7年前の写真を見ながら

昨日(6/15)早朝 犯罪を計画段階から処罰できる共謀罪が参議院本会議で自民・公明・日本維新の会など賛成多数で可決し、成立した。
政府与党が圧倒的な数を占めている現状では結果は自明の理ではあったが、彼らの態度に釈然としないものを感じ、いまだに腹立ちを抑えることができない。
そんなことは横に置いて描きかけのニガイチゴの絵を描こうとするのだが、いっこうに気持ちがのらなかった。


b0344816_21352211.jpg
サンモリッツの湖


ふっと今日撮った写真をiPadで見ようとアルバムを開いた時、iCloudが勝手に編集した『この日・2010年6月16日』というファイルが出てきた。、開いて見ると、サンモリッツの湖やセガンティーニ美術館の写真が目の前に現れ、懐かしさでしばらくじっと見入ってしまった。

わあ、もう7年も経ったの?
時間の流れの速さに改めて驚きながら、その日付に釘付けになった。
この旅行は南ドイツ・ウルムに住むアンジーと北ドイツ・ハンブルグ郊外に住むメミングさんを訪ねての2度目のドイツへの久しぶりの一人旅だった。初めての旅から8年も経っていた。
この二つの町では 彼らの家に泊めてもらうことになっていた。
「ぜひに」と親切に言ってくださる誘いの言葉を断りきれなかったのだが、友人の家から友人の家への連続の宿泊は気疲れで疲れると思い、途中で息抜きにサンモリッツに立ち寄ることにした。美しい景色はもちろんだが、長い間見たいと思っていたセガンティーニの三部作「生成(生)」「存在(自然)」「消滅(死)」を見るだけでもいいと思っていた。きっと息抜きになるだろうと。実際この計画は成功だっだ。予定外のザンクトガレンにも立ち寄ることができ、あの美しい中世の図書館の見学もできたのだった。

楽しい旅行だったなぁと、しばらくは思い出に浸っていたのだったが、
腹立たしさはまだ治らなかった。

もう一度絵の続きをと思うがなかなか気持ちが集中できず、なんとなく他の人たちのブログを読ませてもらっていると、2、3のブログで樺美智子さんの名前が出てきたのだった。
57年前の1960年(昭和35年)6月15日、新安保条約反対のデモが国会を包囲し、全学連の約8000人が国会構内に突入した。警察隊と大規模な衝突がおこり、東大生の樺美智子さんが圧死した。
当時小学生だった私には何もわからなかったが、母たちが話していたのだろう。この事件のことはかすかに覚えいる。後に大きくなってから、彼女のお母さん(光子さん)が編集し、出版した遺稿集「人しれず微笑まん」と'69年に出版された『友へ - 樺美智子の手紙』を夢中で読んだものだった。誰が書いたのかはっきりと覚えていないが、「二人の美智子」という言葉がいまだに頭に中にある。一人はこの樺美智子さん、もう一人は当時皇太子妃となった正田美智子さんである。

あの時からもうすぐ60年という長い年月が過ぎたことになる。長男家族が近くに住んでいることもあり、時々母校のキャンパスに散歩に行くこともあるが、あの当時のタテカンだらけのキャンパスはもうそこにはなく、遥か遠い昔のように感じる。美しく手入れされた、まるでどこかの公園のようなキャンパスを見ていると、あのときの出来事はいったい何であったのかと一瞬不思議な気持ちになる。
これから先、この国はどこへ向かって行くのであろうか?
心配が深まったこの二日間であった。
7年前も社会はそれほどいい状態ではなかったが、それでもまだ今のような心配はなかったなあと、写真を見ながら思っていた。



トラックバックURL : http://lmhar.exblog.jp/tb/26930136
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
名前
URL
画像認証
削除用パスワード
by PochiPochi-2-s | 2017-06-16 23:14 | 思い | Trackback | Comments(0)

生きている喜びを感じられるように生活したい


by PochiPochi-2-s