<   2017年 02月 ( 21 )   > この月の画像一覧

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《開花しはじめたセリバオウレン》


今日で2月も終わり。
あっという間に過ぎ去ってしまったが、今日は朝からとても暖かい。
先日まだ頭が持ち上がったばかりだったセリバオウレンが開花しはじめている。

今日は 詩人 まど・みちおさんが104歳で亡くなられた命日の日。
明治42年に生まれ、平成26年2月28日に亡くなられた。
明治、大正、昭和、平成と、実に4つの時代を生きられた。
この4つの時代をどのように考え、どのように感じて生きてこられたのだろうか。
戦後生まれの私には到底知りようもない深い思いで、真摯に、純粋な気持ちで
生きてこられたのだろうと思う。
この詩人に関しては、人それぞれ思うところがあるだろうが、
私にとってはやはりいろんな詩(歌)が印象に残っている。
3人の子育てをしている最中に出会ったさまざまな歌が、いま頭に浮かんでくる。
「ぞうさん」、「やぎさんゆうびん」、「おにぎりころりん」、「一ねんせいになったら」、「ふしぎなポケット」など。
幼稚園や家で、大きな口を開けて、大きな声でリズムをとって歌っていた子供たち
の様子が今でも目に浮かぶ。
今更ながらにその詩人の純粋な心、自由な感性に深く心を揺さぶられる。
所有している彼の本から好きな詩や文章を2、3選び、ここ載せておきたい。
そして、静かに冥福を祈りたいと思った。

* * *

「ぼくがここに」

ぼくがここに いるとき
ほかの どんなものも
ぼくに かさなって
ここに いることは できない

もしも ゾウが ここに いるならば
そのゾウだけ マメが いるならば
その一つぶの マメだけ
しか ここに いることはできない

ああ このちきゅうの うえでは
こんなに だいじに
まもられているのだ
どんなものが どんなところに
いるときにも

その「いること」こそが
なににも まして
すばらしいこと として

(「言わずにおれない」)

* * *

「虹」

色というものは、大きな自然の光の中に置いておくと、ピカッとひとつの色で終わるということはありえません。忘れていたことをふっと思い出すそのときも、お恥ずかしいこと、素晴らしいこと、大失敗したこと、楽しかったことなど、本当に虹のように、いろいろな色に思い出されます。そのおかげでこの世の中は楽しくなるんです。
虹は、赤、橙(だいだい)、黄、緑、青、藍(あい)、菫(すみれ)の七色でできています。虹を描くときは、この順に半円で描くのが普通ですし、そうだということに慣らされております。でも私は、ふざけて順番を変えたり、まっすぐに描いたりして面白がっておるのです。
私は虹の色彩が大好きです。色彩がなかったら私は耐えられないかもしれません。この部屋におりますと、大きな虹は見えませんからむなしくなりますが、ランなどの花は虹の香りがするものがあって、そういうものがあると、「こういう虹の香りのする絵が描きたいなあ」と思ったりします。
大きな虹は見えませんが、小さな虹はいつも身近にあります。自分自身がさまざまな色を持っておるのです。自分のまつげのところにはいつも虹がある。涙が出さえすれば、まつげのところに小さな虹が出るのです。私は見えませんけれども、自分のまつげのところに、今虹が出ておるなと思うと、本当にできているようです。涙というのは涙を出した本人にはとっても身近なもので、本人が頼りにしているもので、最後の一滴のようなものです。ああ、涙が持っている虹っていうのは素晴らしいですよ。
体からは、汗が出たり、おしっこが出たり、大便が出たり、あくびが出たり、しゃっくりが出たり、いろんなものが出てきますけど、そういうもののひとつとして、いちばんひんぱんに出るのが涙じゃないですかね。年寄りになってくると、本当にうれしいときにもいい顔をせずに涙を出すようになります。私もそうです。かなしいときも、うれしいときも、まず涙が飛び出します。おそらく、どんな人でもそうだと思います。どうしてだかその理由はわかりませんが、体ってそういうものがそういうふうにつくられているにかもしれません。
涙でなくても、松の葉っぱからしずくが落ちようとしているときにも、朝露なんかにも、虹が見えます。ふつうの光と思っておっても、角度を変えたらみんな虹に見えるんですよ。朝焼けも夕焼けも、あれは虹の色です。虹はいつも目の前にあるのだけれど、そのことに関心をもたないで何かをしているときには見えません。ふっとものを考えたり、寂しいな、どうしようかなと思ったりしているときには虹が見えるわけです。それは、虹を見たいという気持ちがあるからですね。ちょうど、誰かに会いたいなと思ったら、その人の顔が見えてくるようなものです。
虹は本当に素晴らしい。その真下に赤ちゃんを抱っこしたお母さんがいるとなお素晴らしいなと私は思います。そういう、お母さんが子どもにおっぱいをあげているようなやさしさというのは、人間だれしもが持っているはずです。世の中はいろいろ大変ですが、人間だけが生きているんじゃないんですからね。全ての生き物が生きているんですから、いのちの全部に感謝しながら暮らしていくことで、自分もほかの人も幸せになるんじゃないかと思います。(「百歳日記」)

