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椿

(2016年2月の作品)



今年 2016年大晦日に。

椿の花は、今年描いた中で最も好きな花。
毎年庭の隅で咲く椿の花を見る度に
「いつかこの椿の花を満足いくように描きたい」と長い間思い続け、
お正月が過ぎこの花が咲き始めると、毎年必ず決まったように椿の花の絵を描いた。
「今年こそは上手く描けるだろうか」と。
しかし、花の形といい、色といい、描くのには難しく、おまけに葉の光ったつるっと
した感じがなかなか出せない。
「描きたい」という気持ちばかりでなかなか描けない花の一つだった。

「今年もまた描きたいわ」
2月に入り、庭で咲き出した椿の枝を部屋に持ち込んで、
"描きたい"という強い思いで描いてみた。
花をいくつか描きたかったので、画用紙を2枚つなぎ合わせた。
正解だった。
やっと思いが通じたのか、なんとか描けたように思った。

大晦日に 今年描いたたくさんの花の絵を見ながら思った。
「今年描いた花の中で、やはりこの椿の花が最も好きかも知れない」

母への思いが強く影響しているのかも知れないが、
やはり私は椿の花が好きなのかも知れないと思った。

椿は古くから日本人に愛されてきた花のひとつだという。
この花に深い思い入れのある人がきっとたくさんいることだろう。
画家の堀文子さんもその一人のようである。

堀文子画文集「命といふもの」の中に、
彼女の「椿への想い」を書いている文章がある。

早咲きのこの椿は暮れのうちに蕾がふくらみ、毎年正月に花を開く。江戸椿の中でも名品の太神楽は気むずかしく孤高の姿勢を崩さない。
………………………………………………………………………………
母が嫁にくる時、祖母が持たせたという私の生家の珍重な木であった。或る大雪の朝。雪に埋もれた庭の植込みのかげに深紅の色のこぼれるのを見た。これが幼い私と太神楽の出合いだった。この鮮烈な印象はいまも目の底に焼きついている。戦火で焼けた庭に翌年芽を吹いているのを見た時の喜び。死を超えて蘇ったこの椿の強い命から、敗戦で打ちひしがれていた私がどれほど励まされたことか。あれから何十年。転々と住居を変える度に此の木だけは手放さず連れ歩いた。姿形は昔のままで大木にならずにいた。移植を嫌う此の木はどんなに辛い思いをしたことか。
百歳近い長命を生きた母を見送った私も、今は母の齢に近づいている。この木の歴史をたどれば百五十歳をこえる年かも知れない。私と生涯を共にしてくれた大切な木をふやそうと、何度もさし木をした。だが、藪椿の野性を失った太神楽は子孫もふやさず、百歳をこえる古木でありながら大木にならず、相模の海を見降ろす私の庭で、今も枝をしなわせて紅白の大輪の花を咲かせている。
…………………………………………………………………………………………




あと3時間ほどで新しい年。
やっと、
「絵を描いている時間が好きです」
と言えるようになった自分に驚きながら今年のブログを終わりとしたいと思います。

この一年間、このブログに訪ねてきてくださった皆様も、
コメントをくださった皆様も、
古い友達も新しく友達になってくださった皆様も、
みんな親しくしていただいてありがとうございました。
どうぞよいお正月をお迎えください。
来年もよろしくお願い致します。



More 風景画
by PochiPochi-2-s | 2016-12-31 20:55 | 思い | Trackback | Comments(2)

白籏史朗『山の花抒情』

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2、3日前、お正月まではまだ時間があるからと、2階の大きな本棚の整理をした。
いつもはハタキをかけるだけだが、その日はなんとなく本を並び替えてみようと
何冊かの本を入れ替えた。

「あらっ、この本、懐かしいわ…」
白籏史朗写真集『山の花抒情』だった。
いつ買ったのだろうか。
ずいぶん昔のことで忘れてしまっている。
初版発行が昭和61年だから、そのころ買ったにしてもずいぶん昔のことになる。
長男が11才の頃、
夏休みはキャンプ春休みはスキーと、毎年 1年に2回信州へ足繁く通っていた頃だ。
たぶん買ったのはこの頃だろう。

学生時代の登山は、ただただ黙々と山に登り 山頂に立つのが面白く、
景色は楽しむが 足元に生える高山植物の花には何の興味もなかった。
チングルマとハクサンフウロだけしか知らなかったように思う。
しかし、いつの頃からか山の花にも興味を持つようになり、
高山植物の本や持ち歩きできるカード状になったものを持つようになった。
この白籏史朗の本もまたそのうちの一冊であった。

