回は金剛山に登ろうかなぁ。
そう思いながら帰ってきた。

久しぶりの長距離ドライブと長閑な田舎の景色や、きれいな空気、大好きな山に
心もスッキリした日だった。




by PochiPochi-2-s | 2018-01-19 23:22 | お出かけ | Trackback | Comments(1)

『心の宝石箱』

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庭の蝋梅が咲き始めた


昨日は夜半から降り始めた雨が一日中降り続いた暗い日だった。
一昨年のこの日は神戸の東遊園地で開催される「1.17のつどい」に行っていたが、
今年は絵の教室の新年会が重なり行くことができなかった。
新年会は和やかで、みんな楽しそうに歓談し食事を楽しんでいた。
しかし、震災から23年という年月がそうさせるのかもしれないが、話題の中心は健康の維持や
2月の作品展のこと等であり、今日は1月17日だという話題もなく震災の話も全くでなかった。震災の記憶の風化が度々話題にのぼる昨今、新年会という場がそうさせたかもしれないが、自分が直接の被災者や関係者でなければ現実はこのようなものなのだろう。
記憶は風化し消え去っていく。
昨日の各新聞は震災からで受けた心の傷みをいまだに癒すことができない人々のことを取りあげ報道していたが、心の問題はなかなか難しい問題だろうと思いながら読んでいた。

新年会の帰り、みんなと別れひとり、楽しみの本屋さんに立ち寄った。
いつものように雑誌のコーナーに行くと、
私の好きな小雑誌(「婦人之友」2・2018)が棚に並んでいた。
ああ、もう2月号が出ているのだと思い、手に取ってパラパラとページをめくってみた。
今月号は読みたく興味深い記事がたくさんあり、迷わず買ってしまった。
帰りの電車の中でそおっと取り出し再びページをめくり読んでみた。
やはり一番に読むのは「こころの深呼吸(85)」(海原純子・心療内科医)のぺージ。
今月号のタイトルは『心の宝石箱』だった。
思ったとおり心に響く文章だった。
短いエッセイなので拝借してここに書き写しておきたいと思う。


『心の宝石箱』

仕事の帰りに歩きながら、木の葉が揺れるのをみると、景色とは何の関係もないのにふっと思い出すことがある。
東北の講演会で会った女性の微笑み、飛行機でもの入れから重い荷物を取り出すのを手助けしてくれた年配の男性、「こっちですよ」と道案内してくれた九州の若い女性の軽やかな歩きかた。朝、時間がなく、空腹のまま空港へと乗りこんだタクシーの運転手さんが、「それなら食べていきなよ」と袋ごとわたしてくれた地元のみかんの香り……。
ふだんは忘れているようなささやかな思い出が、時々「しまっておかないで出してくださいよ」と言っているよう。そのささやかな思い出というのは、見返りを求めない、ごく自然なやさしい気持ちや、心配りを受けた記憶。現実の忙しさからちょっと抜け出した瞬間に思い出す。
私はそうした「小さな親切」の入った宝石箱のふたをあけて、思い出しながら過ごすのが好きだ。心がすっと浄化され、不思議なことに「ありがとう」と呟くと、日常の怒りやイライラが消えているのに気がつく。
怒るのをやめようとか、いらだちをおさえようなどと必死になるより、心の宝石箱のふたをあけると、ずっと簡単に心がきれいになる。そして、自分がこれまで生きてきた道のりの中で、見知らぬ人からどんなにたくさんの親切をもらってきただろうと、感謝の気持でいっぱいになったりするのだ。怒っている自分より、ありがとうと呟くことができる自分の方がずっといい。
誰でもみんな心に宝石箱を持っているはずだ。でも日常生活のあわただしさの中で、ふたを閉めている。時々、木々を眺めたり、月を見上げたり、風を感じたりした時、宝石箱を思い出し、ふたをあけてみてほしい。
それは、何ともいえない幸せな時間を運んできてくれるはずだから。
(梅原純子)


