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今日は1月最後の日、31日。
「一月は行く、二月は逃げる、三月は去る」と言われるように、
時間は流れるのように過ぎ去って行く。
年をとるとともに、この"時間の過ぎ去る感覚"は、
とてつもなく早くなっていくように感じる。

今日は、昨日までとはうって変わり、寒さがぶり返した。
朝9時でデッキの温度計は4℃。
かなり寒く感じた。
それほど日差しもなく、曇り空。
午後からも気温が上がらなかった。
めずらしく一日中ストーブをつけて過ごさねばならなかった。


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今年こそはと思い描き始めた南天。
「出来れば早くしあげたい」
そう思うのだが、思いがあちこちに飛び集中できず、いっこうに進まない。
今日も午後からほんの少しだけ描いてみた。
実の塊一房と、葉っぱを。
まだまだ時間がかかりそうだなぁ。
まあ 今週いっぱい時間をかけてゆっくりと描けばいいか。
そう思うとなんだかほっとして気が楽になった。

夜、偶然、 BSで、
「北アルプス稜線のふるさと ランプの山小屋だより」という番組を見た。
『ランプの山小屋・船窪小屋』を経営する共に80歳の夫婦の話だった。
20歳の時からこの山小屋を経営してきた奥さんと、その彼女と結婚したことで経営者になったご主人のこの山小屋への思い、特に80歳になったこの年が最後になるかもしれないという思い、この小屋を支える人たちの思い、この小屋に宿泊する人たちの思いや様子が語られ、美しい山の風景た高山植物雷鳥の親子などが映し出されていた。
登山者に対するこの夫婦の優しい心遣いは、宿泊する人たちの心に響き、何度も繰り
返しこの小屋を訪れるという。
「私も泊まりたかったなぁ」
番組を見ながら思わず山小屋の位置を検索していた。
何故か串田孫一『山の断層』を思い出していた。

奥さんはシーズン初めの山小屋開設の前日、80歳にもかかわらず歩いて山小屋まで登った。通常6時間のコースタイムのところを9時間かかったが自分の足で登っていた。
「ヘリコプターで運んでもらえるのですが、もったいないからね。
自分の足で登れる間は登ろうと思って」
この言葉を聞いた時、「すごい人だなぁ」と。
この言葉しか出てこなかった。
80歳とは思えない生き生きとした笑顔、話し方、立ち居振る舞い。
山小屋で提供する食事(夕食・朝食)のメニューも自分で考え、料理も自分で作る。
その心のこもった全て手作りの食事は、山小屋で出される食事とは思えなかった。
心の底から健康であるというのは、彼女のような人を言うのだろう。
決して80歳とは見えなかった。

一月最後の日に、心に残るすばらしい番組を見れたなぁとうれしかった。
久しぶりに寒かったが、いい日だった。

※ 平年より10日遅れで流氷が到達したというニュースがあった。
砕氷船に乗り流氷を見たの時からずいぶん年月が経った。



by PochiPochi-2-s | 2017-01-31 23:10 | 日記 | Trackback | Comments(10)

東山魁夷の絵を見に

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東山魁夷『清晨』
(購入した絵葉書より)



「次の土曜日か日曜日に東山魁夷の絵を見に行こうか?」
2、3日前に主人に誘われていた。
BBプラザ美術館で開催されている美術展のパンフレットがおかれていた。
『自然と人間 〈日本画との対話〉』
「おもしろそうな企画だなぁ。しかも 兵庫県立美術館の近く。行ってみたいなぁ」
そう思い、その時パンフレットを貰ってきていた。
土曜日のBS「エルキュール・ポワロ」はどうしても見逃せなかったの(大のポワロ
ファン!)で、日曜日に三宮でランチ、その後JRで灘駅まで引き返しBBプラザ美術
館へということになった。