* * *

「絵は本職ではありませんが」

私は詩人と呼ばれておりますが、ほんとは絵のほうが好きなんです。絵はぱっと見たらわかりますね。ぱあっと目に入って、あとからじっくり考えることはあるでしょうけれど、誰にでもわかります。詩はじっくり読まなきゃならないから時間もかかります。読む人が努力をしなくちゃならんのです。
絵はいつも描きたいと思っておりますし、描くのを楽しんでおります。一日に何枚も描くこともあります。とにかく、何か描いたものが自分なりにでも、あるひとつの世界になっているというものがいちばん素晴らしいですね。絵を描き終わったときに「ああ描いたな」と思えるときにはいい気分です。だけれども、「大したもんじゃないな」と思うときは寂しいもんです。
最近はハートを使うことが多いですが、ハートの形は心臓の形ということなんでしょうね。あらゆるところにみなさんがハートを使っているのに、それを利用しない手はないと思ってね。でも、使うにしても、ふつうとは違うような使い方をしてやりたいと思っているんです。自分だけの使い方ができたらなあということです。
マルもたくさん使います。マルは贅沢ですよね。無駄がない。マルは全部マルの中に入ってしまいます。マルに生まれてマルに終わるのであります。マルを使っていちばん描きたい絵はもう頭の中にあるんです。見えないくらいに小さい極小のマルを描いて、スケッチブックよりも、もっと大きい極大のマルを描きたいんです。けれどとってもできないですね。
色もつけておりますが、何色が好きかとは言えません。好きな色は日によっても、体調によっても変わります。例えば白のそばに赤があったらそれはそれでいいし、同じ赤でもその周りに別な色があると、その色との関係である感じが生まれます。その色だけでどうこうはいえんのです。もちろん白いところも利用します。もとの紙の白、修正液の白。白は白でいろんな感じるものがありますから。白という色の単調さをあえて生かしたものを描きたいと思うのです。
私も忙しいもので、絵を描こうとしているときに、ちょうど「石田さん注射ですよ」とくるから困ります。体温を計ったり、脈拍を計ったり、本職の病気が忙しくてそれに支配されております。絵を描くのは本職ではありませんからね。(「百歳日記」)




by PochiPochi-2-s | 2017-02-28 15:36 | 読書 | Trackback | Comments(8)
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「あっ、キビタキ ジョウビタキ!」
朝食を食べようとしていた時だった。
向かいの屋根の上をぴょんぴょんと飛び跳ねるようにして移動していた。
慌ててカメラを手に取り、リビングの中から写真を撮る。
望遠レンズのピントがなかなか合わない。
ぴょんぴょんと跳ね、すばやく動き回る。
難しいなぁ〜。
やっと撮れたがピンボケ状態。
まあいいっか!