More もう一つのフンデルトヴァッサーのネックウォーマーが完成
by PochiPochi-2-s | 2018-01-18 23:09 | 思い | Trackback | Comments(4)
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アオキ・少しだけ色をつけてみた


朝からなんとなく「今日は1月16日だなぁ」とは思っていた。
しかし、今日はどういうわけが行動か伴わなかった。
身体がだるく重かった。
昨日の水泳教室の泳ぎすぎ(?・私にとって)がこたえているのかもしれなかった。
朝から思っていた予定が狂い、
午前中は主人が外出、私は思いがけなく昨日のスケッチに色をつけることになってしまった。

お昼前、下書きのスケッチをもう少し描きなおし、「さあ、もう少し…」と思っていたちょうどその時、主人が帰ってきて言った。
「これから須磨の海岸までドライブに行かないか?今日は1月16日やから。
あの時もそうやった。センター試験と須磨の海。そしてあの大震災。
あんたは明日予定があるから、今日行かへんか?」
「そんなぁ〜。もっと早く言ってくれたら行っていたかも…」
気分がのりかけていたときに、出鼻をくじかれたように感じで、つい生返事をしてしまった。
出かけた時に彼ははっと思ったらしかった。
「今日は16日だ」と。
結局お互いの気持ちがちぐはぐで噛み合わず、須磨行きはキャンセルになってしまった。
また日をあらため行ってみようと思っている。
なんとなく気持ちが重かったが、それでもと再び絵に向かった。
ここ何年かで16日か17日に神戸に行かなかったのは、今年初めてになるだろう。


* * *


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冷蔵庫にかぼちゃが半分残ったままになっていたので
思いきってかぼちゃのポタージュにしてみた。
簡単手抜き調理法だったが、
味は抜群だった。
写真には写っていないが、
食べる直前に生クリームを加えた。
甘みが増し、さらにおいしくなった♪

これからしばらくかぼちゃのポタージュスープが続きそうな予感がする


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今晩の夕食
「鯖の甘酢炒め」

これも久しぶりにつくった。
新鮮な鯖が売られていたので
3枚におろしてもらった。
下準備さえしておけば食べる直前にすぐにできる料理。

お陰で絵を描く時間ができた。




by PochiPochi-2-s | 2018-01-16 21:27 | 思い | Trackback | Comments(7)
「久しぶりの教室だから、今日はかなり泳いでもらいます」

今年になって初めての水泳教室。
顔ぶれは変わらずいつも通り。
先生の言葉通り新しい練習は何もしなかったが、ただひたすら泳いだ。
「長い距離を楽に泳げるようになりたいなぁ。今年の目標はこれだなぁ」
そう思いながら、みんなの後を必死について泳いだ。
1時間後、プールからあがったとき、身体がずっしりと重く感じた。

今日から10回、3月のはじめまで続く。


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アオキ


午後主人が所用があって出かけた。
夕方まで戻らないとのこと。
さあ、楽しみのひとり時間。
CDをかけ、アオキのスケッチを始めた。
好きな音楽が流れ、その中でひとり静かに絵に向かう時間が好きだ。
いろんなことが頭に浮かび、心の中を流れていくが、
手は休むことなくスケッチを続けている…
描いては消し、消してはまた描く。
2時間ほど経っただろうか。
ふと外を見ると青空がきれいだった。
洗濯物を取り入れに裏庭に出ると、二階の窓にその青空が写り込んでいた。
きれいだなぁ。
しばらく眺めていた。



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More 残念なこと
by PochiPochi-2-s | 2018-01-15 23:51 | 習いごと(絵・水泳) | Trackback | Comments(2)
「あっ、そうだ! 今日は1月14日。2月14日まであと1ヶ月。
エイちゃん、今日で生まれてから11ヶ月目なんだ♪」