この写真集の最後に、
「山の花 愛する小さな友人たち」とういう題で 彼は文章を書いている。

その中に次のような文章がある。

「春にさそわれて山に行く。
森閑とした山道を歩いて行くと思いがけない出会いがしばしば私をおそう。
それは人であったり、小鳥であったり、地中からやっと這い出たむしであったり、時には臆病な野ウサギや小リスの場合もある。歩きつかれ、乾いた落ち葉のしとねに寝ころんでいると、動かないのに安心してか、ヤマドリやキジがすぐそばを気付かずに通り過ぎたりもする。
それらのできごとは、私に驚きとともに大きな歓びをあたえてくれ、生きることのすばらしさを再確認させてくれる。
しかし、それらのいかなる出会いにもまして、すばらしい出会いというか、発見というか、私にはそれがある。
何だろう……? それが花との出会いなのである。」

この文章を読んだ時、ある場面がふっと心に浮かんだ。
大学3回生の夏の終わり、女3人で南アルプス縦走を企て、実行した。
二軒小屋から入り、荒川3山、赤石、兎、聖、茶臼、光岳を縦走し、
寸又峡温泉まで下る。
今とは違い当時の山小屋は避難小屋と言ってもいいくらいのもので、
小屋があるのみで、そこには誰もいなかった。自炊のため食糧は全部自分たちで運ばなければならず、ザックはとてつもない重さだった。当時の私達には大冒険だった。
それでも景色を楽しみ、たまに話しながら歩く山行は楽しいものだった。
当時南アルプスはまだまだ不便で山小屋の設備もなかったからか、
登る人は少なかったように思う。途中の山道では人に出会うことも殆どなかった。

聖岳への登りを黙々と登っていた時だった。
「こんにちは」
突然声が聞こえた。
誰だろう? 振り返ると男の人が一人大きなザックを背負って歩いてきていた。
たった一人で。
大きな重い荷物を背負って。
おまけにカメラ一式を持って。
黙々と歩いて行き、時々立ち止まっては、景色を眺めシャッターを切っていた。
その人の寡黙な姿、雰囲気に圧倒されたのをいま再び思い出した。
何故だかわかないのだが、この白籏史朗さんの本を久しぶりに見て、
白籏史朗さんととその人がダブって見えるように思った。
何だか不思議な感覚である。

山を愛する人の写真は美しい。
まして山の花や野の花に魅了された人の撮る花の写真は見る人の心を虜にする。
いまならピークハンターにならずに、
ゆっくりと花や景色を楽しみながら登れるだろう。

久しぶりに美しい写真集を見、もう一度山に登りたい気持ちが強くなった日だった。


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by PochiPochi-2-s | 2016-12-30 23:20 | 読書 | Trackback | Comments(6)

うれしいこと二つ

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2年越しのシクラメンの小さな花が咲いた日、
朝からうれしいことが二つ重なった。

ずいぶん久しぶりにサーシャからクリスマスメールが届いた。
もうとっくにクリスマスは終わってしまったが、日本にはお正月がある。
" Merry Christmas & Happy New Year!"
この言葉は日本人の私にはとっても便利に思える。
彼女のメールはこの言葉で始まっていた。
そして来るべき年の、私の家族の健康と幸せ、喜びを祈ると続いていた。

私の送ったクリスマスプレゼントの小包がやっと彼女の手元に届いたようだった。
EMS追跡でもう10日以上も前にモスクワの最終集配所に届いていたのを知っていた。
いったい何時になったら宛先に配達されるのだろうかと心配していたところだった。
去年もそうだったし、一昨年もそうだった。
最終集配所から彼女の手元に届くまで3週間余りかかっていた。
たとえ住んでいる場所ががどんなに大きな都会であったとしても、
同じ街の中での荷物の移動に10日以上の日数がかかるとは
日本で住んでいるかぎり考えられないことである。
しかし、モスクワでは起こりうることらしいということが私にもわかってきた。
まあとにかく無事に彼女の手元に届き、喜んでいることがわかっのは嬉しいことで
あった。