※ キビタキじゃなくジョウビタキではないですかとのアドヴァイスをいただき
確認しましたら、ご指摘どうりジョウビタキでしたので、訂正しました。(2/27・記)
尚参考までにウェブサイトからキビタキの写真を拝借し、ここに載せておきます。


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キビタキの詳しい説明は ここ
ジョウビタキの詳しい説明は ここ



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左から リョウちゃん、ハルちゃん、アサヒちゃん



また、キビタキが飛んできた日はハルちゃんとアサヒちゃんが遊びに来る日だった。
「たまたま二人とも、久しぶりにサッカーの練習も試合もないから行くわ」と、
先週 長男からメールが届いていた。
リョウちゃんの、ハル兄ちゃんアサヒ兄ちゃんと遊びたいという希望をかなえて
あげようと思ったのだろう。娘と前もって連絡していたらしい。
昨日彼女からもメールが届いていた。
「Mさんと二人で病院に行っている間、リョウちゃんを預かって欲しい」

「こんにちは。今日は一人でおばあちゃんの家でお留守番やねん。
好きなものいっぱい持ってきたよ。ハル兄ちゃんとアサヒ兄ちゃん、来るの?」
朝10時半過ぎ、先ずリョウちゃんがやってきた。
新しく買ってもらったリュックの中の大事なものを一つづつ取り出しては見せ、
おしゃべりをする。

「おばあちゃん、来たよ。こんにちは。リョウちゃんは?」
11時過ぎハルとアサヒがやって来た。
リョウちゃんの嬉しそうな顔。
パッと輝いた。
お昼を食べてから近くの公園に行こうかと五月山公園まで出かけ、
サッカーをすることになった。
なんと一人前に真似をしようとするではないか!
ハル兄ちゃんの後ろにくっついて一緒にボールを蹴る姿は、見ていて微笑ましい。
アサヒ兄ちゃんも負けじとリョウちゃんにボールの蹴り方を教え、
リョウちゃんの方に優しくボールを回す。
時々はかっこよくリフティングをしてみせる。

ふっと思った。
「3人ともみんな保育所育ち。自分より小さい子の面倒をみたり、遊んであげたり
するのに慣れているんだなぁ。また小さい子も大きいお兄ちゃんお姉ちゃんたち
一緒に遊ぶのに慣れているんだなぁ」

久しぶりに賑やかな、明るい子供達の声で満たされた、疲れたけれど楽しい時間を
プレゼントされ、嬉しい一日だった。

至福の時間をくれたみんなに感謝。


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リョウちゃんがボールを蹴った!


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ドリブル、ドリブル。
前にしか進まないドリブル。



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リフィテングしてみせるアサヒちゃん
何をか言いたげなハル。

お父さんの姿にそっくりになってきた。
身長が160cmを超えたという。
4月からは中学生。
時間の経つのが早すぎる‼︎




by PochiPochi-2-s | 2017-02-26 23:15 | 日記 | Trackback | Comments(10)

会議で神戸に行きます

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アンコールワット
初めてセンターにあった時に贈られた木彫りのプレート



〈お母さん、今晩は。連絡が急ですみません。今日から26日までに私は神戸ポートアイランドでに会議に参加して神戸に参ります〉

22日(水)夜遅く、ホアさんからメッセージが届いていた。
「あらっ、出張で日本に来たのかしら。そういえば以前も急な連絡だったなぁ…」
気がついたのは翌日遅くで、あわてて返事を返した。

= 以前のメール =
〈今、インチョン(仁川)国際空港にいます。東京に出張で、その前に2日間神戸に
滞在します。お母さんに会いたいので時間ありますか?〉

この時は、関空からの神戸行きリムジンバスに乗るからと再び連絡があり、急遽三宮で会い、ランチを食べながら一時間ほど話をしたのだった。
カンボジアに帰国してから丸3年ぶりの再会で、聞きたいこと、話したいことが山ほどあった。この時から一昨々日(22日)までさらに約2年半が経っていた。

20年前今の町に引っ越してきた時、何か新しいことをしたくて国際交流センターのボランティア活動に参加し、留学生の世話をするホストファミリーを引き受けたのだった。時々家での食事に招き、できるだけ日本語で話を聞いてあげるという簡単なものだった。まだ見ぬ国、知らぬ国から勉学のために来日したたくさんの若い人たちと知り合うのは、当時 子育てからほんの少し手が離れかけていた私にとっては、かなりの刺激になり興味津々なことであった。

カンボジア出身のセンターは、初めて世話をした留学生だった。人懐っこくて憎めない、おとなしくて優しい性格の学生だった。その彼が、その後彼自身にとっても予想外の長期にわたる日本での学生生活、社会人生活をおくり、結婚した相手が同じカンボジアからの留学生のホアさんだった。