泳いでいて、ふっと気がついた。

今日は初泳ぎではないが、今年2回目の自主練習で泳いでいた。
どうもルーティーン化されつつある日曜日の水泳でのこと。
難しかった平泳ぎがなんとか25m泳げるようになり、
嬉しくて背泳ぎでのんびりと25mを引き返していた時だった。

あと1ヶ月(2/14)で満一歳の誕生日を迎えることになる。
去年は大変だった。
前々日の真夜中に娘からの電話でたたき起こされ、慌てて病院に駆けつけた。
病院の待合室でリョウちゃんを抱き、不安な時間を過ごしたのだった。
5月初めの出産予定が2月半ばに生まれ、かなりの早産で不安でいっぱいだった。
想定される問題を一つ一つ見事にクリアーし、無事退院できたのは5月になってからだった。
それ以後なんの問題もなくすくすくと成長し、
いつに間にかあの時の不安な気持ちはどこかへ飛んでいってしまっていた。
そして今日、なんと泳ぎながらふっと気がついたのだった。
エイちゃんの誕生日まであと1ヶ月と。
なんと暢気なと我ながらびっくりするが、これでいいのだろうと思いなおしたのだった。

さあ、お誕生日はどのようにして祝ってあげようか。
楽しみがまた一つ増えた、嬉しい日だった。


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「なにかおもしろいことないかなぁ〜」
最近の得意のポーズ
3点確保で片手を離す。
つかまり立ちをするようになった。


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「見て見て、今日この服着ていいってママが言ったの」
リョウちゃんは
私がプレゼントした恐竜のトレーナを
嬉しそうに見せていた。(1/3)




by PochiPochi-2-s | 2018-01-14 23:36 | 思い | Trackback | Comments(4)

嬉しい“突然”が続く

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『嵐が丘』の舞台、Top withensを目指して
ヒースの咲くムーアを歩くヘレンさん


お昼過ぎiPadを開きメールを見た。
「あらっ、ヘレンさんからだ。元気だったのだ」
彼女からの思いがけないメールが届いていた。

3年前のクリスマスカード以来、音信が途絶えていたヘレンさんからのメールだった。
連絡がつかなくなってからもう2年以上になる。
どうしているのかなと思いながら今年もカードだけは送っておいた。
しかしなんの音沙汰もなく、もう連絡がつかないのかしらと諦めていたところだった。
彼女は元気だった。
ホッとひと安心すると、彼女との楽しかったウォーキングを懐かしく思い出した。


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Top withensからの帰り歩いた西ヨークシャーの村


彼女はイギリス北部、ウエストヨークシャー州にあるブロンテ姉妹の生まれ育った小村、ハワース村の観光協会に所属するガイドである。ロンドンからハワースの近くの村に移り住み、ブロンテ姉妹にまつわる場所を訪れ、説明するガイドをしている。決っしてゆとりがあるとは思えない生活だが、私が彼女に会った時はブロンテとウオーキングが大好きという趣味と実益を兼ねたガイドという仕事を心から楽しんでいた。

2013年8月、私はこの村にいた。
友人のリさんをイギリスのウェールズ州カーディフに訪ね、その後どうしても『嵐が丘』の舞台になったハワース村を訪れ、ヒースの咲くムーアを歩きたかったのだった。
1日のガイド料は 私の宿泊したB&Bの一泊の値段より安かった。
もう一泊したと思えばいいと考え、私のための個人向けガイドを日本から予約していた。
そのようにして知り合った彼女は気さくで明るい女性だった。
彼女との5時間余りのウォーキングはどんなに楽しかったことか!
今でも思い出すと心が踊る。

今日は、元気ですか?
この言葉で始まり、自分のミスで私への返信メールを送っていなかったことに気がついたこと、この2年間自分の母親の家の売買で他のことがうわのそらだったこと、今年中に新しい家(テラスハウス)を見つけ移りたいと思っていることなどが書かれていた。
そして最後に、今でもブロンテ姉妹について語るウォーキングをしていること、今年はイギリスにおける女性参政権獲得100周年で、そのことを祝う”walk and talk”を行う予定であること、また今年はエミリー・ブロンテ生誕200周年でもあり、そのことを祝う “walk and talk”も計画していることも知らせてくれた。

