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ワスレナグサの花芽が!

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去年のこぼれ種から育ったワスレナグサ
ここしばらく寒いので、咲き始めるまでもう少し時間がかかるかな?


ワスレナグサ。
花ひとつひとつが小さくて可愛らしい。
山野草のヤマルリソウにも似ている花。
大好きな花である。
春に植えると夏までよく花を咲かし、
秋の終わり頃気がつくと、こぼれ種から発芽した新しい芽をたくさん見つける。
その芽をもう一度植え替えて、大きく育て、冬越しをさせる。
この一連の作業が楽しくて、また次の年も同じようなことを繰り返す。
今年の寒かった冬も、多少冬枯れ状態の葉や寒さで赤く色が変わった葉もあったが、
無事に何事もなく育ち、もうすぐ花を咲かせようとしている。
うれしくて心が弾む。

この花はまた英語で"フォーゲット ミー ノット"( forget- me-not )と呼ばれる。
和名のワスレナグサはこの英語名を訳したものである。
花の名前は、
ドナウ川の岸に咲くこの花を恋人ベルタに贈ろうとして、騎士ルドルフは誤って川に落ちて死んでしまう。その後ベルタは彼の言葉、" forget me not" を忘れず、この花を一生髪に飾り続けたとういうドイツの騎士ルドルフの物語に由来している。


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ワスレナグサ
《星野道夫『アラスカ Alaska 永遠なる生命(いのち)』p193 より》


星野道夫「旅をする木」の中に 『ワスレナグサ』というエッセイがある。
この本の中で最も好きなエッセイである。
その中から好きな箇所をここに抜き書きして見たいと思う。

・私たちは、アリューシャン列島で咲くワスレナグサが、アラスカ本土のものとどこが違うのか、ずっとその花を探していた。アリュート族の島に人に聞いて、山のガレ場を登ったが、どうしても見つからない。そしてふと腰をかがめた時、ワスレナグサはすぐ足元に咲いていたのである。見つからないはずだった。それは私たちの知っている風に揺れるワスレナグサではなく、岩陰にはいつくばるように咲く、見過ごしてしまいそうな小さな花だった。
ワスレナグサは、英語で、foget-me-not、このいじらしいほど可憐な花が、荒々しい自然を内包するアラスカの州花であることが嬉しかった。
「アラスカ州の花って知っている?」
と幾分自慢げに、これまで何人の人に話してきただろう。一瞬の夏 、その限られた持ち時間の中で一生懸命開花する極限の花は、ワスレナグサに限らずどれだって美しいのだが………。

・結果が、最初の思惑通りにならなくても、そこで過ごした時間は確実に存在する。そして最後に意味を持つのは、結果ではなく、過ごしてしまった、かけがえのないその時間である。
頰を撫でる極北の風の感触、夏のツンドラの甘い匂い、白夜の淡い光、見過ごしそうな小さなワスレナグサのたたずまい……ふとたちどまり、少し気持ちを込めて、五感の記憶の中にそんな風景を残してゆきたい。何も生み出すことのない、ただ流れて行く時を、大切にしたい。あわただしい、人間の日々の営みと並行して、もうひとつの時間が流れていることを、いつも心のどこかで感じてていたい。

"アラスカの岩陰にはいつくばるようにさく、見過ごしてしまいそうなワスレナグサ"
どのような風情で咲くのだろうか?
想像の域を出ないが、かつてスイスの山を歩きながら見た高山植物のように、
アラスカではこのワスレナグサは地面にしっかりと根を張った強い花なのだろう。

最近あわただしくしく時間が過ぎてゆく中で、
"心のゆとり"を忘れてしまっている自分に気がついた。


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ウチョウランの新芽が出てきた!

ブログ友Dさんに貰ったウチョウラン。
この冬の寒さで枯れてしまったのではないかと、
ずいぶん心配をした。
しかし、今日この新芽を見つけた。
どれほど嬉しかったことか!

また楽しみが一つ増えた日だった。





by PochiPochi-2-s | 2017-04-02 23:35 | 読書 | Trackback | Comments(7)

吉野 弘 「祝婚歌」

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ヒメオドリコソウ

今朝、偶然 ウッドデッキ横の雑草の中に見つけた♪
昨年絵の先生に貰って、この辺りに植えたのかもしれない。




「お母さん、今日の朝からエイちゃんがNICU(新生児集中治療室)の保育器から普通の赤ちゃんベッドに移れたんやわ。これからは窓越しでやったらエイちゃんを見れるから、明日お父さんが病院に迎えにきてくれる時に一緒に来てエイちゃんを見てくれる?窓越しやけど」

