「あらぁ、元気やった? 最近会わへんかったけど、どうしてはったん?
まあ私も最近はあんまり外に出てないから。会わへんのも不思議やないわね」
ケヤキの葉がきれいな黄色になってきたので、家の前の道路から見上げていた時、
何処からか声をかけられた。
慌てて振り向くと、すぐ近くのOさんだった。
バス停が近くにある地域巡回バスから降りて家に帰るところだった。
「まあ、今日は。ほんとうに久しぶりですね。お元気でしたか?
最近はバスを使ってるんですか? もうバイクには乗らないの?」
「そうなんよ。私ももう歳だから危ないし、何かあったら大変やからバイクに乗るのはやめときと、家族みんなが反対するんやわ。だから、バイク、諦めたんよ。最近はこうして時々バスで買い物に行ってるんよ」
しゃれたリュックを背中に背負って、ナイロン製の買い物袋片手に元気に話すOさん。
もうすぐ90歳に手が届くという年齢にはとても見えない。
20年余前この地に家を建て引っ越してきた時、Oさんは毎日のようにバイクに乗って買い物に出かけていた。ちょうど今の私ぐらいの年齢だった。坂の急なこの住宅地に住む女性にとって自動車に乗れないとなると、毎日の買い物はかなり負担になる。だから元警察官のご主人が彼女にバイクの乗り方を教え、訓練したと聞いている。
その彼女が90歳近くになってやっとバイクに乗るのを諦めたという。
誰が考えても当然のことだと思うが、元気な、足腰の丈夫な彼女はまだ少々不満らしい。
90歳過ぎともうすぐ90歳の夫婦2人だけの生活。
孫や子供夫婦が度々訪ねてはくるが、常日頃は全く2人だけの生活。
2人ともまだまだ元気で毎日の生活を楽しんでいるように見える。
家の前はいつも花がきれいに咲いている。
草花の好きなご主人が植え、毎日よく世話をしている。
「じゃあまたね。お父さんが待ってるから帰るわ」
しゃんと背中を伸ばして歩いてゆく彼女の後ろ姿が眩しかった。
なんだか勇気をもらったような気がしたのだった。