「ああ 元気で暮らしている。
好きなことを仕事にすれば、贅沢さえしなければ楽しく暮らせるのだなぁ。
あの彼女の好きなチョコレートを送ってあげよう」
ホッとし、ただただ嬉しかった。

こんな突然のメールはどんなに心弾むことか!
一昨日のPさんとの何年ぶりかののおしゃべりも、2日の彼女からの突然のメールで決まったのだった。楽しい時間だった。

今日はもうひとつおまけの突然があった。
このヘレンさんからのメールを見たのち、郵便局まで出かける用事があり急いで出かけた。
自動車を使わず歩いて行くつもりで家を出た。
途中で近所の友人Mさんに偶然出会った。
彼女とは去年の春以来、お互い何かと忙しく全く会っていなかったのだった。
気にはなっていたが元気だろうと、いつでも会えると思い、電話もかけずにいた。
「まあ!ずいぶん久しぶり。いま時間ある?」
それで話は決まった。
久しぶりに話をしようと、できたばかりの、二人とも入りたいと思いながらまだ入ったことのない喫茶店に入りおしゃべりを楽しんだ。
やはり話題は尽きない。
はっと気がつくと刑事フォイルが始まる時間まで1時間ほどしかなかった。
じゃあねと別れ、郵便局により、慌てて帰った。

家に帰るとさらにもう一つ嬉しい“突然”が待っていた。
予期せぬ葉書が届いていたのだった。
中学時代の恩師からの葉書だった。
昨日はこのS先生からやはり突然に電話がかかり少しの間話をしたばかりだったのに、
今日は葉書が届いた。
心が弾んだ。

“突然”はいつも楽しいことをもたらしてくれる。
ここ2、3日嬉しい突然が続いている。
明日も思わぬ“突然”があればなぁ。



by PochiPochi-2-s | 2018-01-13 23:04 | 思い出 | Trackback | Comments(2)
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《2階のベランダから》
遠くに大阪湾が見える

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一階デッキの屋根に積もった雪

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2階西側の窓から
デミオの屋根に雪が積もっていた


「着いたわ。今朝はめっちゃ冷たい。手がかじかんで凍りそうやわ。
下りは道が凍っていてタイヤが滑りそうだった。時間がかかると思うけど気をつけて帰る」
毎朝の自転車トレーニングにでかけた主人からの朝一番の携帯からの電話。

起きると辺り一面うっすらと雪が積もり、道路以外は真白。
夜中に降ったのだろう。
門の鍵、自転車の鍵が凍って解錠できず、お風呂の残り湯をかけて溶かした。
家の北側においていたバケツの水も凍っていた。
この冬2度目。
8時過ぎでまだ-2℃、寒くて冷たい朝だった。


「わあ、久しぶり! ずいぶん長い間会っていなかったけど元気だった?」

何年ぶりだろうか、昔の友人Pさんに会うのは。
お正月2日目の午後、彼女からの突然のメールで今日の再会、ランチを約束したのだった。

彼女はタイ人。
相変わらずそれほど上手だとは言えない日本語で話すが、
彼女の持つ明るさ、ざっくばらんさ、おもしろさ、大阪弁は昔と全く変わらず嬉しかった。
私は町の西の端に住み、彼女は東の端に住む。
お互いに忙しく、私がボランティア活動をやめてから会う機会がなくなっていた。