昨日娘から嬉しいメールをもらっていた。

「まあ、かわいらしい!
初めまして。よろしくね。
ほら、こっち向いて。 お目目をあけて」

窓越しでの対面であったが、こんな幸せな時間はなかった。
主人も私もそれぞれ自分のデジカメでエイちゃんを窓越しに夢中になって写した。

生まれてからやっと1ヶ月と半分が過ぎた。
運よく丈夫に生まれついたのか、今までのこの1ヶ月半、成長段階ごとの心配事をひとつひとつ難なくクリアし、ほっと胸をなでおろしてきた。全ての機能が順調に発達、成長しているとのこと。幸運な赤ちゃんだと思う。窓越しにエイちゃんと対面できる日を楽しみにして、主人も私も精一杯娘をサポートしてきたのだった。
体重も今日2000gを超えたという。
こんな嬉しいことはない。

家に帰り、エイちゃんのことを主人と二人で話していたときに、
長男夫婦も娘夫婦も春の初め、3月に結婚式を挙げたことを思い出した。
彼らにとって3月は"新しい人生へのスタートの月"だった。

ふっと吉野弘の「祝婚歌」という詩を思い出した。

祝婚歌

二人が睦まじくいるためには
愚かでいるほうがいい
立派すぎないほうがいい
立派すぎることは
長持ちしないことだと気付いているほうがいい
完璧をめざさないほうがいい
完璧なんて不自然なことだと
うそぶいているほうがいい
二人のうちどちらかが
ふざけているほうがいい
ずっこけているほうがいい
互いに非難することがあっても
非難できる資格が自分にあったかどうか
あとで
疑わしくなるほうがいい
悲しいことを言うときは
少しひかえめにするほうがいい
正しいことを言うときは
相手を傷つけやすいものだと
気付いているほうがいい
立派でありたいとか
正しくありたいとかいう
無理な緊張には
色目を使わず
ゆったり ゆたかに
光を浴びているほうがいい
健康で 風に吹かれながら
生きていることのなつかしさに
ふと 胸が熱くなる
そんな日があってもいい
そして
なぜ胸が熱くなるのか
黙っていても
二人にはわかるのであってほしい



今日も庭で新芽を見つけた。
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イカリソウ


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黄花イカリソウ
友人に貰い、この春初めて咲く。


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タツナミソウ


More 1) 娘に 2) 今日の朝食
by PochiPochi-2-s | 2017-03-30 23:24 | 読書 | Trackback | Comments(10)
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花芽?
挿し芽で育ったラショウモンカズラ


最近、月曜日の午後はかなり疲れる。
午前の水泳教室で、今年度のこの3期(1月スタート)からクラスが1段階上がった。
ずいぶん長い間このクラスで泳いでる人たちに追いつきたいと、
自分の力量も考えずに、必死になって泳いでいるからなのだろう。
平泳ぎもおぼつかないのにバタフライの導入までするのだから大変だ。
しかも、前のクラスとは泳ぐ距離が格段に違う。
25mのプールだが往復する回数が違い、泳ぐ密度が違う。
一番最後尾で泳ぐ私が泳ぎ始める時には、もうすでに 一番最初に泳いだ人が戻ってきている。何度泳いでも同じだ。私は休む間もなく次の課題で泳がなければならない。
その上、いつも使っている自動車が当分の間使えないので、電車で通わなくてはならないことも、その疲れを倍増させている。行きはよいのだが、帰りはかなりきつい。
水泳で疲れているうえに、プールから駅まで足取りも重く歩き、電車を途中で一度乗り換え、最寄りの駅からもう一度坂を登って歩いて帰る。
「ああ年をとったなあ」と感じる瞬間(とき)である。


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夜になってもまだ疲れは取れず、何もする気が起こらなかったので、
たまたまテレビをかけた。
BS4で「大人のヨーロッパ街歩き」が放送されていた。
今回はブルガリアのヴァルナが舞台だった。
その街を旅人が訪れ、その街に住む日本人女性がガイドをしていた。

ヴァルナは黒海に面した街。
黒海からの心地よい風にあたりながら、海岸を散策する旅人と日本人女性ガイドの姿が画面に映し出された時、何故か宮本輝『ドナウの旅人』を思い出していた。
『ドナウの旅人』の最後の場面の街が、同じ黒海に臨むルーマニアの小さな漁村スリナだったからかもしれない。

この小説には、以前にもこのブログで書いたが、
ドナウ川に沿って西ドイツ(当時)のドナウエッシンゲン(ドナウの源流のある街・ここからドナウ河が始まる)からルーマニアの黒海沿岸の小さな漁村までの3,000kmを旅する主人公の母親と彼女の年下の愛人、その母親の娘とドイツ人の恋人の2組の男女の心境の変化と成長を、旅の途中で出会う異国の人々、風景とともに描かれている。
当時、宮本輝は新聞小説に応募。当選し、昭和60年(1985年)6月から朝日新聞朝刊に連載され始めた。私は、偶然、この小説を新聞紙上に見つけ、長男と長女が小学校へ行き、1歳半の次男が一人遊びをしている朝のいっとき、この新聞小説を夢中になって読んだ。内容もさることながら、『ドナウの旅人』という題名が私の心を掴んだのだった。