ホアさんは高校でカナダに留学、その後続いてカナダに滞在しトロント大学を卒業した。一度カンボジアに帰ったが仕事がなく、再び奨学金を得て日本に留学。神戸大学の博士課程に通っている時にセンターと知り合い、結婚した。二人はお互い協力しながら、神戸で結婚生活と勉学を両立させ、カンボジアに帰る時には二人とも博士号を取得し、女の子二人・ナナちゃんとニニちゃんのお父さんお母さんになっていた。

現在センターは、カンボジアで起業し会社経営をしている。一方 ホアさんは政府の行政機関で働いている。私個人としては、現在のカンボジア政府や留学生たちの意識に首をかしげることも多々あるが、この夫婦に関しては 若いけれども実に見事な生き方であると思っている。自分たちの国を少しでも日本のような国に近づけたいという気持ちで一生懸命働き、子育てをしている彼らを見ていると、つい応援したくなってしまう。

あの時から2年半。ぜひ会って話をしたい。今回も聞きたいこと、話したいことがたくさんある。しかし、残念ながらお互いの時間の都合がつかない。会議は朝から始まり夜の7時か8時まで続くらしい。メールでまたの再会を約束したのだった。
彼女は少しだけれど私たちのために持ってきてくれたカンボジアのお土産をわざわざ郵送してくれるという。それほど世話をしたと思えない私たちをいつまでも"お父さん、お母さん"と呼び、義理がたく日本に来るたびにお土産を持ってきてくれる。その優しさに応えるためには、今度は私たちがカンボジアに彼女たちを訪ねるべきだろうと秘かに思っている。

明日はきっと、郵送されるお土産を待ちながら、今までのことを思い出して過ごすことだろう。

彼らの幸せを祈りたい。




by PochiPochi-2-s | 2017-02-24 23:12 | 日記 | Trackback | Comments(6)

白梅を描きながら

昨日は絵の教室だった。
この10日ほど いっときたりとも気の休まるときはなかったが、
幸運に恵まれて、エイちゃんも娘も、今のところは問題なく過ごせている。
みんなから守られているということの幸せを思いながら絵の教室に急いだ。
久しぶりに 心が弾んでいた。
教室に入ると、先生はいつものようにたくさんの画材を持って来てくれていた。
その中に白梅があった。
ここ2、3日なぜか白梅を描きたいと思っていたので まずは白梅をと思い手にした。
椿と同じように、この時期、毎年、白梅を描いているように思う。


今日午後から 昨日教室で完成しなかった白梅の絵の下絵の続きを描きはじめた。
白梅を描きながら、様々なことが心に浮かんでは消えていった。


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《ノグルミの果実と朽ちかけた山繭》


「ほら これ、見て。山繭の枯れた状態やねん。この前持ってきたウスタビガの繭
同じような色をしていて、同じように木の枝にぶら下がっているのやけど、ひとつ
だけ違うところがあるんやわ。山繭の方は、このように繭の周りに枯れた木の葉っぱ
をつけているんや。おもしろいやろう?誰か描きたい人にあげるよ」

「ええっ、そうなんや」

「ウスタビガの繭と山繭、この二つをどのように区別するのかなぁ」と思っていた
が、葉っぱがくっついているかどうかで判断するなんておもしろいなぁと感心した。

さて、誰が描くのだろうか?
山繭の中に、死んでひからびた、まるでミイラのような蛾が閉じ込められていた。
かわいそうに なんらかの理由でうまく羽化できなかったのだろう。
こんな時、手をあげるのは決まって私である。
描きたい気のある人は他にもいたと思うが、このことが嫌らしく返事がなかった。
ノグルミの果実と朽ちかけた山繭。
絵になるし、なぜ羽化しなかったのだろうと思いを巡らせながら描く時間の楽しさ。
なるべく時間をつくって描いて見たいと思ったのだった。