Pさんとの出会いは、国際交流センターのボランティア活動、日本語教室で習った日本語を
使っての会話の相手をするというサークルの場でだった。
当時、引越ししてきたばかりの街で誰一人知る人もいなかった私は、親しく話せる友達が
欲しく、これならばできると入ったサークルだった。そこに彼女は週一で通ってきていた。
明るくてハキハキしているが、少し頑固で、自己主張が強く、何事にもポジティブな、しかも
すでにいろんな場所でボランティア活動をしていたPさんの話し相手を希望する人は少なく、
そのグループに入ったばかりの私にそれとなくその役目がまわってきたのだった。
Pさんは日本人の歯科医と結婚し、小さな女の子が一人いた。
アメリカの大学で心理学を学び卒業、その後再び大阪大学に留学、大学院で児童教育を学んだ
Pさんだったが、そんな彼女にとっても日本語は相当難しくかなり苦労していたのを覚えている。

彼女は全く変わっていなかった。
去年還暦を迎えたというが、むしろ昔に比べ若々しく魅力的に感じた。
会っていなかった間の積もる話で時間はあっという間に過ぎ去った。
話題は尽きなかった。
子どもの話、ボランティア活動の話、英語教師としての話、人間関係の話、心理学の話、英語の勉強方法の話、今読んでいる本やこれから読みたいと思っている本、今までに読んで感動し本などの話、姑の生き方が自分の反面教師になっている話、一人娘の反抗期と自分の更年期の時期が重なり大変だったこと、今現在興味を持っていること、これから先やりたいと思うこと、夢、旅行等々。
話題はあちこちに飛び、広範囲にわたった。
何時間あっても足りないくらい、お互いに相手の話に耳を傾けながらしゃべりまくった。
楽しい心弾む時間だった。

最後にPさんは言った。
「ぜひ聞いてもらいたい話があるの。私ね、思いもかけない還暦の贈り物をもらったの。
嬉しくて嬉しくて涙がとまらなかった」

26年前の1992年にタイの貧しい子供たちを支援するグループを彼女が中心になって立ち上げ、当時毎月2500円(500バーツ)の奨学金をタイの一人の貧しい中学生に支給するという活動を始めた。喫茶店に入り高いコーヒーを飲まない、できるだけ自転車移動をしバスやタクシーを使わないなどグループのメンバーがそれぞれ自分でできる節約を考え、貯めたお金で2500円/月の奨学金を一人の学生に学業が終わるまで送り続ける。子供との約束は、送られたお金で必ず勉強する、毎月必ず彼女に状況を説明する手紙を英語で書くというものだった。

初めてのタイの里子はこのお金をもとに一生懸命勉強し、高校にそして大学にまで進学できた。しかし、就職したという手紙を最後に突然連絡が途絶えてしまい、全く消息がわからなくなってしまっていた。
ところが驚いたことに、その彼女から、去年、18年ぶりにPさんのFacebook に連絡が入り、お礼のメールが届いたのだった。

彼女は手紙の中で次のようなことを書いていた。
・自分の名前。
・25年前に奨学金をもらった15歳の中学生であるということ。
・2500円/月の奨学金で諦めていた高校への進学ができ、その後大学への進学もできた。
・文通(連絡のメール)ができなくなった理由。大学卒業後洪水で手紙など一切が流されてしまったこと。
・FacebookでPさんを探し続け、やっと去年巡り合え嬉しくて叫んだこと。
・大学卒業後テレビ番組制作会社で働き、今は情報ネットワーク企業の管理職をしている。
・昔(Pさんと)手紙でした将来貧しい子どもを支援する約束を実行している。
・今、村の貧しい子どもたちに10年以上に渡り奨学金を送っている。
・あなたの奨学金のお陰で今の私がある。
・講演を頼まれると、親は農家で貧しかったけれど、日本に住む会ったことのない女性から支援を受け、高校、大学を卒業できたこと、貧しかったことを恥ずかしく思ったことはないことなど、誇りをもって話す。