パンフレットには次のように書かれていた。

〈日本画との対話〉と題した本展覧会では、自然と人間、その存在との関わりの探求をテーマに、………………………………………………………………………
日本画は、日本の風土や日本人の美意識、精神性によって育まれてきた絵画です。
多くの日本画家たちは、歴史に培われた伝統を受け継ぎながら、常に新しい表現を
切り開き、自然や自身との葛藤を繰り返しながら、今日に至っています。
今展では、四季折々の美しい自然に自らとの接点を築き、
その中に在る人間の存在を描き出してきた画家たちによる珠玉の作品群を紹介いた
します。
私たちの心に寄り添い、時に自己との対話の機会を与えてくれる日本画の世界を
お楽しみいただければ幸いです。

会場は春夏秋冬と分けられ、それぞれの季節を代表する絵が展示されていた。
よく知っている画家、あまり知らなかった画家15名の作品約30点。
全てこの美術館のコレクションだということであった。
一点一点見事な作品ばかりで見ごたえはあった。

小倉遊亀「古つぼと花」・ 東山魁夷「五月の山」「清晨」・ 山本大慈「牡丹」
加山又造「夜桜(春宵)」・ 平山郁夫「法隆寺」「東大寺南大門」
上村淳之「鶴」2点 「鴫」2点・ 奥田元宋「秋山雨収(奥多摩湖)」「遠山白雪」
などが印象に残った。(残念ながら写真撮影禁止なので、ホームページからどうぞ)
中でも、やはり東山魁夷の「清晨」と山本大慈の「牡丹」、上村淳之の「鶴」「鴫」
には魅了されてしまった。
しばらく絵の前にジーっと立ったままで動けなかった。
見入ってしまった。

東山魁夷は学生時代から今日に至るまで一番好きな画家。
何故好きなのだろうかといつも考えるのだが、よくはわからない。
好きだということに理由はいらないような気がする。
ただ、彼の描く絵の色調が好きなのかもしれない。
それと彼の書く文章が好きなのだと思う。
絵を見ていると、今までに彼によって書かれた文章を思い出す。
たとえ そのとき見ている絵と何ら関係のない事がらであっても、
文の中で書かれた彼の絵に対する考え方、表現方法などを思いだす。
「風景との対話」は、それこそ就職した年に買い、その時以来何度も読み返した本。
初めて貰った給料で、当時としては分不相応な高価な画集も買い、
うれしくて 毎晩 アパートで一人楽しんでいたのを思い出す。
この『清晨』をじっと見ていると、さまざまなことが心をよぎった。
そして、何だか静かな、清らかな、優しい気持ちになったのだった。

山本大慈の「牡丹」には、それこそ、心の底から見とれて。しまった。
絵の前から動くことができなかった。
その透き通るようなやわらかな花びらの描き方が、何ともいえず魅力的だった。
オーガンジーのような、向こうが透き通って見える透明感のある描き方。
優しいひらひらとした花びらの表現。
どうしたらこんな風に描けるのだろうかと、感動するとともに考え込んでしまった。
「もしこんな風な描き方ができれば、蝋梅の花も上手く描けるのになぁ」
出るのはため息ばかりだった。
諦めきれず、何度も何度もその絵に前に戻っては見入っていた。

上村淳之の「鶴」と「鴫」各2点。
その上品さと、野生の鳥の持つ目の鋭さに惹かれてしまった。
キリッとした、注意を払ういい目線だった。
地面を覆った雪の描き方も。
ああこんな風に描くのかと、ここでも見とれてしまった。

平山郁夫の「法隆寺」の絵も心に残った。
やはりあの独特の青い色が何とも魅力的だった。

日本画の良さがだんだんと分かってくるような年齢になってきたのかもしれない。
今使っている透明水彩絵の具とはまた異なる顔彩のもつ優しい色彩に魅かれる。
静かなそれでいて深みのある優しい色。
日本の風景、風物を描くのに適しているのかもしれないと思った。
先日の小磯良平記念美術館で見た洋画家たちの描く洋画(油絵)とはまた違った、
心の隅まで染みいるような優しさに包まれた時間だった。

いい一日を過ごせたなぁと、満足して電車に乗ったのだった。

※ シニア料金が適用され、入館料200円。(65歳以上を証明するものを提示)



帰りに買った一筆箋
小倉遊亀さんの『古つぼと花』
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More ⑴もう一つの絵画鑑賞 ⑵ もう少し頑張った
by PochiPochi-2-s | 2017-01-30 16:18 | 絵画 | Trackback | Comments(2)

梅の花一輪、咲いた!