昨日のこと。
「今日は新しい販売員さんがいつもの場所で頑張ってBIG ISSUEを売っているかな」
そう思って電車を降り、改札口に急いだのだった。
でも、いつもの場所に行ってみると、そこには誰もいなかった。
「どうしたのだろうか 」
気にはなったがたずねる人もいなかった。
販売員が変わると同時に場所の提供を断られたのか、
それとも風邪をひき その日はどうしても休まなければならなかったのか…
考えられる理由はいろいろと思い浮かぶが、はっきりしたことがわからない。
2週間後の絵の教室の日まで待ってみることにしよう。
そう気を取り直して教室に急いだのだった。


先日のこと。
何時ものように自転車トレーニングから帰った主人が 家の前で誰かと話をしていた。
見るとはなしに庭から見ていると、うちから更に少し坂道を登ったところに住む高齢の女性と立話をしていたのだった。その歩く姿を見て、「杖をつきながらこの坂道を上るのは大変だろうなぁ」といつも思っていたその女性だった。

主人が家に入ってきて、感心しきりといった顔で私に言った。

「今さっき話をしていたおばあさん、突然話しかけられたんやけど、話の内容からすると多分80歳は超えていると思うが、その歳で東大阪にあるK大学で教えてはるんやて。ここから大学まで、あの足で杖をつきながら通ってるらしいわ。時々は孫が一緒に付き添ってくれるらしいが、びっくりしたわ。阪急で梅田まで出て、地下鉄に乗り換え難波まで。もう一度近鉄に乗り換え最寄のN駅まで。信じられへん。その元気さ、気力に脱帽や。何を教えてはるのか聞くの忘れたが、すごいことやと思う。私らも元気に頑張らんとあかんなぁ」

80歳をこえても、一人で3度も電車を乗り換え、シャキッとして職場に通う。
外見からはとてもそのようには見受けられないが、その気力は並大抵のものではないのだろう。元気に生き生きと暮らす、お手本にしたいような高齢の人たちが周りにいるということは、ほんとうにすばらしいなぁと、その時 深く心に残ったのだった。


「今日病院の帰り、もっちゃんが言ってたわ。エイちゃんの脳の検査が昨日あったらしいが、今のところ心配するようなことは何もない、順調やと。よかったなぁ。嬉しかった。みんなに守られていることの大切さを身にしみて感じたわ。ありがたいことや」

昨夜夕食の時、主人は私に嬉しそうにほっとした表情で言ったのだった。

「それからリョウちゃん、ひじきも切干大根もパクパク食べてたらしい。『やっぱりお母さんの炊いたひじきが好きらしいわ。私のは見向きもしないのに。味が違うのかなぁ』とモッちゃんが言っていた。筑前煮もよく食べていたらしいで。何よりもびっくりしたのは、この時期よく風邪を引くのに、こんな状態になってからは一度も風邪を引かず、聞き分けがよく、元気に保育園に通ってるらしい。あんな小さな子供でも、いつもと様子が違うということがわかってるんやなぁ。可愛いもんや。なんかいじらしいわ」

昨夜夕食後マカロニサラダをつくり、
今朝(2/23)、迎えにく主人に預け、娘のところに持っていってもらった。
マカロニサラダはリョウちゃんの最近のお気に入りらしく、娘は喜んでいたらしい。
今日も何も問題はなかったとのこと。ほっとした。

エイちゃんは強く生まれついたらしい。
それに幸運だ。
昨日娘は病院からの帰り、お父さんにもうひとつ嬉しい話をしていた。
私たちもよく知っている娘の高校時代からの仲の良い友人のR子が小児科医で、勤務先は違うが、現在NICU(新生児集中治療室)の担当医として働いており、なんでも相談にのってもらえるとのことだった。NICU担当の小児科医としてのさまざまなアドヴァイスをことあるごとに娘に送ってくれるらしい。

「エイちゃんは、どこまでも幸運に恵まれているなぁ」
嬉しい夜だった。


今日は朝から雨が降ったり止んだり。
時にはかなり強く降り、またしばらくすると青空が見える時もあった。
フジ子・ヘミングのCDを聴きながら白梅の絵の下絵を描いていると、
本当にさまざまなことが思い出され 一向に筆が進まなかったが、
まあこういうこともありかなと。

ほっとした安心感に包まれた時間だった。
窓際のブーゲンビリアとハーデンベルギアの花がきれいに咲いている。


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《ブーゲンビリア》



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《ハーデンベルギア》


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by PochiPochi-2-s | 2017-02-23 17:31 | 思い | Trackback | Comments(8)