この手紙は彼女にとって最高の還暦祝いになったという。
話を聞いていて私ももらい泣きをしてしまった。

自分の生まれ育った国を離れ、他国で生活することに言うに言われぬ苦労があったことだろう。
でも、持ち前の明るさと、人懐っこさ、活発さで自分のやりたいことやボランティア活動をエネルギッシュにこなしてきた結果の嬉しい感謝のメール。
最高の還暦祝いだと思った。
彼女が眩しく見えた。
このメールをもらった後に、去年タイに帰った時彼女と再会でき抱き合ってお互いに喜んだという。
どんなに嬉しかったことだろう。
Pさんのしてきた活動は貴重な尊いものだとあらためて彼女を尊敬したのだった。
還暦後も、「All Together In Dignity (全ての人が人間としての尊厳を持てる世の中に)」という願いを胸にできることを行なっていきたいと、胸を張っていう彼女を尊敬の眼差しで見つめてしまった。
3時間あまり、スターバックスでしゃべり続けた時間は私もまた何かやってみたいと思う元気をくれたように思えた。
最高の楽しい時間だった。
次は滝まであること約束をし帰ってきた。



by PochiPochi-2-s | 2018-01-11 23:40 | 日記 | Trackback | Comments(4)
起きると予想に反して晴れていた。
庭にたくさん咲く黄水仙をきり、花瓶に活ける。
ふとブラザーズ・フォーの「七つの水仙」の歌詞が口をついて出た。

I may not have mansion, I haven't any land.
Not even a paper dollar to crinkle in my hands.
But I can show you morning on a thousand hills.
And kiss you and give you seven daffodils.

気分上々の一日のスタートだった。
出かけるまでにセーターを3枚手洗いし、干した。
そして上機嫌で、今年初めての絵の教室に出かけた。

教室は来月に作品展を控えていることもあって、
先生との相談やら出展する絵の確認やらでざわついていた。
新年になり初めてということもあって和やかだったが、いつも以上に雑談も多かった。
何を描こうかと迷ったあげく、選んだのはアオキ。
もらって帰ったのは万両とまだ蕾難しという状態の日本水仙。
どれを描くかはまだ決めていない。

帰りの電車に乗ろうと駅に向かった時急に雨が降りだした。
電車の窓から遠くに見える山は、かなり激しく降る雨で白っぽく煙っていた。
そしてその雨は、途中の乗り換え駅では霙に、最寄の駅ではまた雨に変わり、
家に帰る坂道では再び霙になった。
あの朝の晴れはいったいどこへ行ってしまったのか。
家に帰ってからも、しばらく霙は続いていた。


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「そうだ、続きを編まなくては」
夜「相棒」を見ながらなんとなく思い出し、取りだしたのは編みかけのネックウォーマー。
年末の12月中頃に編み始め時間ができれば編んでいたのだが、
年末の忙しさもあってなかなか編む時間がなく、まだ完成していなかった。
来週の新年会までには完成させ、このネックウォーマーで出かけたいものだと思うのだが。
さて、完成するだろうか?

今日は散々なお天気だった。
明日は晴れるだろうか?




by PochiPochi-2-s | 2018-01-10 23:30 | 趣味 | Trackback | Comments(6)

憧れ - 1月のカレンダー -

2018年始まると新しい気持ちでカレンダーの表紙をめくってから今日で10日目になる。
日々雑用に追われることが多いが、それでも心の中では自分が楽しく思えること、心弾むこと、やりたいと思うこと、見たいと思うものなどを、見つけながら探しながら暮らしてゆきたい。
人は誰でも『憧れ』を抱く対象となるものを持っていると思う。
私もまたいろんなことに憧れを抱く。
そんな視点で1月のカレンダーをながめてみた。(1/10追記)


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リビングのカレンダー(1月・2月)
ゲントの通り(ベルギー)
小田切 諭

35年前初めてヨーロッパに行った時ベルギーは列車で通過しただけだった。
以来何度かヨーロッパに行ったが、なぜかこの国だけは通り過ぎていた。
ブルージュにアントワープなど、訪れたい街はたくさんあるはずなのに。
ゲントもそのような街の一つ。
いつか行ってみたい憧れの街のひとつである。