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ドイツ南部に位置するドナウエッシンゲンに源を発し、そこから延々と6カ国を流れ、最後に黒海に注ぐドナウ河。その河に沿っていつか旅をしてみたいという途方もない夢を私に抱かせた小説だった。
小説の中で不倫の末、黒海を臨む、ルーマニアの小さな漁村スリナで、娘の母・絹子は息をひきとる。ただただ黒海から登る朝日を拝みたいという思いだけで、地の果てとも思われるこのスリナまで旅してきた絹子の思いを考えた時、私もいつか黒海から昇る朝日を眺めたいと思ったのだった。
強烈な印象を受けた。
いつか、この小説に出てくる場所を訪ねながらドナウ河に沿って旅をしたいという願いを持ちながら時間を過ごした。

結局行くことができたのは、ドイツ、オーストリア、ハンガリーまでだった。
いつかまだ見ぬ国、ブルガリアやルーマニアにも行ってみたい。
黒海から昇る朝日を眺めてみたいと思っている。
その時いったいどういう気持ちになるのだろうか?
想像はできないが、楽しみでもある。

また、20年ほど前、いま住む町に大阪市内から引越してきた時、大阪外国語大学でブルガリアからの女子留学生に出会ったことを思い出した。
「この"明治ブルガリアヨーグルト"はとってもおいしいです。特にフルーツ味が。
ブルガリアはヨーグルトで有名だけれど、ブルガリアにはこんなおいしいヨーグルト
はないわ。毎日一つ食べているのよ」
彼女はウインクしながらそう言った。
可愛い女学生だった。

この小説をはじめて読んでから、35年の時が経った。
しかし、いまだにまだまだ私に大きな影響を与え続けている。
この本は、そのような本である。

なお、この小説を書くにあたり宮本輝が取材旅行した時の紀行文集異国の窓から』も同時に読むと、さらにこの小説家の思いがよくわかるのではないかと思う。
小説『ドナウの旅人』の原風景、ソ連崩壊以前の東ヨーロッパの人々の暮らし等が、この紀行文の中に書かれている。


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More 1ヶ月
by PochiPochi-2-s | 2017-03-14 21:30 | 読書 | Trackback | Comments(2)

『故郷を離るる歌』

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安野光雅「歌の風景」より『故郷を離るる歌』
ヘルマン・ヘッセの故郷カルブの風景



「あと9日でハルちゃんの卒業式だなぁ」

お父さんの仕事の関係で東京から大阪に戻ってきたのが、3歳の時だった。
東京の言葉が1ヶ月もしないうちに大阪弁になってしまった。
その彼が17日に小学校を卒業する。
4月からは中学生。
ずいぶん大きくなったものだ。
「最近は何をするにもお父さん(長男)そっくりになってきた。
父と息子、二人の持つ雰囲気が全くそっくりなのは見ていておもしろいなぁ」と、
朝、絵の教室に行く準備をしながら何気なく思っていた。

そして、ふと何の脈絡もなくこの安野光雅の画文集「歌の風景」を手に取った。
その中に『故郷を離るる歌』という題のエッセイがある。
安野光雅氏が、ヘッセが書いた彼の故郷カルブについての文章を読むうちに、自分の故郷の津和野にそっくりだと思いはじめ、ドイツへ行った折、ついにその町まで行って見たという。ヘッセは13歳の時に神学校に行くことになったが、傷つきやすい年ごろのへッセにとって神学校のある町にいるのは辛く、一年で学校をやめ別の高校へ行くことになるのだが、その学校も彼には合わず、退学してしまう。

安野光雅氏が描いたこの絵は、丘にのぼってカルブの町を見下ろしたところである。
「ヘッセがカルブの町を発つ時は悲しかっただろう」
と安野光雅氏はヘッセの気持ちに思いを馳せ、この絵を描いたようだ。

彼はエッセイの中で書いている。
《丘からこの町を眺めると、堰の水車小屋、いつも泳ぎにきた川、曲がった柳、そのほかたくさんのものが見えるが、それらはみんな「思い出」というものに結晶している。
「つくし摘みし岡辺よ 社の森よ 小鮒釣りし小川よ 柳の土手よ」
と、数え上げるそれらの風物は、すべて子どもの時代に結びついている。ほかの人にとってはなんでもない垣根の花も、小学校の傷んだ黒板も、いまは無残にかづけてしまわれたが、あのカラタチやポプラでも、よその土地のポプラとはまったく違うのだ。それらは故郷を離れるとき、心に刻むようにして別れてきた、思い出の手がかりなのだ。
故郷とは子ども時代のことなのである。》

今改めて自分を振り返ると、大学入学とともに故郷を離れ、そこで過ごした年月の2倍以上の年月を故郷以外の土地で過ごしてきた私には、「故郷を離れる」とは「子ども時代への決別」だったのかもかもしれないと、彼のエッセイを読んで思ったのだった。

9日後に小学校の卒業式を迎える、私にとって最初の孫のハルちゃんにも、
いつか生まれ育った故郷を離れるときがやってくるだろう。
そのとき彼は故郷のことをどのように思うだろうか?
いつか聞いてみたいものだ。