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今年はじめて咲いた梅の花



朝起きると、とっても暖かいと感じた。
室温は15℃もあった!
外の温度計は、朝9時で すでに9℃になっていた。
天気予報の3月並みの気温というのは見事に当たった。
動いていても体がスムーズに動き、身も心も軽く感じられた。
自然と早春賦の歌詞、メロディーが心に浮かび、思わず歌ってしまった。
周りに誰もいなかったからよかったものの、ちょっと恥ずかしかった。

♪春は名のみの 風の寒さよ
谷の鶯 歌は思えど
時にあらずと 声もたてず
時にあらずと声もたてず

庭の花たちはどうかしらと、小さな庭に出てみた。
「まあ、寒さの中でも春の準備をしているわ!」
またまた嬉しくなり、さらに動きもスムーズになり、気分も明るく心も軽くなった。

人の気分というものはこれほど季節や温度に左右されるものなのだろうか?
あらためて思ったのだった。



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"リュウキンカ"



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紫陽花の根元に"リュウキンカ"、その前面に"忘れな草"

このリュウキンカには蕾がついている
もうすぐ咲くだろう

忘れな草は去年のこぼれ種から芽が出たもの
途中で一度植えかえた


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"バイモユリ"

毎年必ず花が咲く
この寒さでも元気だ!
今年こそは絵に描きたい



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"イカリソウ"

寒さで葉が真っ赤になっている!




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地植えの"クリスマスローズ"(白)

花が咲き始めるのは鉢植えのものより遅いが
その分 茎や蕾がしっかりしている。



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"キクザキイチゲ"

この寒さに震えながらも
必死に蕾を持ち上げようとしていた
かわいそうなので
ケヤキの枯葉を上にかけてあげた


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"オキナグサ"

枯葉を取り除いてみると、
なんと!
細かい産毛のような毛で覆われた新芽(?)を発見


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"ヤマシャクヤクの芽"


去年は期待したが咲かなかった
今年は咲くだろうか?
友人に株分けしてあげたので 咲くはどうかはわからない
でも、
期待度 "大"!

咲いたら絵に描きたい




More 描き始めた梅の花
by PochiPochi-2-s | 2017-01-28 18:30 | 日記 | Trackback | Comments(16)

感心したこと

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「ああ、今日も寒いのに売ってはるわ」

阪急川西能勢口駅西側改札から向かいのアステビル・川西阪急の方へと続く通路
(駅側)で、男の人がいつも立ちっぱなしでこのTHE BIG ISSUEを売っている。
雨の日も風の日も。寒い日も暑い日も。
特に冬場は、駅は高架になっているので、下からの吹き上げる冷たい風と、
この地域特有の西から吹く風でこの場所はいつも吹きっさらしになっている。
「一日中こんな場所で立ちぱなしで雑誌を売るのは、どんなに寒いことだろうか?」
そう思うと、他人事ながら心の中でつい声をかけてしまう。
「頑張って!」

絵の教室のある日は必ずこの場所を通る。
行きも帰りも。
これまでは気にかかってはいたが、勇気がなく素通りをしていた。
しかし、先日ちょっと勇気を出してTHE BIG ISSUEを買った。→
一昨日の絵の教室の日もかなり寒い気温の低い日であったが、
Sさん(名前がわかった)は寒そうではあったが元気にこの雑誌を売ってはった。
立ち止まって挨拶をした。
「最新号ともう一冊これをください」
「2冊も買っていただけるのですか? ありがとうございます」
「頑張ってくださいね」
短い挨拶だったが、なんとなく嬉しくなり気分よく絵の教室に向かったのだった。

家に帰り、落ち着いて読もうと表紙をめくって見た。
驚いたことに、
丁寧にきちっと書かれた文字で書かれた『挨拶文』の紙がはさまれていた。
販売者の名前もはっきりと書かれていた。
「ビッグイシューを購読と支援してくださった皆様方へ」
という書き出しで始まる文章には、
売り場を移動することになりこの場所は後任のものに引継がれると書かれていた。
(彼の新しい販売場所はまだ決まっていないらしい)
そして今までのお礼の言葉が書き添えられていた。