視点が違えば

一昨日の月曜日(2/20)、少しほっとしたので何時ものように水泳教室に行った。
一月から始まった今期は、一つ上の段階のグループに入れられて泳いでいる。
一緒に移動させられたもう一人のMさんと私は、元からいるメンバーについて泳ぐのに必死である。毎回終了後、プールサイドに上がった時にはもうヘトヘトの状態だ。

「元のグループに戻ったほうがいいですか」
一昨日もH先生にたずねてみた。
「いや、私のグループでいいよ。だんだん慣れてきているから。せっかくここまで泳げているのに、息のつぎかたが悪いから体全体が立ちあがり苦しいのやわ。あとで横に立って教えるから。そうすればもっと楽に長い距離を泳げると思うよ」
H先生はそう言ってくれた。

「クロールを泳ぐ時は、あなたの場合は顔をまっすぐ下に向け、ほぼ真下を見ながら泳げばいい。手は高く上げるのではなく、水面ギリギリの高さでもでもいいと思う。そして水面に下ろした手をできるだけ前方に伸ばし息を吸う。そうすれば楽やから。
横に立って補助するから泳いでみて」

言われたとおりに泳いでみた。楽だった。
呼吸も“4回に1回”から“2回に1回”にすることに変えた。

ふっと思った。
クロールの泳ぎ方も、平泳ぎの足の使い方も、H先生の教え方は前の先生と異なる。
多分つまるところは同じことを言っているのだろうが、
表現の方法が異なるので、私には教え方が全く違うように思える。
H先生の教え方の方が、私には、クロールも平泳ぎも泳ぎやすい。

結局は同じ泳ぎ方でも、視点が違えば、教え方も違い、生徒には全く違った教え方に
見えるのかもしれない。
時々は先生が変わるのもいいのかもしれないと思った。
また、スキーと同じ。いろんな滑り方をしていくうちに滑れるようになる。
水泳もそうなんだと変に納得したのだった。

その日の午後、近くの小さな公園に梅を見に行った。
紅梅と白梅が咲きはじめていた。
ポチがまだ生きていた頃ここは毎日の散歩コースだったが、
その頃から何年経っただろうか。
今ではあまり通らない場所になってしまっていた。
久しぶりに見る梅は綺麗だった。


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by PochiPochi-2-s | 2017-02-22 22:45 | 思い | Trackback | Comments(2)

新たな出発の日

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今年もまた花芽がつき、
ここ1、2週間でずいぶん伸びてきた。



今日は娘の退院の日。
朝から雪が降っていた。
8時過ぎでデッキの上の温度計は1℃だった。
淡い、すぐにとけるような雪だなぁと思っていたとき、メール音が鳴った。

「赤ちゃんにはまだ会いにいってないけど、今のところ何も言われていないので問題なさそう。名前は『瑛士』と名付けました。瑛の字がきらきらとひかり輝くとか、珠のように美しいという意味で、武士の士で強くたくましく生きてほしいという願いをここめて」

娘からの、赤ちゃんの名前を知らせるメールだった。

早速電子辞書を取り出し漢字源で調べて見た。
そのとおりのことが書かれていた。
「キラッとひかり、強く生きてほしい」と思っての命名なのだろう。
名前にこめられた親の気持ちを素直に受けとめて強く生きてほしいと、
私たち、お爺ちゃんお婆ちゃんもまたそのように願った。

さしずめこれからは、" エイちゃん "と呼ぼうと決め、
小さい声で何度も何度も言ってみた。
エイちゃん、エイちゃん、エイちゃん………
「みんなに守られてしっかり生きるのよ」
心の中でそおっと呼びかけた。

窓辺に置いていた欄の花芽が今年も元気に伸びはじめた。
この花芽が大きくなり花が咲き始める頃、
エイちゃんも無事育ち、保育器から出て退院できるだろう。

嬉しい新たな出発の朝だった。
今日はリョウちゃんも大喜びだろう。
雪は午後からはすっかりやみ、きれいな青空が広がった。

さあ、明日からは忙しくなるぞ。
少しぼんやりしていた年寄り夫婦の生活が、
ほんの少しだけピリッと引き締まったように感じた。



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by PochiPochi-2-s | 2017-02-21 15:56 | 思い | Trackback | Comments(12)
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《テイカカヅラとウスタビガの繭と蔓》