「故郷を離るる歌」

園小百合 撫子 垣根の千草
今日は汝をながむる 最終の日なり
おもえば涙 膝をひたす
さらば故郷
※ さらば故郷 さらば故郷
故郷さらば
さらば故郷 さらば故郷
故郷さらば

つくし摘みし岡辺よ 社の森よ
小鮒釣り小川よ 柳の土手よ
別るる我を 憐れと見よ
さらば故郷
※ くりかえし

此処に立ちて さらばと 別れを告げん
山の蔭の故郷 静かに眠れ
夕日は落ちて たそがれたり
さらば故郷
※ くりかえし



* * *


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ヘルマン・ヘッセといえば、若かかった頃、「車輪の下」や「デミアン」「シダールタ」「青春は美わし」などを読み、彼の小説に一時夢中になったことがあったが、ここ何年かはこの「庭仕事の愉しみ」「我が心の故郷 アルプス南麓の村」の2冊を楽しんでいる。

特にこの「庭仕事の愉しみ」には、エッセイ12編、詩27編、叙事詩『庭でのひととき』、未完の小説『夢の家』、童話、手紙などが収録されており、訳者のあとがきには次のような文章が記されている。

《心から自然を愛するヘッセが、花づくり、野菜づくり、草むしり、焚き火などの庭仕事を通して、樹木や草花への愛、「一区画の土地に責任をもつ」ことの歓びと愉しみをしみじみとと語っている。庭仕事は、それによって文筆の仕事や日常生活の雑事からの開放感を味わうとともに、ヘッセにとって、思索と創造を生む素晴らしい瞑想のひとときであった。》

好きな音楽を聴きながら、この本を読んで過ごす時間も『至福の時』である。




by PochiPochi-2-s | 2017-03-08 23:22 | 読書 | Trackback | Comments(6)
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《開花しはじめたセリバオウレン》


今日で2月も終わり。
あっという間に過ぎ去ってしまったが、今日は朝からとても暖かい。
先日まだ頭が持ち上がったばかりだったセリバオウレンが開花しはじめている。

今日は 詩人 まど・みちおさんが104歳で亡くなられた命日の日。
明治42年に生まれ、平成26年2月28日に亡くなられた。
明治、大正、昭和、平成と、実に4つの時代を生きられた。
この4つの時代をどのように考え、どのように感じて生きてこられたのだろうか。
戦後生まれの私には到底知りようもない深い思いで、真摯に、純粋な気持ちで
生きてこられたのだろうと思う。
この詩人に関しては、人それぞれ思うところがあるだろうが、
私にとってはやはりいろんな詩(歌)が印象に残っている。
3人の子育てをしている最中に出会ったさまざまな歌が、いま頭に浮かんでくる。
「ぞうさん」、「やぎさんゆうびん」、「おにぎりころりん」、「一ねんせいになったら」、「ふしぎなポケット」など。
幼稚園や家で、大きな口を開けて、大きな声でリズムをとって歌っていた子供たち
の様子が今でも目に浮かぶ。
今更ながらにその詩人の純粋な心、自由な感性に深く心を揺さぶられる。
所有している彼の本から好きな詩や文章を2、3選び、ここ載せておきたい。
そして、静かに冥福を祈りたいと思った。

* * *

「ぼくがここに」

ぼくがここに いるとき
ほかの どんなものも
ぼくに かさなって
ここに いることは できない

もしも ゾウが ここに いるならば
そのゾウだけ マメが いるならば
その一つぶの マメだけ
しか ここに いることはできない

ああ このちきゅうの うえでは
こんなに だいじに
まもられているのだ
どんなものが どんなところに
いるときにも

その「いること」こそが
なににも まして
すばらしいこと として

(「言わずにおれない」)