「極寒の候ではございますが、何かとお心にかけて下さいましてありがとうございます。………………皆様方のお力添えがあったからこそ続けることができ、ありがとうございました。皆様方の励ましと支援を無駄にしないためにもアルバイトを前提にビッグイシュー販売を続けていきます。鋭意努力していく所存でございます。………略儀な
がら書中をもってご報告御礼申し上げます」

なんと真面目な人なんだろう。
頑張って雑誌を売り、生活を立て直して欲しい。
この人なら、きっと再び元の生活を取り戻せるだろう。
今までの感謝の気持ちをこのようにきちっと文章にしてお礼が言える人は
本当に少ない。
思わず、うーんと唸ってしまった。
感心してしまったのだった。

この寒い日が続く中で、黙々と雑誌を売る人がいる。
負けないで頑張ってほしい。
いつか自分の力で生活できるようになって欲しい。

自分の今の生活がどれほど恵まれているかと、
改めて思い知らされた日だった。



by PochiPochi-2-s | 2017-01-27 23:23 | 思い | Trackback | Comments(6)

ストレリチア(極楽鳥花)

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ストレリチア(極楽鳥花)


朝から昨日描き始めた南天の絵の構図が気になり、もう一度描きなおしていた。
ああでもない、こうでもないと描いては消し、決しては描いた。
いろいろと考えて描きなおすのは好きな時間で、苦痛ではない。
感性にピタッとくる瞬間が心地よいのかもしれない。
ちょっと疲れてぼおーっとしていた時、ふっと新年会の時の会話を思い出した。

「先生、今 ストレリチアの絵を描いてるんですね」(Aさん)
「うん、そうやね。Aさんがたくさん抱えるようにして持ってきてくれはったから。
別名、極楽鳥花ともいうんや。極楽鳥のような形をしているから」
「そうなんです。こんなにして抱えて先生のところに持って行ったんよ」(Aさん)
Aさんはみんなにジェスチャーをまじえて説明をしていた。
そして今満開だと言っていた。
「その花は南の国で咲く花で、父が好きだった花なんです。
戦争で南方の島に行った時に見て、一目で気に入ったらしいです。
他人に言えないことを、この花を見て紛らわしていたのでしょう。
色といい、極楽鳥花という名前といい、魅力的な花やから。
和歌山の実家の庭に植えているわ。和歌山は暖かいから屋外でも大丈夫ですよ」(私)
「エ〜、そうなんや。そう言えばこのあいだ、誰か大谷美術館の庭にも植えられて
いると言っていたな 」(先生)
「たぶん西宮の海に近い場所だから、私たちの住んでいる所と比べたら暖かいので
しょうね」(私)

新年会でこの花が話題になったのだった。
Aさんは家でこの花を育てているという。
南アフリカ原産の花なので寒さに弱く、
植木鉢で育てて冬の間は家の中に入れていると言っていた。
確か2〜3年前にもこの花を教室に持ってきてくれたことがあり、
「父が好きだったから描きたい」と描いたことを、その時 思い出したのだった。

そうだあの父が好きだったストレリチアの絵を出して飾ろう。
部屋が明るくなり、こんな寒い時には元気が出るかもしれない。
そう思い、絵を出してきた。

絵を見た時、父の笑顔が脳裏に浮かんだ。
そして、優しい気持ちになれた自分を感じ、私もまた微笑んだのだった。



by PochiPochi-2-s | 2017-01-26 23:06 | 習いごと | Trackback | Comments(2)
外は相変わらず寒く冷たい朝だったが、
それでも今日はほんの少しだけ暖かく感じた。
久しぶりに青空が見え、白い雲が浮かび、太陽が照っていた。
ウッドデッキの温度計もマイナスではなくプラスを示していた。
南面向きのリビングには日が差し込み、部屋の中はまるで温室のように暖かかった。
「こんな日は できたらこの部屋の中で過ごしたいなぁ」と思ったが、
今日は絵の教室の日だった。