ご主人の突然の死から気丈にも立ち直り、仕事を続け元気に過ごしていること、
娘のアンナさんがしばらく入院していたが、重病ではなくもう大丈夫だとのこと、
休暇に久しぶりに英国に住む彼女の友人に会いに行き、楽しい時間を過ごせたこと
などが書かれていた。
ああやっと元気になれたのだなぁと、ほっとした。
何故だかわからないのだが、ジーンときて涙がでてきてしまった。
また孫のハルちゃんが来年春にはもう中学生になると知り、
時間の流れの速さに驚いているとも書かれていた。
彼女は優しい性格で、
クリスマスには必ずハルやアサヒにまでプレゼントを送ってきてくれていた。
あの小さかったハルちゃんが中学生とは!と、
驚きとともに感慨深かいものがあったのだろう。

「いつか必ず日本に行ってあなたともう一度会いたい」
という言葉でメールは終わっていた。

「私も会いたいよ。話がしたいよ。もう一度」

嬉しいメールだった。



「先生、明日お昼前ごろ家におられますか?
11時ごろ訪ねていってもいいですか?
猪肉をもっていきたいんですけど」

昨日の夕方、かつての教え子H君から電話があった。

11時少し前、小学校5年生の男の子を連れて彼はやってきた。
「先生、少しですが猪肉を持ってきました。
家内の実家から送られてきたものです。
先生に食べてもらいたくて今日持ってきました」

猪肉はきちんと処理されて冷凍されていた。
牡丹鍋にしたら美味しいとのこと。
お正月の楽しみが増え、彼の優しい気持ちを嬉しくいただいた。

一時間ほどコーヒーを飲みながらいろんな話をした。
これといって特別な話はなかったのだが、なんとなく話をしたかったのだろう。
帰り際、お礼にと思い昨夜焼いておいたチーズケーキを渡すと、
「やったー、僕、チーズケーキ、大好きなんや。
お母さんも大好きなんやで」
男の子は大喜びだった。

ああ、よかった。
また、ほっとひと安心だった。

朝から嬉しいことが二つも続いた日だった。
いや三つかな?
小さいながら暑い夏を2度も越したシクラメンが咲いたのだから。


Christmas and Happy New Year! I wish you and all you

by PochiPochi-2-s | 2016-12-29 22:50 | 日記 | Trackback | Comments(4)

『一枚の賀状』

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今朝はとても寒かった。
この冬はじまって初めての寒さ、冷たさ だった。
起きてみると、
南面のウッドデッキに面したフレンチウインドウがかなり曇っていた。
6段ある格子の下から5段までが曇り外が見えなかった。
最上段だけが残り、そこから青空がチラリと見えた。
この状態は、外はかなり寒く、冷えるということである。
案の定、午前9時になっても、外気温は4℃。
気温が上がる気配はなかった。
午前中 雪のちらつく中、今日もお正月の準備にと買い物に出かけた。
久しぶりに毛糸の帽子をかぶって。
帰宅後知ったのだが、京都金閣寺の屋根にうっすらと雪が積もっていたようだ。



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午後、水曜日夕方の楽しみの『エルキュール・ポアロ』まで少し時間があった。
ふっと"沢村貞子"という名前が頭に浮かんだ。
先日、この頃よく訪問させてもらっているmomoさんのブログでこの沢村貞子さんの
名前を見たばかりだったからだと思う。
momoさんは、沢村さんの『わたしの献立日記』について少し書いていた。
私は彼女の『わたしの台所』を ずいぶん久しぶりに本棚から取り出してパラパラと
ページをめくってみた。

この本のごくごく初めの方、目次の5番目に『一枚の賀状』という章がある。

ここ何年かの間に わたしや主人の周辺で、
「もう来年からは年賀状を出すのを止めますので…」
という声を聞くことが多くなってきていた。
「でも、………」
わたしは賛成できかね、
「一年に一度のことだから。
一年に一度だけでも言葉を交わすことで、
年賀状をくださった人の気持ちや状況がよくわかるから」
と相変わらず、その年の干支の絵柄を考えたり、ひとこと書き添える言葉を考えたり
して、毎年忙しく、時には煩わしく思うこともあるけれども結構楽しんできた。
相手のことを想いながらひと言を書き添える時間。
ほんのわずかな時間だが、私にとってはなんだかほっと優しい気持ちになれる瞬間。
そんな時間を楽しんでいるのだと思う。

『一枚の賀状』
ふっとこの言葉にひかれ、じっくり読んでみた。
文庫本の見開き2ページと3行の、あっという間に読める短いエッセイである。
でも、書かれている内容は 沢村貞子という人の心意気がわかる文章であった。