* * *

「虹」

色というものは、大きな自然の光の中に置いておくと、ピカッとひとつの色で終わるということはありえません。忘れていたことをふっと思い出すそのときも、お恥ずかしいこと、素晴らしいこと、大失敗したこと、楽しかったことなど、本当に虹のように、いろいろな色に思い出されます。そのおかげでこの世の中は楽しくなるんです。
虹は、赤、橙(だいだい)、黄、緑、青、藍(あい)、菫(すみれ)の七色でできています。虹を描くときは、この順に半円で描くのが普通ですし、そうだということに慣らされております。でも私は、ふざけて順番を変えたり、まっすぐに描いたりして面白がっておるのです。
私は虹の色彩が大好きです。色彩がなかったら私は耐えられないかもしれません。この部屋におりますと、大きな虹は見えませんからむなしくなりますが、ランなどの花は虹の香りがするものがあって、そういうものがあると、「こういう虹の香りのする絵が描きたいなあ」と思ったりします。
大きな虹は見えませんが、小さな虹はいつも身近にあります。自分自身がさまざまな色を持っておるのです。自分のまつげのところにはいつも虹がある。涙が出さえすれば、まつげのところに小さな虹が出るのです。私は見えませんけれども、自分のまつげのところに、今虹が出ておるなと思うと、本当にできているようです。涙というのは涙を出した本人にはとっても身近なもので、本人が頼りにしているもので、最後の一滴のようなものです。ああ、涙が持っている虹っていうのは素晴らしいですよ。
体からは、汗が出たり、おしっこが出たり、大便が出たり、あくびが出たり、しゃっくりが出たり、いろんなものが出てきますけど、そういうもののひとつとして、いちばんひんぱんに出るのが涙じゃないですかね。年寄りになってくると、本当にうれしいときにもいい顔をせずに涙を出すようになります。私もそうです。かなしいときも、うれしいときも、まず涙が飛び出します。おそらく、どんな人でもそうだと思います。どうしてだかその理由はわかりませんが、体ってそういうものがそういうふうにつくられているにかもしれません。
涙でなくても、松の葉っぱからしずくが落ちようとしているときにも、朝露なんかにも、虹が見えます。ふつうの光と思っておっても、角度を変えたらみんな虹に見えるんですよ。朝焼けも夕焼けも、あれは虹の色です。虹はいつも目の前にあるのだけれど、そのことに関心をもたないで何かをしているときには見えません。ふっとものを考えたり、寂しいな、どうしようかなと思ったりしているときには虹が見えるわけです。それは、虹を見たいという気持ちがあるからですね。ちょうど、誰かに会いたいなと思ったら、その人の顔が見えてくるようなものです。
虹は本当に素晴らしい。その真下に赤ちゃんを抱っこしたお母さんがいるとなお素晴らしいなと私は思います。そういう、お母さんが子どもにおっぱいをあげているようなやさしさというのは、人間だれしもが持っているはずです。世の中はいろいろ大変ですが、人間だけが生きているんじゃないんですからね。全ての生き物が生きているんですから、いのちの全部に感謝しながら暮らしていくことで、自分もほかの人も幸せになるんじゃないかと思います。(「百歳日記」)

* * *

「絵は本職ではありませんが」

私は詩人と呼ばれておりますが、ほんとは絵のほうが好きなんです。絵はぱっと見たらわかりますね。ぱあっと目に入って、あとからじっくり考えることはあるでしょうけれど、誰にでもわかります。詩はじっくり読まなきゃならないから時間もかかります。読む人が努力をしなくちゃならんのです。
絵はいつも描きたいと思っておりますし、描くのを楽しんでおります。一日に何枚も描くこともあります。とにかく、何か描いたものが自分なりにでも、あるひとつの世界になっているというものがいちばん素晴らしいですね。絵を描き終わったときに「ああ描いたな」と思えるときにはいい気分です。だけれども、「大したもんじゃないな」と思うときは寂しいもんです。
最近はハートを使うことが多いですが、ハートの形は心臓の形ということなんでしょうね。あらゆるところにみなさんがハートを使っているのに、それを利用しない手はないと思ってね。でも、使うにしても、ふつうとは違うような使い方をしてやりたいと思っているんです。自分だけの使い方ができたらなあということです。
マルもたくさん使います。マルは贅沢ですよね。無駄がない。マルは全部マルの中に入ってしまいます。マルに生まれてマルに終わるのであります。マルを使っていちばん描きたい絵はもう頭の中にあるんです。見えないくらいに小さい極小のマルを描いて、スケッチブックよりも、もっと大きい極大のマルを描きたいんです。けれどとってもできないですね。
色もつけておりますが、何色が好きかとは言えません。好きな色は日によっても、体調によっても変わります。例えば白のそばに赤があったらそれはそれでいいし、同じ赤でもその周りに別な色があると、その色との関係である感じが生まれます。その色だけでどうこうはいえんのです。もちろん白いところも利用します。もとの紙の白、修正液の白。白は白でいろんな感じるものがありますから。白という色の単調さをあえて生かしたものを描きたいと思うのです。
私も忙しいもので、絵を描こうとしているときに、ちょうど「石田さん注射ですよ」とくるから困ります。体温を計ったり、脈拍を計ったり、本職の病気が忙しくてそれに支配されております。絵を描くのは本職ではありませんからね。(「百歳日記」)




by PochiPochi-2-s | 2017-02-28 15:36 | 読書 | Trackback | Comments(8)

白籏史朗『山の花抒情』

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2、3日前、お正月まではまだ時間があるからと、2階の大きな本棚の整理をした。
いつもはハタキをかけるだけだが、その日はなんとなく本を並び替えてみようと
何冊かの本を入れ替えた。

「あらっ、この本、懐かしいわ…」
白籏史朗写真集『山の花抒情』だった。
いつ買ったのだろうか。
ずいぶん昔のことで忘れてしまっている。
初版発行が昭和61年だから、そのころ買ったにしてもずいぶん昔のことになる。
長男が11才の頃、
夏休みはキャンプ春休みはスキーと、毎年 1年に2回信州へ足繁く通っていた頃だ。
たぶん買ったのはこの頃だろう。