いつもよりひとつ早い電車に乗れた。
次の駅に電車が着いた時、読んでいた本から目を離し 何気なく前を見た。

「あらっ、なんと優しい顔ををしているのだろう。
電車の中でいろんな親子を見るけれど、
こんなに優しい感じのいい顔をした若いお母さんを見るのは初めてだ。
なんて優しい雰囲気を醸し出しているのだろう!」

目の前に座っている"お母さんと赤ちゃん"に魅了されてしまった。

お母さんの少し大きな、灰色の暖かそうなオーバー(?)の中に包まれて、
可愛い男の子の赤ちゃんがその優しいお母さんの顔をじーっと眺めていた。
信頼しきっている眼ざし。
まるでラファエロが描く聖母子の絵のような親子だった。

「この親子の姿を絵に描きたいなぁ。雰囲気だけでも覚えておきたいなぁ」

私の心の中の何かが動いたような気がした。
こんな気持ちになったのは、初めてだった。
本を読むのも忘れ、乗り換え駅までこの親子から目を離すことができなかった。
こんなことも初めてだった。

親子は周囲のことなど全く気にもせず、お母さんは赤ちゃんを、赤ちゃんは
お母さんを、お互いに見つめあっては微笑んでいた。

乗り換え駅で降りた時、
何だか私の気持ちがほんわかと温かくなっているのに気づき嬉しくなったのだった。
絵の教室ではいつになく自分からすすんでよく喋っている私がいた。
こんなことも初めてとは言わないが、私には珍しいことだった。

それほどすてきなお母さんと赤ちゃん、二人が醸し出す魅力的な雰囲気だった。

ほんの一瞬だったがいい時間だった。



《ラファエロの聖母マリア》
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(Web site より拝借しました)





by PochiPochi-2-s | 2017-01-25 22:44 | 習いごと | Trackback | Comments(6)
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ピンポーン。
インターホーンが鳴った。
「郵便局です。荷物が届いています」

開けてみると、
まあ、たくさんの金柑が!
友人Sさんが、お庭の無農薬の金柑をわざわざ送ってきてくれたのだった。
嬉しくてしょうがなかった。

昨夜から雪が降り続け、朝起きてみると再び一面真白な朝。
朝8時でウッドデッキの温度は-1℃。9時になっても気温は上がらなかった。
部屋の中もなかなか温度が上がらず 寒くていじけた気持ちでいた時に、
このうれしい荷物が届いた。
気持ちは一足飛びに急上昇⤴︎した。

さあ、作るぞ!
重さを計ってみると、約1.5kg。
以前から作りたかった"金柑の甘煮"と"金柑マーマレード"を作ることにした。
両方とも時間がかかるが、作りたい気持ちの方が優っていた。
運良く今日の外出予定はとりたててなかった。
たとえあったとしても、
よほど大事な用事でない限り、きっとキャンセルしたことだろう。
しかも、外では雪がチラチラ舞っている。
こんな日は台所で何かを作りながら過ごすのが一番だと、
お気に入りのエプロンをして、いそいそと取りかかった。
思った以上に時間がかかり 、夕方やっとできた。
味は抜群!
嬉しくてならない。
金柑の甘煮は、おやつに、お茶請けに、風邪をひき喉が痛い時に。
また、金柑のマーマレードは、朝食の時にパンややヨーグルトと共に。
また楽しみが増えた。
Sさん、本当にありがとう!
金柑にかかりっきりの楽しい時間を過ごせた一日、
心豊かな時間を過ごせた一日だった。



《金柑の甘煮》
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《金柑のマーマレード》
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More 再び 雪の朝
by PochiPochi-2-s | 2017-01-24 22:54 | 趣味 | Trackback | Comments(10)
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ドイツも寒いだろうなぁ。
雪景色・アンジーの家
前を流れるのは"赤ちゃんドナウ川"

ここウルム近郊の村は
ドナウ河の始まりの街のドナウエッシンゲンからはそれほど遠くない。
今年の雪はどうだろうか?