今日やっと気持ちの余裕ができ、中断していた絵が完成した。
テイカカズラとウスタビガの繭と蔓。

先週の日曜日(真夜中)から一週間が過ぎた。
この間、事態はめまぐるしく変わり、状況判断は難しいものだったが、
運を天に任すしかなく、何事も医師を信じて指示通りに動くしかなかった。
そのような中でも、本当に小さい生命が必死に生きようとしている様子を、
母親である娘から聞かさせるたびに私たち夫婦は心を深く動かされたのだった。

病院に行った時、今日も、娘は私たちに言った。

「お母さん、赤ちゃんは母親の匂いで自分の母親かどうかを識別するんやて。
それから母親の声はわかるが、残念ながら父親の声は分からないらしい。
このことを今日お医者さんから聞いてびっくりしたわ。
同じ思いをしているのに、父親ってかわいそうやなぁ

赤ちゃんが生まれてから 今日で 5日が過ぎた。
あと2日、何も難しい事態が起こらなければひとまずは安心ということらしい。
「がんばれ!」
毎日 心の中で声をかけている。
この小さな生命が与えてくれる感動と喜びは何物にも代えがたい。
深く心を動かされる毎日である。

そのようななか、
少し心に余裕ができ、描きかけ中断していた絵を今日はやっと完成した。
まだまだ修正したいと思うところがあるが、ひとまずはこれで終わりとしよう。

絵に動きがあるかな?
楽しそうに見えるかな?


* * *


《貰ってきたウスタビガの繭》
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【2/21(火) 追記】

YouTubeでウスタビガの羽化の映像を見つけたのでここに貼り付けておきたい。



《ウスタビガの羽化》






by PochiPochi-2-s | 2017-02-19 22:39 | 習いごと(絵・水泳) | Trackback | Comments(8)
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紫陽花の下のリュウキンカ

花が咲きはじめる。



朝、携帯をを手に取ると、画面に『雨水』の文字が表示されていた。

「日本の七二候を楽しむ - 旧暦のある暮らし - 」によれば、
雨水とは、降る雪が雨へと変わり、氷が解け出すころのことで、
昔からこの季節は農耕の準備を始める目安とされてきた。

「いよいよ春がやってきた!」
そう思うとなぜか心が弾むように感じた。
9時過ぎの、
「少しづつだけれど問題が解決されつつあるらしい」という娘からの
メールもまた私の心をさらに弾ませた。
心配事がまた一つクリアーされつつあるようだ。

庭に出て見ると、早春に咲く花がそれぞれ出番を待っているようだった。
今年は なかなか咲かなかった椿の花も咲き出した。


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椿

やっと咲きはじめた


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冬のクレマチス
アンスンフェンシス



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花海棠

花芽がかなり膨らんできた。
西行終焉の地・弘川寺と西行の歌が思い出される。


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啓翁桜

ずいぶん昔、
父の写真に供えたあと
何気なく植木鉢に挿し芽をするようにそのまま刺してみた。
驚いたことに、根が出てついたのだった。
その時以来、毎年春には花が咲く。



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宿根アネモネの花芽




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黄色い花のクリスマスローズ

買ってからもう何年経つだろうか。
毎年元気に花を咲かせる。



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バイモユリ

ここ2、3日で茎がグッと伸び、
今日は真ん中に花芽を発見!



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セリバオウレン

絵の先生にもらってから5、6年は経つ。
花後の姿がおもしろい。
まるでレンゲの花の後の姿ようだ。


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イカリソウ



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黄花イカリソウ

遠くに住む花友達からプレゼントされた。


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ヤマシャクヤクの新芽

今年こそ花が見れるだろうか?
咲いたら、絵に描きたい。




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フタバアオイの冬芽

吹きっさらしの中でも枯れない。
強い植物だ。



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椿の若木

朝見るともなく見ていると、
ケヤキの太い幹の横にちょこっと子供の椿の木を発見。
種が落ち、芽がでたものだろう。
強いなぁ〜と。



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ヤマアジサイ

切り忘れていたようだ。


More 《エビチリ》
by PochiPochi-2-s | 2017-02-18 13:14 | 日記 | Trackback | Comments(8)
今日は朝から信じられないほど暖かかった。
午後3時半で気温は17℃。
風はなんだか生暖かく、セーター 一枚で充分動き回れるくらいだった。