学生時代の登山は、ただただ黙々と山に登り 山頂に立つのが面白く、
景色は楽しむが 足元に生える高山植物の花には何の興味もなかった。
チングルマとハクサンフウロだけしか知らなかったように思う。
しかし、いつの頃からか山の花にも興味を持つようになり、
高山植物の本や持ち歩きできるカード状になったものを持つようになった。
この白籏史朗の本もまたそのうちの一冊であった。

この写真集の最後に、
「山の花 愛する小さな友人たち」とういう題で 彼は文章を書いている。

その中に次のような文章がある。

「春にさそわれて山に行く。
森閑とした山道を歩いて行くと思いがけない出会いがしばしば私をおそう。
それは人であったり、小鳥であったり、地中からやっと這い出たむしであったり、時には臆病な野ウサギや小リスの場合もある。歩きつかれ、乾いた落ち葉のしとねに寝ころんでいると、動かないのに安心してか、ヤマドリやキジがすぐそばを気付かずに通り過ぎたりもする。
それらのできごとは、私に驚きとともに大きな歓びをあたえてくれ、生きることのすばらしさを再確認させてくれる。
しかし、それらのいかなる出会いにもまして、すばらしい出会いというか、発見というか、私にはそれがある。
何だろう……? それが花との出会いなのである。」

この文章を読んだ時、ある場面がふっと心に浮かんだ。
大学3回生の夏の終わり、女3人で南アルプス縦走を企て、実行した。
二軒小屋から入り、荒川3山、赤石、兎、聖、茶臼、光岳を縦走し、
寸又峡温泉まで下る。
今とは違い当時の山小屋は避難小屋と言ってもいいくらいのもので、
小屋があるのみで、そこには誰もいなかった。自炊のため食糧は全部自分たちで運ばなければならず、ザックはとてつもない重さだった。当時の私達には大冒険だった。
それでも景色を楽しみ、たまに話しながら歩く山行は楽しいものだった。
当時南アルプスはまだまだ不便で山小屋の設備もなかったからか、
登る人は少なかったように思う。途中の山道では人に出会うことも殆どなかった。

聖岳への登りを黙々と登っていた時だった。
「こんにちは」
突然声が聞こえた。
誰だろう? 振り返ると男の人が一人大きなザックを背負って歩いてきていた。
たった一人で。
大きな重い荷物を背負って。
おまけにカメラ一式を持って。
黙々と歩いて行き、時々立ち止まっては、景色を眺めシャッターを切っていた。
その人の寡黙な姿、雰囲気に圧倒されたのをいま再び思い出した。
何故だかわかないのだが、この白籏史朗さんの本を久しぶりに見て、
白籏史朗さんととその人がダブって見えるように思った。
何だか不思議な感覚である。

山を愛する人の写真は美しい。
まして山の花や野の花に魅了された人の撮る花の写真は見る人の心を虜にする。
いまならピークハンターにならずに、
ゆっくりと花や景色を楽しみながら登れるだろう。

久しぶりに美しい写真集を見、もう一度山に登りたい気持ちが強くなった日だった。


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by PochiPochi-2-s | 2016-12-30 23:20 | 読書 | Trackback | Comments(6)
ここ一週間ほど忙しい毎日であった。
昨日の夜、「明日の夜は今年最大の満月が見える」とのニュースであったが、
残念なことに朝から小雨。
夕方からは本格的に雨が降り出し、残念ながら観月は諦めざるをえなかった。
しかし、午前中の水泳のあと、
午後から久しぶりに落ち着いて絵を描けたのは嬉しかった。
紅葉した木の葉を描くのは時間がかかるのだが、
一歩一歩丁寧に進めるしかないのだろう。
楽しみで描くことにしようと思うと、なんだかこころ楽しくなったのだった。



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晩秋の風知草




疲れてふっと外を見ると、風知草の黄色くなった葉が目に飛び込んできた。

「春先の新緑の芽がで始めるころ、初夏の葉の色が濃い緑色になる頃も大好きだが、
晩秋のこの時期の風知草もまたいいものだなぁ」
そう思った時、以前読んだ素敵な短い文章を思い出した。
本当に短いのでここに載せておこうと思う。
(「すてきなあなたに」- よりぬき集 - 暮しの手帖社より)


