<   2017年 12月 ( 27 )   > この月の画像一覧

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南天

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オオカメノキ(正式名 ムシカリ)


今年最後の絵を何にしようかとここ2、3日、
ふとした時に脳裏ををかすめていた。
「そうだ、紅い花と白い花で選んでみよう」
この一年間、季節ごとにさまざまな花を描いた。
その中の、印象に残った紅い花と白い花2点を選んでみた。
南天とオオカメノキ

✳︎

《南天》

散歩に行くたびに路傍でたわわに実をつけた南天をよく目にしていた。
その度に描きたいなぁと思いつつ、持ち帰ることはできなかった。
そんな時先生が絵の教室に持って来てくれ、
大喜びで描いたのだった。
実の数に少々辟易したが、
何よりも緑と赤の葉の色に魅せられた。
夢中で描いた南天の葉だった。

✳︎

《オオカメノキ(正式名 ムシカリ)》

普段あまり見かけない花。
この時は、
たまたま先生が別のグループと滋賀県朽木村に行き、
持ち帰ってくれた花だった。
このガクアジサイのような白い花は、
魅力的だが描くのに時間がかかり大変だろうなぁと
少し躊躇した。
以前描いたイワガラミを思い出し、
描きはじめたときはなんとなく気がすすまなかったのだった。
しかし
そのうちに夢中になり、なんとか花は描けた。
花以上に難しかったのは葉だった。
葉っぱを見れば見るほどその美しさに心を奪われ、
見入ってしまったが、
その表現は難しかった。
友達に励まされやっと完成したのだった。



自分はいったいなぜ花の絵を描きたいのだろうか。
教室で 、あるいは家でひとり描いている時によく思う。
でも、
理由なんていらないのでは?
山に登るのと同じ。
好きだから描く、登りたいから登る。
それでいいじゃない。
そう思うようになった。
来年も花や木、葉、実などを
自分の思うように描けたらなぁと思っている。

✳︎ ✳︎ ✳︎

この一年間、このブログに訪ねてきてくださった皆様も、
コメントをくださった皆様も、
古い友達も新しく友達になってくださった皆様も
みんな親しくしていただいてありがとうございました。
どうぞよいお正月をお迎えください。
来年もよろしくお願い致します。

来年も新たな気持ちで絵を描きたいと思っています。

2017/12/31 PochiPochi





by PochiPochi-2-s | 2017-12-31 17:55 | 思い | Trackback | Comments(4)
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今年も今日を入れてあと2日。
お正月の準備に今日は一日台所で過ごした。
朝からぽかぽかと暖かかったので、台所にいても寒い思いはしなかったのがありがたかった。

お昼頃からお正月用にローストビーフを焼いていた。
その時ふっと昔読んだ本のタイトルが頭をよぎった。
タイトルは、『大晦日のローストビーフ』(秋山ちえ子・著、文春文庫)。
手元にあるこの本を、いつ、何を思って買ったのかは今となっては覚えていない。
しかし何度も何度も読み返したらしく、表紙はかなりヨレヨレになっている。
この本には忘れえぬ人々との出逢いを語った23の美しい物語が収められている。
その中でもこの本のタイトルになっている『大晦日のローストビーフ』は、印象深く、
コックになった長男の巣立ちをめぐる母親と子供の交流が描かれているので、
いつまでも心に残る作品である。

この物語は次にような文章ではじまっている。
我が家の正月料理には「ローストビーフ」がおせち料理としておさまりかえる。これは、長男が毎年12月31日に自分で焼いて届けてくれるもので、、牛のロース、3キロか4キロの「ローストビーフ」は、見事というより他はない。
30日になると、白い金巾の布で包んである包丁を出して明日にそなえる。クレソン(西洋水ゼリ)、ホースラディッシュ(西洋ワサビ)を用意する。お皿はどれにしようかと大皿を出して見比べる。楽しいひと時だが、「ローストビーフ」がしっかりと届くまで私の心の中にかすかな不安がゆれ動く。これが届かないと、長男の生活に異変が起こったような気がするからだ。
12月31日の夜、「ローストビーフ」を切るのは誰にもやらせずに自分でする。一切れずつ心をこめて切る。肉の繊維の中に肉汁がほどよくもどってよい色を見せる「ローストビーフ」は、私の心の中に、過ぎてきた長男とのかかわりあいの日々を思い出させてくれるものであり、一年のしめくくりにふさわしいこととと思っている。