今日メールを送った。




「"おばあちゃんっ子"返上やね」
1時間の水泳練習が終わった後、H先生が声をかけてくれた。
「今日はよう泳げていたよ。みんなについていけてたもの。
ほんま言うたら、もうちょっと休みながら泳ぐかと思ってたんやけどなぁ。
頑張ったね」

嬉しかった。
先生のこのひと言で思わずニンマリ。
スキップしたくなるような気分だった。

「ああ今日は水泳の日だ。
またあのグループで必死にみんなについて泳がなければならないのか」
そう思うと、朝起きた時から何となく気分が重かったのだが、
一緒に移った仲間につられて泳いだのだった。
"なるべく ついて泳ごう"
合言葉だった。
確かに辛かった。
泳ぐ量、距離が違う。
でも、我慢してほんの少しだけ"根性"を出してみた。
そして思った。
「やればできるんだ。おばあちゃん子返上といきたいわ」
さて、来週はどうなることやら。

その後、ルンルン気分で仲良し4人の新年会を兼ねた食事会に行ったのだった。
60代2人、70代2人の4人の話題は尽きることがない。
1時間半、おかわり自由のバイキング形式の和食の店。
「もう時間です」と言われるまでお喋りに花が咲いた楽しい時間だった。

女性は本当によく喋る‼︎

* 朝9時の気温 −1℃


by PochiPochi-2-s | 2017-01-23 23:45 | 習いごと | Trackback | Comments(4)
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プラタナスの実
(2017/1/22・完成)



主人が所用で出かけ、午後からは全く一人になった。
「さあ、仕上げよう!」と、夕方まで黙々と描いた。
楽しい"ひとり時間"だった。




by PochiPochi-2-s | 2017-01-22 20:12 | 習いごと | Trackback | Comments(10)
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描きかけのプラタナス
左から3つ目が、実物の実。



年が開け 最初の絵の教室からもう10日間も経ったが、
今年初めて描く絵、「プラタナスの実」が、なかなか描けないでいる。
この実を描くのが2回目となれば、
不思議なことに、実そのものを描くのはそれほど難しいと思わなくなった。
しかし、絵全体のデッサンを考えると途端に難しくなってしまった。
ここに この実をおくとどうなるのだろうか?
いやこっちの方にもう一つ要るのではないか?
枯れた葉っぱがあればなぁ〜。
枝の先にくっつけるか下に落とせるのになぁ〜。
いやそうなれば、また全体を描き直さなければならなくなってしまう…
木の枝はどういうふうにしようか…
目の前に実物の枝があるのだが、その通りでもおもしろくないし…
時間はどんどん過ぎてゆくが、絵は遅々として進まない。

気が乗らないとはこういうことなんだろうなぁと思いながら、
こんな時にかぎって 心は自由に何処かへと飛んでゆく。
昨日、6月に開催予定の辻井伸行さんのヴァイオリンコンサートの申し込みがうまくいかなかったこともあり、彼が弾く予定の「ショパンの英雄ポロネーズ」や「ピアノ協奏曲第1番」のメロディーが頭の中を流れ始めた。
「ショパンか…、ポーランドに行ってみたいなぁ…」
そう思った時、
先日読んだ『「アウシュヴィッツを伝える」日本人ガイド中谷剛さんの20年』の記事
(婦人之友・2月号)を思い出した。
《中谷剛 (なかたに・たけし)さん 1966年1月神戸市生まれ》

記事の初めに書かれていた。
〈1月27日は、72年前にアウシュヴィッツ強制収容所がソ連軍により解放された日です。ナチスドイツがユダヤ人など、社会から排除しようとした多くの人をガス室で殺害した場所で、現在はポーランド国立博物館。ここの公式ガイド中谷剛さんに、歴史を伝える仕事について聞きました。〉