本当に短いので、最初の半分をここに書き写してみようと思う。
後の半分は、賀状を出したことによる失敗談だから。

〈静かな元旦の朝、炬燵にはって一枚一枚ゆっくり賀状をみるのは楽しい。
長い年月、変わらずつきあっている人たちや、この頃の仕事の上のお知り合いからのご挨拶の中に、毎年、何枚かの思いがけなく懐かしい便りがまざっている。細く長く曲がりくねった人生の旅路の途中で、フト知りあい、やがて別れていった人たちからの年賀である。
達筆で「謹賀新年」とキチンと書いてあるのは、昔、映画の演出をしていた人からのもの ー 律儀で温和すぎる、と言われた人柄のせいか、ずっと前に郷里へ引っ込んだ、と聞いていたけれど ー 元気でよかった。
「頌春」と細い字で印刷してあるのは、夫と私の二人宛。十年ほど前、お互いの家族ぐるみの親しいおつきあいをしていたが、その人の仕事が変わってから、いつとはなしに疎遠になってしまった。
隅の方に小さく、
「お元気で何より ー また逢いたいね」
と書いてあるのが嬉しかった。夫も、
「そうさ ー また逢いたいよ」
と、つぶやいていた。
年に一度の賀状を、私は大切にしている。たった一言書き添えた言葉が、長い間、離れていた友だち同士の手を、もう一度つないでくれることもある。〉

「本当にそうだ」と思った。
「だから、私も年賀状を続けたいのだ」とも思った。

読み終えて、ほっと ひと息。
なんだか心があったかくなった気がしたのだった。

夕方、うれしい郵便が届いた。
開けてみると、


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まあ、かわいい!

「来年は酉年ですね。
ひよこも かわいいかなぁ〜
お世話になりました」
の短い文章の手紙が入っていた。

和紙の貼り絵をしている友人からのプレゼントだった。
秋に株分けしてあげた" ヤマシャクヤク"のお礼だとか。
もう一度心がほんわりと温かくなった。

相手のことを考えながら出す葉書や手紙。
やっぱり年賀状はやめられないと思った。

家の外は凍てつくような寒い日だったが、
心は温かく、心地よく過ごせた日であった。




by PochiPochi-2-s | 2016-12-28 23:05 | 思い | Trackback | Comments(6)

まるで宝石のよう

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デッキの屋根の霜



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溶け始めた霜



先週水曜日(12/21)のこと、朝起きるととても冷たく、寒く感じる日であった。
リビングから外を見みると、
デッキの上にある透明アクリル板の屋根が霜で真っ白だった。

「わあっ! 真っ白!」

それからしばらく経った頃、
太陽の光に照らされて霜が溶け始めた。
下から眺めると太陽光線を反射して屋根の水滴がキラキラと輝きだした。

「まぁ、きれい!」

早速カメラを手に取り撮してみたのはいうまでもないことだった。
自然がくれるすばらしいプレゼント。
たったこれだけで豊かな気持ちになれた朝だった。

今日27日は朝から雨が降ったり止んだり。
夕方からは本格的に降り出した。
しかし、気持ちは、はや "お正月"へ。

結婚してから義母が亡くなるまでの20年余りの間、
元旦に3人の義姉たちがそれぞれの家族とともに我が家に集まり、
みんなでお正月の膳を囲んだ。
多い時には大人と子供を含めて20人以上になることもあった。
食事の準備はほぼ一人でしたものだった。
クリスマスが終わるとすぐに気持ちを切り替え、
メニューを考え買い出しに駆け回る日々だった。

今はもうこんなに人が集まることはなくなったが、
長年の間に身についた習慣とは恐ろしいもの(?)。
『お正月』と聞けば、今でも 気持ちは一気に "しゃん" とする。
「いったい何だろう、これは?」
自分でも不思議である。

今日も雨の間をぬって、お正月用の買い物に出かけた。
気分が明るく足取りも軽くなっている自分に驚きながら。
やっぱり どんなに規模が小さくなっても、
私にとっては "お正月が来る"というのは嬉しく、心が弾むものなのだと実感した。



by PochiPochi-2-s | 2016-12-27 21:27 | 日記 | Trackback | Comments(6)
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《義妹からのクリスマスカード》

去年と同じ言葉をもう一度。

Remembrance , like a candle , burns brightest at Christmas time.
( Charles Dickens )