学校の勉強が性に合わなかった長男を、なんとか人並みにと思い、叱ったり、おだてたり、はげましたり、絶望して泣いたりした日々をくり返したあと、自分の子供の教育を真剣に考えるようになったこと。また、教育に公式があるはずはない、教育は一つ一つの命が持っている宝探しである、学校で見つけ出せない宝を持った子もいるはずだから、勉強の出来ない子が「ダメ」な人間というのはおかしい、いつか学校以外に生活の中で宝は探し出されるはずであると考えるようになったことなどが書かれている。
その後、長男は高校を出てコックになり、料理をやりだすと見違えるように生き生きしだした。学校の時は一度も見たこともない光景に家族は唖然とし、彼の宝は料理をする才能だったかもと思うようになった。5年後、彼は勤務先のレストランで認められ、ビフテキやローストビーフを焼くことができる“ストーブ前”の仕事を任された。その年の暮れの31日、彼はお歳暮として自分で焼いた「ローストビーフ」を母親に差し出した。しかし、その後、思い込んだら一直線の性格の彼が、職場での人間関係からノイローゼになったり、ノイローゼの症状から回復しだした頃70年安保の闘争に加わろうしたりする。母親は心配したり打ちのめされたように感じたり、錯乱状態のようになる。しかし、母親は最後には はっきりと母としての意見を言い、子供と真剣に向かい合う。その結果彼は安保闘争には参加せず、その前年の1969年の12月31日、自分で焼いた「ローストビーフ」が暮れのお歳暮として母親に贈られた。彼による二度目のローストビーフで、第一回目から4年の歳月がたっていた。

この物語のことを思っていた時、次男からのずいぶん久しぶりのメールがあった。
「ハル、アサヒ、リョウちゃん、エイちゃん、ケイスケ君たちに僕からと言ってお年玉をあげてほしい。お金は後でお母さんの口座に振り込むから悪いけど立て替えてほしい。お正月は年末年始の特別電車運行の応対の当番が当たってしまったので今年も帰れない。お兄ちゃんお姉ちゃんによろしく言っておいてほしい。仕事と忘年会で忙しくカレンダーが遅くなってしまってごめん」

兄や姉に比べ、次男は何事もゆっくりとのんびりと育ったので、母親にとっては小さい時からなにかにつけて手のかかる子であり、心配することが多かった。私には、この物語の長男が私の次男とある意味重なるように思われるのである。
この物語のように、母親というのはこんなものかもしれないと思った。
子供の成長が嬉しくてならない反面、ふとしたことが心配になり安心できない。
それだけにこの物語が強く心に響いたのかもしれなかった。

次男からのメールを見て、
「まあ今までいろいろとあったあのとっくんが何と成長したことか!」
と思うと、感慨深いものがあった。
喜びが大きいと、苦しかった時のことは忘れ、嬉しかったことだけが残る。
不思議なものである。

『大晦日のローストビーフ』
いつまでも心に残る物語である。



by PochiPochi-2-s | 2017-12-30 23:10 | 読書 | Trackback | Comments(10)

年の瀬の一日

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咲きはじめたデンマークカクタス♪


今日は29日。
暮れも押し迫りお正月まで残すところ3日となった。
昨日一昨日と底冷えがしてとても寒かったが、今日は心なしか暖かく感じられる日だった。
棚の上のデンマークカクタスの花も咲きはじめた。
今年は今まで思うところがあり、比較的のんびりと、しかし気になる絵を描く時間は取れずに
過ごしてきた。しかし残すところあと3日となり、今日やっとお正月に向けての準備をはじめ
る気になり、一日中忙しく駆け回り、動き回った。

先ずは新鮮な鯛3尾を求め目当てのスーパーへ。
鮮度、大きさ、値段の兼ね合いで買う“大阪人”の主人。
私も大阪での生活が長いとはいえ、とても私の真似のできるものではない。
でも相談され、自分の意見を言えるのは嬉しく、いつも一緒に行って鯛を買う。
予想通り、思っていた値段の新鮮な良い天然鯛が手に入った。
昨日予約しておいたローストビーフ用の肉も3塊買い、その他お正月用に足りなかったものを
買い足しひとまずは家に帰った。
昼食後もう一度、庭の千両や南天に合わせようと少しお正月用の花を買い足すために、朝とは別のスーパーへ出かけた。この店の前では、毎年暮れの3日間、店に出入りする花屋さんが出店を出し、お正月の花が売られる。ここでも思っていたとおりの活き活きとしたきれいなお正月花があり、ばら売りでほしい花だけを安く買えたのは嬉しかった。