『秋のプレゼント』

今朝、郵便受けをのぞいたところ、カナダの友だちからのたよりが入っていました。
「あらっ」と思わず入ってしまったのには、わけがあります。
それというのも、この友だちは、いつもEメールで便りをくださる人だからです。
もらうばかりで なかなか返事を書かない私に「どうしてなの」とEメールでお叱り。
「だってEメールって、お手紙もらった感じがしないんですもの」
という返事を出したのが10日ほど前のこと。それも、へそ曲がりにも郵便で出したのでした。そんなわけで、彼女も航空便でくれたようです。
机のまえにすわり、ゆっくり封を切りました。
すると、たたんだ便箋に、カエデの葉が一枚、入っていました。きれいな赤い葉っぱです。「………あなたは、メイプルシロップが好きでしたね。この葉は、メイプルシロップを採るカエデの葉です。そちらに着くまでに、この赤い色があせてしまわないようにと願っています。郵便だと、こういうのが送れるんですからやっぱりいいわね。
カナダはすっかり秋。こちらは冬が長いので、今のうちにと、毎日お散歩を楽しんでいます………」
やっぱり赤い郵便車、赤いバイクに乗った郵便屋さんがとどけてくれる手紙には、夢があるような気がするのです。
これから冬にかけて、夜の時間がどんどん長くなります。ご無沙汰しているあの人、この人に、ひさびさに便りを出してみよう………、そんなことを思いながら、これを書いています。



つい先日、手紙を書きたくなり書いて出したばかりだが、
この文章を読むと、また手紙を出したくなってしまった。
真っ赤に紅葉したカエデが同封された手紙。
「こんな手紙もありなんだ」
真似をしたくなってしまったのは、きっと私だけではないだろう。



by PochiPochi-2-s | 2016-11-14 22:56 | 読書 | Trackback | Comments(6)

青い花

今日は久しぶりの友人とのランチの日だった。
待ち合わせの場所へ向かう電車の中で、
以前からもう一度読みたいと思っていた雑誌を取り出した。
「ku : nel」2014年度版「庭のよろこび」
"イギリスの庭"の特集記事が載っていたので読みたくて買った雑誌だった。

あらためて読んでみると、興味深い記事が思いの外たくさんあり、
中でも、次のような書き出しで始まる「植物のホンネ、採集ノート・"青く咲く"って
大変なのよ」の記事は面白く、「ええッ、そうなんだ」と思うことが書かれていた。

《黄色い菜の花畑、原っぱで揺れる白いヒナギク、丘でそよぐピンクのコスモス。見渡せば花の多勢は赤、黄色、白、そして紫。青紫の花はしばしば見かけますが、クリアに澄みきった青い花となると、じつはきわめて少数派。それだけに青い花には何か特別な思い入れを抱いてしまいます。》

そして"青く咲く花”としてツユクサ、ヤグルマギク、ヒマラヤの青いケシなどを取り上げていた。
文中の説明によると、ツユクサの青は目を引く青であり、古くから浮世絵の絵具や着物の下絵用染料として使われ、"青花"の別名を持つ日本の青。ヤグルマギクの青は、その英名をとって最高級サファイアを「コーンフラワーブルー」と表現するくらいの美しい青。ヒマラヤの青いケシの花に関しては、学術調査でヒマラヤに赴いた植物学者の塚谷祐一さんは、「深く澄んだ青。鋭い棘があり、美しさも棘の鋭さもバラの比ではない」と言っている。

また彼は花の色の違いについては次のように言っている。
「花の色には、花粉を媒介する虫の好みが反映される。植物としては、同じ種類の花粉をつけて受粉を成功させたいので、虫に覚えてもらうために色や香りで"他と違う"
"目立つ"工夫を凝らし、アピールしていると考えられる。花は葉が変化した器官なので、紅葉するとき色づくように赤や黄色はもともと葉の中にある色素であり、赤や黄色の花は簡単にできるが、青い色素は葉の中にはないのでわざわざ作りださねばならない。そのことが青い花が少ない理由である」

私にはなんとも面白い記事であり、あっという間に待ち合わせ場所についてしまった気がしたのであった。



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《雑誌のページより》




by PochiPochi-2-s | 2016-11-10 22:40 | 読書 | Trackback | Comments(10)
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今日は10月最後の日。
午前中は晴れ、午後から曇り、夕方には雨が降り出すというめまぐるしく変わった
天気にように、今日の私もかなり忙しかった。
午前中は水泳、昼食後すぐユーパックの荷造り(弟の奥さんミキコさんへの誕生祝い)と発送、その後夕方まで描きかけのヤマリンドウを描く。

途中、気晴らしに手に取った「すてきな あなたに 4」のなかに、
ヴェルレーヌの「落葉」を見つけ、懐かしさに思わず感慨にひたった。
10代の頃、この詩に憧れ、フランスに憧れ、フランス語を習いたいと思ったことも
あったなぁと。

「落葉」

秋の日の
ヴィオロンの
ためいきの
身にしみて
ひたぶるに
うら悲し。

鐘のおとに
胸ふたぎ
色かへて
涙ぐむ
過ぎし日の
おもひでや。

げにわれは
うらぶれて
ここかしこ
さだめなく
とび散らふ
落葉かな。

(ポール・ヴェルレーヌ 、上田敏・訳)

この詩が取り上げられた短いエッセイは、次のような文章で始まっていた。
〈気がついてみると、夜が長くなっています。あんなに太陽が燃えていた夏も、今はもう、うしろ姿しか見えません。こんな季節に、読みたくなる詩集があります。…………… 秋の気配がしはじめると毎年のように本棚からとり出す一冊。そのなかから、気に入りの一篇を書き抜いてみました〉

