植え込みを待つヴィオラやネメシアなど
「元気?
11月1日に用事があって大阪に行くのだけど、久しぶりやから会って顔を見たいんや。
Nゼミのみんなに声をかけようと思っているので、出てこれるかな?
場所は追って連絡するわ。たぶん、梅田か西宮北口あたりになると思う」
先週初め頃、夜に突然電話が鳴った。
四国松山市近郊に住む友人のT君からだった。
「Nゼミ(大学入学時の基礎ゼミ)のメンバーで会って食事をしながら話したいんや。
久しぶりに都会(?)の雰囲気を味わいたいんや。今みんなに連絡している」と。
当時大学紛争のため入試は機動隊の見守る中で行なわれ、校舎は7月初めまで学生に占拠されていた。そのような状況下でできるだけ新入生をまとめ、勉強させようと考え出された基礎ゼミという制度。選択した第二外国語でクラス分けされ、担当教官が正副2人づつ配されていた。キャンパスが解放されるまで奈良や京都のお寺によく集まっては講義を受け、クラスでの話し合いがあった。それぞれの専門課程に進む前のクラスで、将来の専攻に関係なくさまざまな学生が混ざっていた。なかでもこのNゼミには個性的な人が多く、みんなコンパが大好きで、いつもどこかに寄り集まっては飲んで、食べ、談笑していた。卒業の時までみんな仲がよく、2回生の時の基礎ゼミはどのようなゼミだったのか、3人ともほとんど覚えてはいなかった。それくらい印象が弱かったのだろう。それに比べてNゼミは強烈な印象のクラスだった。
夕方5時半、待ち合わせの場所に着くように家を出た。
結局 突然だったのと週末じゃなく平日の夕方だったので、集まれたのはT君・U君・私の3人。
T君とは時々クラブの同学年の飲み会で会っていたが、それでも4、5年ぶり?
U君とはいつ会ったのだろうか?
もう20年以上も前だと思う。
大阪南河内にある大学の名誉教授の肩書きの名刺をもらった。
この3月で完全に退職したという。
しかも、近くの、春には必ず訪れる桜の名所・夙川に住んでいるとは、びっくりした。
今でも週一回、非常勤講師として母校で教え、家から片道45分をかけて歩いて通い、趣味で能を舞い、謡を謳うという。さすが京都出身と思いきや、小さい頃から嫌々ながら両親に習わされた結果だという。嬉しいことに大槻能楽堂での発表会時のチケットをプレゼントするという約束をもらった。
「この20年間自分の家から大学まで40分で歩けたのが、最近は45分かかるようになった。
悔しいで。たった5分の差とはいえ、これからはだんだんと歩くのが遅くなっていくのだろうなぁ」
彼のその言葉に思わずニンマリとしたのだった。
のんびりとした、いい自分の時間を過ごすシニアになっていた。
話し方も穏やかで、人柄そのものだった。
彼が過ごしてきた人生は彼なりに満足できるものだったのだろうとは容易に推測できた。
最初は「たった3人だけ?」と思ったが、かえってその少なさが幸いしてか話は随分弾んだ。
あまりの懐かしさに、2時間飲み放題の時間はあっという間に過ぎてしまった。
中華料理だったが、出てくる料理の写真も彼ら二人の写真も撮り忘れ、ひたすら話していた。
U君とは他にも共通の趣味があった。
彼もまた西宮芸術文化センター(コンサートホール)の会員でよくコンサートに出かけるという。
「ひょっとしたら今まで知らないままに出会っていたかもしれないなぁ」
なんて話も出て楽しい会話がさらに弾んだ。
「ほら、T。 田舎もいいけど、これが都会生活の楽しさや。いいやろう」
冗談半分でT君をからかうU君の言葉に思わず吹き出してしまった。
会話は、おもに“Nゼミでのこと”“卒業後今までのこと”“今何をしている”“これからどうしたい”というようなことで、子どもや孫の話はいっさい出ないというのも、また興味深かった。
女性だけの集まりとはかなり違う雰囲気で、私にはこちらの方が気楽でおもしろくビール片手に彼ら二人の話に興味津々で耳を傾けていた。
将来の自分の姿がまだわからず、なんの損得勘定もなく、ただ学生というみんな平等の横並びの身分でひたすら好きなことに打ち込んでいた青春時代。
そのような時代を楽しく懐かしく思い出しながら、今まで過ごしてきた半世紀近くの自分の時間を振り返るのもそう悪くなないなぁと心の中で密かに思っていた。
明日予定があるT君のことを考え、近いうちの再会を約束し、別れたのだった。
彼は2泊3日で大阪に出てきていた。四国松山から高速バスに乗り、明石大橋を超え6時間余かかったという。かなり疲れた様子だった。自分で運転してくるよりも楽かもしれないと思ったらしいが、バスも思ったほど楽ではなかったと呟いていた。
それでも京阪神間に出てきたいと思うのは、やはり青春時代を過ごした土地がいつまでも懐かしく忘れられないからなのだろう。この地に来れば、何人かの懐かしい友に気軽に電話一本で約束して出会え、心休まるホッとした時間を持つことができるのだろう。
「会えて話ができよかったなぁ」
帰りの電車の中で、もう一度楽しかった会話を思い出し、そう思った。