すぐに家に帰り、そこからが”超“忙しかった。
「これでいいかな?焼き具合はどう?」
東京に住む弟家族の新年用にと主人が得意の鯛の姿焼きを焼き、彼らの大好物の焼き鯖寿司4本も作った。私は明日送鯛と一緒に送る他の品物の準備とお正月の準備で、まるで時間が飛び去ってゆくかのように一日が慌ただしく過ぎていった。
時間があれば少しでも絵を描くどころではなかった。

「母が生きていた時はお正月の準備で年末はあんたも大変やったなぁ。
忙しすぎて31日生まれのマック(長男)の誕生日もきちんと祝ってやれなかったなぁ」
鯛を焼きながらふと主人がそんなことをつぶやいた。

義母が生きていた頃は、元旦に主人の3人の姉家族もそれぞれ全員私たちの家に集まり、
みんなで正月の膳を囲んだのだった。当日は賑やかで楽しく、子供達も大喜びだった。
しかし、このたった一日のために暮れの26日頃から準備を始め、毎日自転車で駆けずり回っていた。主人は主に義母と小さな子供たちの世話を受け持ってくれた。総勢20人余の食事の準備をほぼ一人でするのはほんとうに大変で、若かったからできたのだろうと、今になって思う。
でも、私にとっていいこともたくさんあった。
今年は何を準備しようかと考え料理の本を見ながら過ごす時間が好きだったし、全部任されていたので、自分の好きなように一人で買い物をし、料理をする楽しみもあった。何よりもこの時期、お正月のためという大義名分のもとパッと(私にとっての)大金を払って買い物をする気持ちの良さ、爽快さも十分に味わえた。心がワクワクして楽しく、気分爽快だったのを今は懐かしく思い出す。
この頃に比べ、今のなんと楽なこと!

さあ、明日は朝一番で東京に荷物を送ろう。
喜ぶだろう顔を思い浮かべながらする荷造りは楽しいものだ。

年の瀬の一日はこのようにして過ぎていった。



by PochiPochi-2-s | 2017-12-29 23:29 | 日記 | Trackback | Comments(4)

葉書

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今日も朝から寒く雪とも思えないような雪が時々チラチラと舞い、
昨日よりは少しはマシかと思ったが、部屋の温度がなかなか上がらなかった。
午前中娘から電話があり、エイちゃんの顔を見がてら娘のマンションへ出かけた。
リョウちゃんとエイちゃんに買った服と娘の義父母への新年の届け物を持って。
しばらくとりとめもない話をし帰ってきたが、
その帰り道、夏以来ずーっと気になっていた人を思い出していた。
「A先生はどうしてはるかしら」
自動車の助手席に座り、ぼんやりと通り過ぎる景色を見ながら思っていた。
先生からの葉書が返ってこなくなってからもう随分日が過ぎた。
90歳近くになった頃から目が悪くなり、手も痛いので、返事がかけないかもしれないとは聞いていた。

家に帰ってから、手紙の入った箱を取り出してみた。
葉書サイズの小さな気に入りの箱いっぱいにA先生からの葉書が入っている。
きれいな字、優しい言葉、おもしろおかしい和歌山弁で書かれたたくさんの葉書。
いったいいつからA先生と葉書の交換をするようになったのか。
今となってははっきりとは覚えていない。
多分長男が中学生になった頃、誰かに自分の気持ちや考えを聞いてもらいたく、
時々思いついたようにA先生に葉書を書いては出していたのだろう。
その頃もらった返事の葉書もまだ残している。
誰に気兼ねすることなしに、堂々と(?)和歌山弁でやり取りする葉書。
安心して話せる相手に思いっきり自分の思いを書いて出せる幸せ。
そこに心の安定を見出していたのかもしれなかった。
A先生はそんな先生だった。

子ども達が手を離れ、生活にゆとりができはじめた50歳過ぎから海外旅行に出かけるようになった。
時には夫婦で、時には一人で。
そんなある時、A先生から頼まれた。
「ぜひ葉書の挿絵付き旅行記を私宛に送ってね。
足が悪くなり海外なんて夢の夢。
でもあなたの挿絵付き葉書旅行記で海外からの風を感じ、私も一緒に旅行した気持ちになれる。
身体の自由は段々と効かなくなってきたが、まだ心は羽ばたける。
楽しみにあなたからの葉書を待ちます」