ほんとうにそうだなぁ。
気がつくと、昼間 日差しがいつの間にかリビングの壁まで届くようになっているし、夕日の沈むのが早くなり夜が長くなっている。
紅葉はまだまだだが、「ああ秋なんだ」とこの詩であらためて確認したような気になったのだった。


by PochiPochi-2-s | 2016-10-31 23:10 | 読書 | Trackback | Comments(12)
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午後から雨の予報。
やっと重い腰を上げ美容院にゆく気になった。
夏の初め あまりの暑さにパーマの予定をカットに変え、そそくさと帰ったのだった。
美容院にゆくのはその時以来だ。
待ち時間の楽しみは、そこに置かれている本の中から普段買わない雑誌を見つけ、
パラパラとページをめくり、心に響く記事を見つけること。

「少しお待ちください」と言われ席に着くと、
今日はこの雑誌・Clasism(クラシズム)が目についた。
「うん? 今までこの雑誌、見たことないなぁ」
『心にひとつ、あなたの庭を』
表表紙に大きく書かれているこの言葉。
魅力的で、庭好きのわたしの心をつかむのは簡単だった。

庭特集で、庭つくりに関する提案、おすすめの庭園、庭についてのエッセイ等、
読みたい記事が満載。
なかでも、
法然院貫主梶田真章さんの「庭と私」という題名の短文に心魅かれた。
ゆっくり読みたかったので、明日必ず返却するという約束でこの本を借りてきた。
ここにその全文を書き写しておきたいと思う。


「人はすべての生き物の一部である」
ということを私はよくお話しします。人は人間社会の中だけで生きていると思いがちですが、実はそれはとても狭い世界しか見ていないのです。だから、私たちは時に閉塞感や息苦しさを感じるのではないでしょうか。「人は地球という星に暮らす生き物のほんの一部である」ということを気づかせてくれるのが、庭という存在だと私は思います。
かつて人の暮らしに庭という概念がありませんでした。野山を駆け巡って食べものを探し、土地を耕して農作物をつくる、そんな暮らしだったでしょう。奈良時代の遺構に庭が発見されていますので、そのあたりから人は庭というものをつくるようになったようです。
現代では高層マンションという新しい住居の形が登場し、庭と親しむ暮らしから離れつつあります。たとえ庭があっても、日々忙しく過ごし、庭に触れる機会がないという人も少なくないでしょう。
暮らすための「住居」と働くための「仕事場」を行き来する毎日、これがほとんどの現代人の生活スタイルではないでしょうか。庭はちょうどその中間に位置していて、行き来の間にちょっと立ち止まれる場所、人間社会の周りにはもっと広い世界があることを教えてくれる存在なのではないかとおもうのです。
庭でもベランダでもいいのです。草を抜く、植木に水やりをするなど植物の世話をするひと時、私たちは自然との深い繋がりを感じることができるのではないでしょうか。これを仏教では「縁」といいます。
現代社会では次々と新しいことを考え、常に変わることを求められます。しかし、庭に立って周りを見渡すと、そこには生きものたちの変わらぬ命の営みが繰り返されています。春に芽吹き、花を咲かせ、やがて花は枯れ、実を結ぶ。これらの営みは、庭に立つ時、私たちは大いなる命の循環に立ち戻ることができるのです。「変わらなくてもよいこと」が、この世にはあるのだということを教えてくれるようです。
毎日の散歩道でも、庭いじりでも、一輪の花をいけることでもいいのです。それがきっと一人ひとりにとって大切な"わたしの庭"になるのだと思います。
さて、当寺の山門を入りますと、両側に白い盛り砂があります。白砂壇(びゃくさだん)というもので、水を表わしており、この間を通って心身を清めて浄域に入ることを意味しています。ここを通りながら、たとえばご自分が属している会社の役職といった鎧を外し、素の人間に戻って本堂に辿り着き、一人の人間として仏様に向き合うようになっています。そこで自分を見つめ直し、力を蓄え、また肩書きを纏って、現世に戻っていくのです。
この寺もまた、自分の庭として感じていただければとても嬉しいです。


【法然院貫主梶田真章】
1956年、「浄土宗大本山黒谷金戒光明寺の塔頭「常光院」に生まれる。80年、大阪外国語大学ドイツ語学科卒業。84年、法然院31代貫主の就任。境内に「共生き堂(ともいきどう)=法然院森のセンター」を設立し、自然環境と親しむ活動を行う。アーティストの発表の場として寺を開放するなど現代における寺の可能性を追求している。


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庭という概念が少し変わったように思った。
もっと自由に、もっと広い範疇で考えればいいのだなぁと。
さて、あなたの"心にひとつの庭"は?


by PochiPochi-2-s | 2016-10-28 22:52 | 読書 | Trackback | Comments(2)

生きている喜びを感じられるように生活したい


by PochiPochi-2-s