アウシュヴィッツについて初めて知ったのはいつだっただろうかと考えてみた。
子供時代、『アンネの日記』を読んだ時だと思う。衝撃を受けたのを覚えている。
その次は、大学生のころ。
ヴィクトール・フランクルの『夜と霧』を読んだ時。
教育学科だった友人が教育心理の授業で読むように言われ、たまたま読んでいた。
その後、友人から借りて読んだのを覚えている。
自らユダヤ人としてアウシュヴィッツに囚われ、奇跡的に生還した著者の記録。
原題は『強制収容所におけるー心理学者の体験』
「限界状況における人間の姿の記録」であると言われている。
もう一度衝撃を受けた。
また 昨日も書いたメミングさんとの話の中でも、アウシュヴィッツの話は出てきた。
ドイツの戦後教育の一環として、公立学校の先生は生徒の在学中に必ず一度は彼らを
強制収容所に連れて行き、そこで施設を見学しながらナチスが戦争中に行なったことを教え、学習させると。

中谷剛さんは1997年、アウシュヴィッツ博物館のガイドの試験に合格した。
しかし、彼がインタビューで言っている。
「自分は歴史学科も出ていないし戦争にも興味がなかった」
では、何故?
冷戦の時代の学生時代にポーランドを旅して、ポーランドの国民が密告を恐れて互いを信じない様子に疑問を感じ、それならいっそ「よそ者」が住んでやっていけるか実験してみたくなったと思ったという。そして25歳で会社を辞め、ポーランドに渡って暮らし始めた。人類に対する挑戦みたいな気持ちだったという。
彼にはよほど勇気があったのだろう。

彼はこのインタビュー記事の中で言っている。
・僕が一番うれしかったのは、博物館で案内を始めて数年後、生還者で案内していた人に認めてもらえたことです。
「がんばりなさい」みたいな感じで励ましてくれた。
・強制収容所の生還者の証言会をするときに………… 「中谷が間に入るならやってもいい」と言ってくれる人もいます。それは、言葉が上手だとか知識が豊富だとか、そういう基準ではないのです。僕の案内を聞く訪問者の表情を彼らが見ていて、彼らが直感的に判断することのような気がします。
そうした信頼を何か彼らから受けている間は、私がアウシュヴィッツを案内してもいいのかなと思っています。
・「アウシュヴィッツ博物館も、何が起きたかを調べて伝えることから、なぜこうなったのか、なぜ誰も止められなかったのかを考える時代に入っている」ということに関しては 、
「私は日本人だから感情がまじらないけれど、ヨーロッパの人にはびんびん響く、だからこれは挑戦ですけれど、各国が加害性に向き合うようになってきて、次の段階に進むことを可能にする土壌がEUの教育で培われてきたのでしょうね」
・「ヒトラーひとりの問題ではなかった」という問いに関しては、
「あ、まずいなと思ったときになぜ方向転換できなかったのか、考えていく必要があると思います」
・「中谷さん自身は、この20年ガイドを続けてきて、何を学び、何を深めたと思いますか?」という問いに関しては、
「うーん、歴史と対峙することによって、自分がいまどこにいるのか位置づけしやすくなって、自分がいま何をやらなくちゃいけないのかが何となく見えてきました。
大きなことはできませんが、私が歴史に触れながら元気を持ってガイドをやっていくことで、接した人に何かプラスになるんじゃないか。それが広がっていけば、傷つけあうのではなく譲り合えるのではないでしょうか。むごい目にあいながら元気を持って生きてきた人たちから、私はたくさんの勇気をもらいましたから」

2011年 長い間の夢であったプラハを訪れることができた。
そのとき、ポーランドにも足をのばしたかったが、グループツアーゆえその時間はなかった。メミングさんとアンジーを訪ねた時も、何とかアウシュヴィッツだけでも行くことができないものだろうかと、地図の上に線を引き旅程を練ったものだった。
しかし、その時も、時間的に無理であることを納得しなければならなかった。
今回この記事を読み、「やはりポーランドに行ってみたい。アウシュヴィッツ博物館はぜひ訪れたい」と思った。

近いうちに必ず行ってみたい。
今ではそう思っている。

さあ、 明日こそ プラタナスの絵を仕上げなくては!


*昨日 記事を書いておきながらそのままにして寝てしまったので、
昨日の日付のまま記録としてアップすることにしました。

by PochiPochi-2-s | 2017-01-21 23:15 | 習いごと | Trackback | Comments(2)

生きている喜びを感じられるように生活したい


by PochiPochi-2-s