(クリスマスの日には、まるで蝋燭の炎のごとく、思い出が輝きを放つものだ)


* * *


昨夜、"久しぶりの次男からのメール"について書いていて、
子供たちの小さかった頃のクリスマスを思い出し、今朝からアルバムを開いてみた。
「まぁ、こんな時期があったのだゎ…」
久しぶりに 次男のかわいかった頃を思い出した。
この頃からもう電車に夢中であった。
主人の、当時の同僚の奧さんにもらったドイツ製のキャンドルスタンド。
ろうそくに火をつけると、ポールの上の馬がくるくるとまわり、
チリンチリンと音がした。
珍しかったのかおもしろかったのか、飽きることなく じっと いつまでも見ていた。



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1987年のクリスマス
(次男3才)
この小さな頭のなかで、
いったい何を思っていたのかなぁ?



毎年 クリスマス・イブの夜が明け、25日の朝になると、
いち早く飛び起きて、我先にとお兄ちゃんもお姉ちゃんも
サンタさんからのクリスマスプレゼントがあるかどうかを大急ぎで確認していた。
小さいながら次男もその仲間に加わり加わり、大はしゃぎだった。
朝から賑やかな嬉しそうな笑い声と話し声が家中に響き渡ったのだった。
お兄ちゃんには望遠鏡 、お姉ちゃんにはマイメロディちゃんの腕時計、
そして次男にはプラレールの電車。
みんなほしかったものをサンタさんからプレゼントされ、ニコニコ顔だった。



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同じく1987年、以前住んでいた家で。
(兄12才、姉10才、次男3才)
この時からもう40年近く経った。


* * *


午後、冬の宿題の一つ 、アオツヅラフジをお正月までに仕上げておこうと、
久しぶりに絵筆をとった。
2時間ほど、夢中で描いていた。
黙々と。
何も考えず、ただ目の前のアオツヅラフジの下絵だけを見ながら。
「疲れたけれど、やはりこの時間が好きなんだ」
終わってみると、そう思える自分がいるのに気がついた。


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アオツヅラフジ




by PochiPochi-2-s | 2016-12-25 20:22 | 習いごと | Trackback | Comments(14)
今日はクリスマス・イブ。
東北や北海道では天気が荒れ大変な状況になっているが、
ここ関西では朝から比較的おだやかで暖かい。

昨夜遅く、東京で働く次男から久しぶりにメールがあった。

「毎日忙しいけれど元気やから安心して。
頼まれていたカレンダーは今日送るわ。忙しくて送りに行く暇がなかったんで。
年末は輸送の当番で東京にいなければならないからお正月には帰れないかも。
僕からのお年玉を立て替えて、お正月にハルやアサヒ リョウちゃんにあげてほしい。
あとでお金を振り込むから。
お姉ちゃんやお兄ちゃんにも宜しく言っておいてほしい」

日頃あまり連絡メールをしてこない次男からのメールで、
いっきに心が弾み、嬉しくなった。
ほっとひと安心。
母親の気持ちとはなんとも不思議なものである。

今朝 目覚めてみると、昨夜の嬉しい気持ちは消えてしまわずに、まだ続いていた。
今年も去年と同じ 特別なことは何もしない、静かな穏やかな日にしよう、
いつもの日常と変わらない日を送ろうと前々から思っていた。
しかし、それでもやはり、クリスマス・イブと聞くと何かしたくなり、
夜になるとこの日のためにとっておいたワインの栓を抜き、
ショートケーキを食べ、ほんの少しささやかな"特別"を味わった。
まだまだ私たちも若く、子供たちが小さかった頃にはとても考えられなかった
であろう静かな静かなイブの夜だった。

昨夜の次男からのメールが、
私には最も嬉しいクリスマスプレゼントになった夜だった。



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今年はショートケーキ


* 夕方には東京に住む義妹からの嬉しいクリスマスプレゼントも届いた。


More 新潟糸魚川市の大火災
by PochiPochi-2-s | 2016-12-24 23:07 | 日記 | Trackback | Comments(6)

ろうそくの光り

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今日は天皇誕生日、そして 明日はもうクリスマスイブ。
なんとなく朝から忙しかった。

昨夜のこと。
何時もの「すてきな あなたに 4」(暮しの手帖社)を手に取りページをめくったとき、
十月の章に『ろうそくの光り』という文章を見つけた。

「年を重ねると、夕方がなんとなく淋しいものなんです。それで いろんなことをやってみたんですけれど、いまとてもいいと思うのは、小さなろうそくをつけること…」
「これを見て下さい」
ひとり暮らしをはじめて3年になる友だちは、テーブルの上に小さな器を8個並べて、見せてくださいました。