重い腰を上げやっと書く気になったのは、
ベルリンからプラハブダペストへの旅、イギリスへの旅の時だった。
帰国後、挿絵を描いては文を書き、ほぼ毎日のようにA先生宛に送った。
どの旅行の時も、終わってみると30枚近く書いていた。
とても喜んでくださって最後には必ず感想を書いた葉書をくださった。
A先生からの葉書の束はいつのまにか私の心の宝物となった。

何枚かを読み返し、またA先生に葉書を出したくなった。
もう随分前から年賀状を書くのをやめている先生に、
明日はきっと年賀状がわりの葉書を書いて出そうと思った。
南天の絵を葉書の裏に印刷して。

たった一枚の葉書だが、そこに書かれた文から感じとれる優しい気持ちや思い遣りの気持。
葉書や手紙を書いて出したりもらったりすることは私には大切なことなのだなぁと
あらためて思った日だった。



by PochiPochi-2-s | 2017-12-28 23:19 | 思い | Trackback | Comments(0)

夕焼け

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「あッ!」
今年最後の絵の教室の帰り、最寄りの駅まで主人に自動車で迎えにきてもらった。
その帰り道いまにも沈もうとする夕陽に遭遇。
一瞬の輝き。
自動車を道路の傍に止め、しばらくじっと見つめていた。
吉野弘の「夕焼け」の詩を思い出していた。
朝から雪が舞う寒い年末の一日だった。


夕焼け

いつものことだが
電車は満員だった。
そして
いつものことだが
若者と娘が腰をおろし
としよりが立っていた。
うつむいていた娘が立って
としよりに席をゆずった。
そそくさととしよりが坐った。
礼も言わずにとしよりは次の駅で降りた。
娘は坐った。
別のとしよりが娘の前に
横あいから押されてきた。
娘はうつむいた。
しかし
又立って
席を
そのとしよりにゆずった。
としよりは次の駅で礼を言って降りた。
娘は坐った。
二度あることは と言う通り
別のとしよりが娘の前に
押し出された。
可哀想に
娘はうつむいて
そして今度は席を立たなかった。
次の駅も
次の駅も
下唇をキュッと噛んで
身体をこわばらせてー。
僕は電車を降りた。
固くなってうつむいて
娘はどこまで行ったろう。
やさしい心の持ち主は
いつでもどこでも
われにもあらず受難者となる。
何故って
やさしい心の持ち主は
他人のつらさを自分のつらさのように
感じるから。
やさしい心に責められながら
むすめはどこまでゆけるだろう。
下唇を噛んで
つらい気持ちで
美しい夕焼けも見ないで。
(詩・吉野弘)




by PochiPochi-2-s | 2017-12-27 23:22 | 自然 | Trackback | Comments(4)

内弁慶

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「ああ きれいだなぁ」

夕方 洗濯物を取り入れようとデッキから裏庭に出た。
その時ふと見あげた夕方4時過ぎの空。
夕陽で紅色に染まる雲。
その美しさに魅せられて思わずシャッターを切った。
何枚か撮ったあと、雲の合間に月が出ているのに気づき、続いて何枚か写真を撮った。
見惚れているうちにいつの間にか月が雲に隠れてしまった。
ほんの一瞬に出来事だった。

今日は晴れ、曇り、にわか雨、再び 晴れとめまぐるしく天気が変わる、寒い一日だった。
朝11時過ぎ、突然 携帯が鳴った。
「おばあちゃん、クリスマスプレゼントありがとう」
小さな消え入りそうな声が聞こえてきた。
一瞬誰だかわからなかった。
携帯の表示はハルの名前だった。
「ハルなの?」
「 元気にしてるん?」
「サッカーシューズとインソール、気に入った?」
私の矢継ぎ早の質問に何も答えず黙ったまま。
うん? しばらくして気がついた。
「アサヒちゃんなん?」
「うん」
やっと返事が返ってきた。
「今日は育成(学童保育)休みなん? お母さんは仕事に行ったん? 帰りは遅いの?
お兄ちゃんは学校のクラブ?」