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《キクザキイチゲ》


この暖かさで一昨日頭をもたげていたキクザキイチゲが、
朝から花びらを開きはじめていた。
「わぁ〜! 頑張れッ!」
思わず声をかけたくなった。
それからしばらくして、娘からのメールが届いた。
「心配していたことがクリアーされたわ。強い子やわ」
一気に気持ちに弾みがつき、嬉しさで満たされた。

午後から病院へ。
娘のホッとした顔を見ているだけで、主人も私も嬉しくなった。
予測される問題がひとつひとつ解決され、良い結果が得られることほど母親を安心さ
ることができるものはない。どんなに小さくても母親の声がわかり、(赤ちゃんの)手足の動き方まで変わってくるという。今日は 笑っているような気がしたと、娘は嬉しそうに話していた。赤ちゃんの持つ生命力の不思議さを感じる。
今日で生まれてから3日目。
未熟児で生まれた赤ちゃんにとって、生後1週間が一番大切な時期だという。
娘の今日の話からは、今のところとりあえずの心配はなくなったらしい。
あと4日間、何も心配なことが起きなければまずはひと安心だと言っていた。
ほんの少しだけホッとして帰ってきたのだった。


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《セリバオウレン》


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帰宅後、ホッとしてブログを開いた
今日のpalletさんののブログ記事に「セリバオウレン」の写真を見つけた。
「ひょっとしたら、うちの庭のセリバオウレンも咲いているのでは?」
さっそく庭に飛び出て、枯葉を取り除いてみた。
「わあ! 咲きかけ!」
たくさんの花芽ができているではないか!
3つほど咲きかけの花も見つけた。
昨夜の天気予報では明日は今日以上に暖かくなるらしい。
明日はもっと花びらを開くことだろう。
でも、この花も咲くにはまだ少し早いような気がする。
あわてんぼうの早春の花はここにもいた。


More 『沈黙』
by PochiPochi-2-s | 2017-02-16 22:16 | 植物・昆虫・動物 | Trackback | Comments(8)
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《あわてんぼうのキクザキイチゲ》



朝 8時30分。気温3℃。
青空で天気はいいが、時々 雪がちらちら舞っていた。
庭に出てみると、
なんと!
キクザキイチゲが土の中から頭をもたげ、花びらを開こうとしていた。
「まだ"時"じゃないよ。あわてんぼうなこと!」
慌ててケヤキの枯葉をかけてあげながらふと思った。
「こんな早い時期に咲くなんて、何かいいことがあるのかも」

今日はヴァレンタインデー。
昨年はバロック音楽のコンサートを楽しみ、
今年はいつものレストランでのお昼のランチをと前々から計画を立てていたのだが。
予定は未定にして決定にあらず。
突然、全く予想だにしていなかったことが、一昨日真夜中から起こりつつあった。
そして今日お昼前、嬉しい知らせが届いた!
"ちょっとあわてんぼうの4人目の孫"が、突然、私たちのところにやってきた。

一昨日、日曜日から月曜日に日が変わる頃の真夜中、
娘からの突然のメールで始まったひと騒動は、紆余曲折の後、
"ちょっとあわてんぼうのニューフェイス"登場で喜びのうちに終息したのだった。
早産のためしばらくの間は保育器の中での生活になるが、
いまの「新生児医療」の技術は急速に進歩していると聞いている。
きっと健やかに成長してくれることだろう。

4人目の孫も『男の子』だった。
さて、どのような子供に育つのだろうか?
リョウちゃんの弟。
今から楽しみだ。

あわてんぼうのキクザキイチゲとあわてんぼうのニューフェイス。
うれしい小さな小さな春がふたつ 同時にやってきた日だった。



by PochiPochi-2-s | 2017-02-14 23:10 | 日記 | Trackback | Comments(16)

生きている喜びを感じられるように生活したい


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