ゲントはブリュッセルから列車で約30分。
東フランダース州の州都。12世紀より栄えたベルギーの古都。
古くから街を流れる2つの川の水運を利用して交易が盛んに行われ、
中でも羊毛産業によって、莫大な富を築いた。
現代は近代産業都市としてベルギー第3の規模を誇る 。
街の象徴である鐘楼を中心とした旧市街区では、
当時の繁栄ぶりを伝えるたくさんの建造物に出会うことができる。

ケン・フォレットの小説の中に
中世のフランドル地方での羊毛産業について書かれた文章がある。
中世の時代に
イギリスやフィレンチェからの羊毛や絹織物が集まり、
盛大な交易がなされたという。
どのようなものだったのだろうかと
夢中で思いながら読んでいたのを思い出した。

頭の中でベリギーの地図を思い浮かべ、
もうすでに夢の計画をたて始めている自分がいる。
憧れの街、憧れの国である。


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JR東日本のカレンダー・1月
秋田新幹線・こまち
(雫石 - 田沢湖)

雪で覆われた白い風景の中を走る「こまち」。
列車の赤い一本の線が白一色の周りの風景に映えて美しい。

リョウちゃんの大好きな「こまち」。
お正月、
自分のおもちゃや本のコーナーの壁に
このカレンダーを貼ってもらって大喜びだった。

かつて何度もこんな雪景色の中にいた。
旅行やスキーで。
カレンダーを見ながら
「もう一度、この雪景色の中に飛び出したいなぁ」
そう思っていた。
今の私には憧れの景色だ。


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三井ホームのカレンダー・世界の家シリーズ(1・2月)
Germany Bavaria

《JET STREAM・Street Cafe ナレーションより》

「南ドイツの古都」

例えば、南ドイツの古都での雨
入り口に可憐な鈴をつけたカフェで
紅茶茶碗を手のひらに包み
指先を温めていた夏もあった
少し曇った窓ガラス越しに
黒々と濡れた石畳が見え
塗りかえて間もない砂糖菓子色の柳が
見すてられた絵本のように青ざめていた
こんなことがあってはならないと思いながらも
カフェの客は私一人で
次の街へのバスを待つ間の時間
何をする気もなく座っていたのだ
白い前掛けが目にしみる女主人が
降りこめられた旅人を気の毒そうにレジの側で見ていた
あの時ババリアの空の下の晴れやかな夏をひとつ
私はカフェの椅子に残してきたと
思っているのだ


CDから流れるJET STREEMの音楽
音楽を聴きながら世界を旅することができる。
好きな街、行ったことのある街、いつか行ってみたいと思い続けている街。
音楽を聴きながら
想いは憧れの街へと飛んでいく。


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片山先生のカレンダー・1月
ビナンカズラの実
(モクレン科)

構図、白黒の対比、空間の取り方
全てに憧れる
「いつかこんな絵が描けたらなぁ」




by PochiPochi-2-s | 2018-01-09 23:29 | 日記 | Trackback | Comments(10)

ソヨゴ、完成かな?

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ソヨゴ(冬青)


起きると、もうすでに雨が降っていた。
昨夜の天気予報では、一日雨との予報だった。
それならばと、午前中に朝食用のリンゴジャム(2瓶)を作り、
いつもの家事のルーティーンワークを早々と終え、ソヨゴの絵を完成させようと机に向かった。

何事でもそうだが、最後の仕上げは思った以上に時間がかかる。
葉の葉脈を入れたり、葉と葉の重なりをもう少しはっきりと描きわけたり、実の色の濃淡をつけたり… 最後には実を光らせるために白色をいれる。
最後に細かい作業が続く。

外は雨。
何も考えず、黙々と絵を描く。
この時間がやっぱり好きなのだと思った。

夕方4時過ぎやっと完成したかなと描くのを終わらせることにした。
夕食の準備にとりかかる時間までに終えることができて、ほっとひと安心だった。



by PochiPochi-2-s | 2018-01-08 22:45 | 習いごと(絵・水泳) | Trackback | Comments(8)

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