という書き出しで始まっていた。

作者の友達だちは、切子ガラスの背の低いコップや、スペイン陶器の灰皿、益子焼の小鉢などの中に直径4センチほどの丸いろうそくを一個ずつ入れていた。
そして、次のような友達の思いを書いた文章が続いていた。

「こんな小さな火でも、ゆらめいて、なんだかとてもあたたかく、美しくてほっとします。食卓におくと、電気がついていても、また別のやわらかい明るさが生まれるみたい…………。」
「二時間もしないうちに、自然に消えて、ああ 今日も終わった…としみじみします。
何も動くもののない部屋にろうそくの火が、ゆらゆらと、ゆれている……、ろうそくが生きているみたいです」

また、このエッセイの作者はこの友人の話から、ロンドンの教会で開かれたキャンドルサービスのコンサートのことを思い出し、「……ろうそくの光りのなかでは、みんな美しく、すてきに見えるのでした」「演奏もやわらかくて、あたたかい音に思えま
した」というようなろうそくの光りのついての作者の思いを書いていた。

ふっとリビングのテーブルに飾っているガラス製のキャンドルコーヒーウォーマーが
目に入り、火をつけてみたくなった。
リビングの明かりを消して、このろうそくの火だけにしてみたのだった。
そして、20年前の当時の友人の家でのことを思い出した。
これと同じものを、当時の、一回り年上の友人Nさんの家で初めて見たときのことを
思い出したのだった。

私を入れて何人かがNさんの家にお茶に呼ばれ、
テーブルの上にこのガラス製のキャンドルコーヒーウォーマーがおかれていた。
彼女は沸かしたコーヒーを冷めないようにその上に置き、たわいもないおしゃべりが
続いた。その間、コーヒーは適度な暖かさを保ち、決して冷めはしなかった。
何よりも驚いたのはそのガラスのもつ美しさとろうそくの火を使う手軽さだった。
さすがドイツ製だなぁと思ったものだった。
招かれたうちのひとりが、「なんとか手に入らないものだろうか」とNさんにたずねたが、彼女の返事はつれないものだった。
「主人の海外赴任で家族でドイツ滞在中に買ったものだから、日本では売られていない」と。

「ええッ、売られてるじゃない。しかも安い!」
なんと、我が町の雑貨屋さんで、Nさんの持ってるのと全く同じものが売られているのを偶然にも発見したのは、それからしばらくしてからのことだった。値段も1,000円ぐらいだったので大喜びで買ったのは言うまでもないことだった。

最初は大喜びで使う機会も多かった。
しかし、だんだんとコーヒーが思ったほどあたたかい状態で保温できないことがわかり、そのうちに単なる美しいガラスの飾り物になってしまった。
なんとか他に使う方法がないだろうかと考えるうちに、やはり雑貨屋さんで一個百円のガラスのショットグラスのような小さなコップを見つけ、それがちょうど丸いろうそくと同じ直径だとわかった。その時以来、友人たちとのお茶の時には、そのコップに水を入れ花を飾るようになった。

いまでは、
時にはコーヒーウォーマーとして、時には小さな花器として楽しく使っている。



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花器として



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ガラス製コーヒーウォーマーの中心に置いたガラスコップ








by PochiPochi-2-s | 2016-12-23 18:49 | 思い | Trackback | Comments(2)
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今日は冬至。
冬至とは、一年でもっとも昼が短く、夜が長いころのことと言われている。
今日を境に 再び日が伸びていくので、古代では冬至が一年のはじまりだった。
冬至といえば柚子湯。"体を温めて、かぜ知らずに" とはよく言われる言葉である。
今日は朝から冬とは思えぬくらいの暖かさであったが、
友人が送ってきてくれた柚子を大事にとっておいたので、
今夜はこの柚子を少し使って柚子湯を楽しもうと思う。

まるで春にように暖かかった冬至の日の朝、
いつものように大根と白菜をとりにおいで」
という長年の友人の嬉しい言葉に自動車でもらいに行ってきた。
たくさんの大きな大根と白菜。
さて何を作ろうかなぁ。
作りたい料理はたくさんある。