聞いてみると、
育成は休みでお母さんは仕事に行った。帰りはいつも通り。
兄ちゃんはクラブは休みだけど友達と出かける予定、自分も育成の友達と外で遊ぶ。
こんな返事だった。

いつものアサヒらしくなく、消え入りそうな頼りなさげな声。
兄ちゃんが出かける予定、お母さんが仕事で留守。
なんとなく寂しかったのだろう。
いつもみんながいる時には、大威張りで元気溌剌、自己主張が強いアサヒだが、
誰もそばにいないと、特にお兄ちゃんがいないと突然元気がなくなる。
まるで“青菜に塩”である。
二番目とはこんなものなのかなぁ。

「お昼ご飯は? おばあちゃんがこれからそっちに行こうか?」
「大丈夫。お母さんがお昼ご飯を作ってくれているからお兄ちゃんと二人で食べる」
安心したのだろう。
声はだんだんと大きくなってきていた。

ハルにかわってもらうと、
「おばあちゃん、きてくれなくても大丈夫やで。
僕はこれから出かけるし、アサヒは友達と外で遊ぶ約束があるから。
お母さんはいつもの時間に帰ってくるから大丈夫や」

電話は切れた。
よほど行って留守番をしようかと考え迷ったが、結局は行かないことにした。

母親の判断に任せよう。
よほど心配ならば、以前のように「お願いします」と前以て頼んできていただろう。
でしゃばったことはしないでおこう。
困った時は携帯もあるし、連絡してくるだろう。

気持ちは今すぐにでも飛んでゆきたかったが、ぐっと我慢をして行かなかった。
いまが彼らの成長期かもしれない。

「いつもの強がりのアサヒも結構な内弁慶なんやなぁ」
そんなアサヒがいじらしくかわいく思った朝の電話だった。



by PochiPochi-2-s | 2017-12-26 23:13 | 思い | Trackback | Comments(4)
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ヤドリギ


「ずいぶん久しぶりやけど、ポプラにクリスマスランチに出かけようか」と朝から誘われ出かける準備をしていた時、リビングの壁に掛けられたヤドリギの絵が目に触れた。
2年前のこのヤドリギの絵をブログにアップした時、フランスに住むechalotellesさんやlindenさん、ドイツに住むsternenliedさんの間でこのヤドリギが話題になった。
ヤドリギは、ヨーロッパでは天と地の間に生える神聖なる木としてクリスマスの飾りによく使われるという。今年もつい最近のechalotellesさんのブログにこのヤドリギが登場していた。

ヤドリギの絵を見たその瞬間、
昨夜寝る前に届いたサーシャのメールを読みびっくりしたことを思い出した。

えっ、サーシャが再婚?
この9月に結婚していた?
相手はイギリス人?
モスクワを離れ、今はご主人の住むロンドンの南東部に住んでいる?

驚くことばかり書かれていた。
全く知らなかった。
知らずにクリスマスプレゼントをモスクワに送ったことになる。

「私(サーシャ)が送った結婚の報告のメールもchristmas greetingsも届いていない
とは!」と彼女は腹立たしげに書いていた。
一昨日、プレゼントがいつものように遅れるだろうからとのメールを彼女宛に送ったその返事だった。
この間、私も1、2回メールを送ったが、彼女からの返事はなかった。
ただいつも忙しくしている彼女だから、
きっと忙しいのだろうと軽く考えて、返事がないのをあまり気にもしていなかった。
しかし、この間どちらからのメールも届いていなかったことになる。
なぜお互いのメールが届かなかったのかはわからない。
そして今回なぜ無事に届いたのかもわからない。
こんなことってあるのだろうか?

彼女は再婚についてメールに次のように書いていた。
《結婚するにあたり、生まれ育ったモスクワを離れ、今までの生活や国を変えなければならなかった。このことは私にとっては簡単なことではなく、結構難しい決断が必要だった。しかし、夫 Daveはとても良い人で、彼や彼の子供達、友人たちから暖かい力強いサポートを受けているので、私もなんとかその変化に慣れるように頑張っている。モスクワに残った子供たち(息子と娘)は、それぞれ独立して働いている。そのうちに結婚して彼らの家族ができるだろう。1月にモスクワに行く予定なので、その時あなたのクリスマスプレゼントに会えるでしょう》

メールを読んで、この結婚がどんなにか彼女の心を和ませ、安心させているかがよくわかった。

彼女は2011年、今から6年前の12月30日、自分の誕生日の日にご主人を亡くした。
それもご主人の自殺という悲劇で。
ご主人は旧ソ連時代を画家として生きた人であった。
「ソ連からロシアにかわっても、何も変わらない。何も変えることができない」
という言葉を残して亡くなった。享年63才。ソ連崩壊から20年後だった。
戦後生まれの、自由な世界に育った私には、その“辛さ”や“無念”を想像することだけでしか理解できないが、『今、この自由な世界に在ることの幸せ』を身に染みて感じるできごとであった。

言うに言えない辛い経験をした彼女が見事に立ち直っていった経過を知っている私にとっても
彼女の再婚はこのうえもなく嬉しい。
自由を享受できるイギリスで愛する人との新しい生活を始めた彼女。
大きな拍手と心からの祝福を送りたい。

クリスマスランチに行く自動車の中で、サーシャとの出会いから今までのことを思い出していた。




by PochiPochi-2-s | 2017-12-25 23:37 | 日記 | Trackback | Comments(6)

『さむがりやのサンタ』



「今日はクリスマス・イヴやけど、日曜日やからいつものように泳ぎに行く?」
朝食時、日曜日午後の水泳を”ルーティーン化“しつつある主人からのひと言。
「ええッ、こんな日にまで泳ぎに行くの?」
「とりたててこれといった用事もないし。行くのいや?」
そこまで言われたら……。
行くことにした。
クリスマス・イヴに水泳。
これもいいかと。

食事が終わって片付けている時、
ふっと「自分の子供の頃のクリスマスってどんなだったのだろうなぁ」と思った。
私にはクリスマス ツリーを飾った思い出もないし、
この日にサンタさんからのプレゼントをもらった思い出もないなぁと。
昭和20年代から30年代にかけての時代。
しかも周囲は田んぼや畑ばかりで、町の中のようなデパートやきれいなお店もなかった。
クリスマスの飾り、クリスマスソングなど見たことも聞いたこともなかったように思う。
クリスマスよりもお正月。
”♪ジングルベル“よりも”♪もういくつ寝るとお正月“の歌の方が馴染みがあった。
そんな時代だったのかもしれない。

ふと京都(市内)生まれ大阪(下町)育ちの主人に聞いてみた。
「子どもの頃、ジングルベルが鳴り、きれいに飾られたお店があった?
クリスマスツリーを飾ったことある?サンタさんからのプレゼントもらったことある?」
以外にも返事は「あった」だった。
やはり都会と田舎では違ってたのだなぁと思った。
私のクリスマスは、町のお城の近くにあった高校に通い始めた時からはじまった。
通学のために乗った市電は町一番の繁華街を通っていたからだった。
クリスマスの時期になると、デパートはきれいに飾り付けられていた。
キラキラと輝き、きれいだった。
今でもよく覚えている。
大学生になり、大阪や神戸で友達たちと一緒に過ごすクリスマスは、それこそ華やかだった。
振り返ってみれば明るく輝く楽しい時間だったなぁと思う。


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子ども達が小さかった頃クリスマスが近づくと、
特に、本が好きだった娘がこの本を持ってきて、お父さんに読んでもらうのが好きだった。
なんとも言えないユニークな可愛らしい性格とその絵。
子供たちは3人ともどの子もこのお話がほんとうに好きだった。
文字が少なく、言葉は面白く短い。
描かれた絵は美しい。
サンタのおじいさんのモノマネをしながらおもしろおかしくジェスチャーを交えて読み進める主人の読み方にみんな大笑い。
そのうちにページを開くと、子供達は目を輝かして、時には覚えたセリフをお父さんと一緒に言い、同じジェスチャーをしておおふざけにふざけながら楽しんだのだった。
今振り返ってみると、楽しくもおもしろい幸せな時間だったなぁと。
サンタさんからもらいたいプレゼントを聞き出すのがちょっと大変だったなぁと。

この本はいまリョウちゃんの大好きな本。
先日もお母さんに読んでもらって大喜びしていた。
娘の読み方、サンタのおじいさんのセリフの喋り方は、当時の主人とそっくりだった。
へぇ〜と、またまたびっくりし、心の中でひとりひそかに大笑いしていた。
彼女もきっとその時の楽しかったことを思い出して読んでいるのだろうなぁ。
親子2代に渡って共通の絵本があるのは幸せなことかもしれない。