午後からはリョウちゃんへのクリスマスプレゼントの準備にとりかかる。

2、3日前、娘からメールがあった。
「服ならサイズは105から110、絵本なら 今 気に入ってる絵本があるわ。
『しょうぼうじどうしゃじぷた』 保育所で借りてきたんやけどおもしろいからと
なかなか返さへんのよ。プレゼントにもらえると嬉しいわ」

これで、決まりだった。
少し前に買っていた110サイズのトレーナーに消防自動車のアップリケを貼り付け、
赤いラップ(?)のところにR.W.のイニシャルをチェーンステッチで入れた。
また茶色と"好きな緑色"の毛糸の帽子に残り毛糸でR.のイニシャルを、
これもチェーンステッチで入れた。
最後は『しょうぼうじどうしゃ じぷた』の絵本。
さあ、あとはきれいにラッピングをするのみ。
準備完了。

昨夜、娘から再びメールがあった。
「お母さん、持ってきてくれる時、リョウに見つからんように私に渡してくれへん?
25日の朝まで隠しておこうと思ってるねん。おじいちゃんとおばあちゃんが
『リョウちゃんのところへ持って行ってあげて』とサンタさんに頼んでくれたん
よって、リョウに説明したいから 」

中学生になるまでサンタクロースの存在を信じていた娘らしいと、
思わずクスッと笑ってしまった。
小学校高学年のある時、友達に「サンタクロースなんておれへんわ。お父さんや
お母さんがプレゼントを買って置いているだけや」と言われショックを受けていた。
娘は、お父さんに買ってもらった「サンタクロースっているんでしょうか」という本
を何度も何度も繰り返して読み、やっぱりいるのだと思ったらしかった。
その時以後、彼女は 誰が何といってもサンタクロースの存在を堅く信じていた。

そんな娘の考えそうなことだと、主人とお茶を飲みながら 昔の一コマを思い出し、
なんとなくその頃の娘を懐かしく思い出した。

さあ、明日夕方、保育所の帰り、どうやって渡そうかなぁ。
何にでも興味を示す最近のリョウちゃんの目をどうやってそらそうかなぁ。
楽しい考えごとある。




More ドイツへの小包
by PochiPochi-2-s | 2016-12-21 22:38 | 趣味 | Trackback | Comments(4)
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ホウ
(大きな葉と水滴)



4、5日前、ブログ友echalotelleさんのブログ記事(「冬の小屋のお守りリース」) の
なかで、"芽キャベツの葉が抱えている大きな水滴"の写真を見た。→ ここ

あッ!

きれいだなぁと思うと同時に、
何年か前水滴の絵を夢中になって描いていた時があったことを思い出したのだった。

当時 夕方7時から始まるNHKニュースが、
水泡がブクブクブクと下から上に上がって行く映像で始まっていた。
毎晩その映像を見ながら、
絵の先生は「どうやったらこの水泡や水滴が描けるのだろうか?」
と思い、自分で何度も描いてみたらしい。
その後暫くしてから 私たちの教室で、その話をし 描き方を教えてくれた。
しかし、
「せっかく苦労して描いた葉っぱの上に、改めて鉛筆で◯印をつけ、試し描きをする
のはねぇ」と、ほとんどの人は躊躇したのだった。
「こんなおもしろいこと、試さずにはおられない。
失敗すれば描きなおせばいいじゃない」
そう思い、おもいきってその場でやってみたのは、私だけだったように思う。
その時、他にも試した人がいたかどうかは、はっきりとは覚えていない。

描いてみれば意外と気抜するほど簡単だった。
その後同じ教室のSさんに、私が 描き方を教えてあげたらしい。
彼女の水滴の絵は今年の2月の作品展でかなりの評判だった。
「水滴がまるでこぼれ落ちてくるようだ。
この絵の下でこうやって手で受けとめたいわ」
絵を見たほとんどの人が、手で受け止めるようなジェスチャーをして言っていた。

『試行錯誤』『なんでもやってみる』「失敗すればまた描きなおせばいい』
口には出さないが、いつも心の中ではそう思っている。

その時の水滴が、この朴の葉に描いた水滴である。
2011年5月の作品だった。
その時からもう5年経ったことになる。

久しぶりに眺めたが、今だったらもう少し上手く描けるだろうか?
試してみる価値があると思った日だった。


by PochiPochi-2-s | 2016-12-19 17:11 | 習いごと | Trackback | Comments(12)

生きている喜びを感じられるように生活したい


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