水泳のあと、デパートに寄り大好きなイチゴフレーズのショートケーキを2つ買った。
二人でゆっくり音楽を聴きながら静かにクリスマス・イブを過ごしたい。

メリー クリスマス!



by PochiPochi-2-s | 2017-12-24 19:54 | 読書 | Trackback | Comments(4)
ルンルンルン🎶
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「柚子の香りってめっちゃいい香りやなぁ。部屋中に広がってるわ」

朝食後すぐに柚子のマーマレードを作り始めた。

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まずは一つ一つを半分に切り、柚子の汁を絞り、
去年この柚子を送ってくれた友人に教えてもらったとおりに柚子酢を作った。
去年はこの柚子酢は何かと重宝し、こんなにおいしいものを教えてもらって嬉しかった。
特にこの柚子酢の合わせ酢で味付けしたちらし寿司はさっぱりしていてとてもおいしく思った。
使い切ってしまった後の残念さは例えようがなく、なんとなく寂しい思いをしたのだった。
だから今年は大切に、考えながら使おうと思っている。

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「すごいなぁ。なんでそんなに細かく刻めるの?」
二階の自分の部屋から下に降りてきた主人が言った。
柚子の皮を細かく刻むのは嫌ではなく、どちらかと言えば好きな作業である。
何も考えず、一心にただひたすら黙々と皮を刻む。
今日はなぜか歌を歌いたくなり、小さい声で歌いながら皮を刻んでいた。
とんとんとん、トントントン、トントントンと。
”何故だかわからないけれど、この刻んでいる時間が好きなのだ“と今年も思った。
2、3度水を換え、2、3時間水に浸しておく。種も水に浸しておいた。

夕方やっとマーマレードができた。
なんとも言えない柚子のいい香りが、一日中部屋いっぱいに広がっていた。
表現しがたいほどいい香り。
私の指先にまで柚子の香りがうつっている。
幸せを感じる香り♪
「さあ、明日からはこのマーマレードが楽しみだ」と嬉しくなったのだった。
このマーマレードを使ってあれも作りたいこれも作りたいと、
次から次へ作りたいものが浮かんでくる。
幸せな瞬間である。
昨日今日と柚子に香りに包まれた楽しい2日間だった。

わざわざ柚子を送ってくれた友人に感謝。
マーマレードを作れる幸せをくださってどうもありがとう。




by PochiPochi-2-s | 2017-12-23 23:25 | 趣味 | Trackback | Comments(12)

冬至 - 柚子の贈り物 -

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冬至の朝陽
(午前8時過ぎ、主人が自転車トレーニングの帰りに撮影)

今日は冬至。
きれいな夜明けだった。
寒くて冷たい明け方だったが、日が昇り、リビングのガラス戸に日があたりはじめると
部屋は徐々にぽかぽかと暖かくなり、ありがたいことに暖房がいらなくなる。
いつもの自転車トレーニングの折り返し点からの、「着いたわ。これから引き返す」との
主人からの電話に、「今日は冬至よ」との私の返事。
帰り道、慌ててカメラを取り出し朝陽の写真を撮ったという。
今日は一年でもっとも昼が短く、夜が長い。今日を境にして再び日が長くなっていくので、
古代では冬至が一年のはじまりだったと言われている。
冬至といえば柚子湯。
今夜はほんの少しのゆずを浮かべた柚子湯でゆっくりと温もろうと思った。

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今日は嬉しいことがたくさんあった。
その中のひとつ。
お昼前友人から嬉しい贈り物が届いた。
「まあ!」
無農薬の沢山の柚子、レモン、ネーブル そして 自家製のお味噌。
冬至に柚子の贈り物とは!
こんな嬉しいことはない。
友に感謝。

「さあ、明日は忙しいぞ。
柚子酢を作り、柚子のマーマレードや以前から作りたかったレモンカードを作りたい」

部屋に広がる柚子の香りに気持ちが豊かになり、心が弾んだ。

If Winter comes, can Spring be far behind?
冬来りなば春遠からじ
- シェリー (英・詩人)「西風に寄せる歌」より -

寒い冬の後には必ず暖かい春がやってくる。
このフレーズを胸にこれからの寒い冬を過ごしてゆきたいと思った。


More アップルパイを持って
by PochiPochi-2-s | 2017-12-22 22:37 | 季節 | Trackback | Comments(8)

生きている喜びを感じられるように生活したい


by PochiPochi-2-s