懐かしい人

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"豚飼いと豚たちの像"の前で
真ん中がアマンさん
友人のご主人と私の3人で


人は過去の何かを思い出す時、どのようなことがきっかけになるのだろうか。
今月の初め、いつも訪ねることを楽しみにしているブログの一つであるドイツに住む
sternenliedさんのブログで、興味深い記事『豚さんたちは人気者』とそこにアップされた写真に出会った。
ブレーメンの街角に置かれている"豚飼いと引き連れられた豚たち"の像である。

「あっ、この写真! 懐かしいなぁ」

ブレーメンの街が、思い出の中から鮮やかに浮かび上がった。
と同時に、懐かしい顔を思い出した。
アマンさんの顔だった。
ブレーメンに住む、優しくて、正直な、何事も一生懸命で、親切な牧師さんだった。

当時友人のHさん夫婦は、私がハンブルグに住む友人のメミング夫妻を初めて訪ねるという計画があることを知り、私にメールをくれた。2002年5月のことだった。

「あなたがハンブルグに行く時期に、自分たちもブレーメンにアマンさん訪ねる予定です。メミングさん家で落ち合い、一緒にブレーメンに行きませんか。彼がブレーメンの街を案内してくれるそうですから」

10日余宿泊させてもらった後、ハンブルグ駅まで見送ってくれたメミングさんに別れを告げ、友人夫婦と一緒にハンブルグからブレーメンに電車で向かったのだった。

ブレーメンの駅のホームでアマンさんは待っていてくれた。
彼はこの上もなく優しく親切な人だった。
まるで私欲というものが全く無いと思えるような人であった。
ボランティアでブレーメンの街のガイドをしている娘さんに前もって相談し、
私たちにガイドするコースを決め、説明の文章を考え、暗記していた。
驚いたことに、私たちの訪問する日の前日にも、全く同じコースを自分一人で歩いて
きちんと説明文を暗記できているかどうかを確認したということだった。
そのおかげか、説明はよどみなく、ジョークもすばらしかった。
最高のガイドだったことは言うまでもない。
私たち4人は四六時中笑いが絶えなかった。

またアマンさんの奥様もすてきな人で、優しく親切、お料理が上手だった。
お昼前にブレーメンに到着したので、
「少し早い目のランチをしましょう。
妻がランチを用意して家で待っていますから。
食事をしてからゆっくりと街を案内しますから」
アマンさんはそう言って、私たちを自宅に招待してくれたのだった。
ランチはサーモンのグラタンとサラダ、お皿いっぱいに盛ったイチゴとコーヒー。
アンネマリー(奥さんの名前)の料理はおいしく、
「ドイツの料理はねぇ〜」という私の偏見を見事に覆してくれるほどのものだった。

彼女は旧東ドイツ出身。
アマンさんは戦争中ユダヤ人収容所に入れられていたらしいとのことだった。
口には出さないが、かなり大変な時期を送ったのだろうと心に感じるものがあった。

アマンさんの人柄を表す今でも忘れられないシーンがある。
ブレーメンの街の中の古い通りを歩いていた時のこと。
そこは観光客が多く訪れ、また街の人たちもよく通る人数の多い通りだった。
その街角のあちこちに、壁にもたれて座り物乞いをするドイツ人青年が何人かいた。
みんな虚ろな目をして、汚れた服を着、まるで生気がないような姿だった。
誰もが横目で見ながら通り過ぎる中、
アマンさんは必ず、ポケットに手を入れ小銭を取り出し、
物乞いをする若者たちの手になにがしかの小銭を握らすのだった。
そして 微笑みながら一言二言声をかけ励ますのだった。
彼のズボンのポケットにはそういう若者たちに施す小銭がいっぱい入れられていた。
たまたま出会った一人の若者に小銭を施すことは誰でもできるが、
出会う若者全員に小銭を施すことができる人は、いったい何人いるだろうか。
この少し前、ハンブルグの街の中心にあるデパート近くの人通りの多い場所でも
物乞いをするドイツ人の若い青年を見たばかりであった。
誰一人として彼にお金を施している人を見かけなかったのだった。
それ故アマンさんの姿に感動したのはいうまでもないことだった。
彼の背中はどこまでも親切で、励ましの声はどこまでも優しかった。

その彼は今はもういない。
私が出会った翌々年、病気で亡くなられた。
あのすてきな家は教区の牧師館だったので、
夫人のアンネマリーは家を出て老人ホームに入ったと聞いている。
アマンさんは、今はもう もう一度会いたくても絶対に会えない人になってしまった。
でも、彼との思い出はいつまでも私の心の中にあり決して消えて無くなりはしない。
彼のことを思い出すと、いつでも私の心は暖かくなる。

その夜、アマンさんと別れ、友人夫婦と夕食を一緒にし、
夜行列車で一人スイスにたったのだった。
ブレーメンを出発し、ハンブルグを経由、バーゼル(スイス)には早朝6時の到着。
ベルンで少し遊び、ツェルマットに到着したのは夕方5時過ぎだった。

人は何かのきっかけで過去の懐かしい出来事や、出会った人を突然思い出す。
今回はsternenliedさんのブログの写真が私に懐かしい人を思い出させてくれた。
心うれしい、至福の時間を過ごせたことに感謝したいと思った。


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アマンさんの家
広い芝生の庭に面したテラス



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友人(左)と
ブレーメンの音楽隊の銅像の前で


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ブレーメン駅の前で
ここから夜行列車に乗ってスイスへ


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Commented by nagotu3819 at 2016-10-05 11:54
どうも先ほどはコメントをありがとうございます。
私もポチポチさんと同じです。毎日のように訪問しているにも関わらず、コメントはできていません。
なぜならこちらのブログは私にとっては文字が小さくてそのうえたくさんの言葉が散りばめられています。それでつい、飛ばし読みできちんとしたコメントが書けないでいます。
もちろん、「+キーとshift」で大きくできますが…。
ブレーメンの音楽隊の像に訪れた際の写真を見せて下さった先輩が居ります。そのことと合わせて読みました。
間接的な思い出と言えましょうか(笑)。
Commented by sternenlied at 2016-10-05 16:21
大切な素敵な思い出話を聞かせていただいてありがとうございます。
旅で出会った一期一会で頂いた情はいつまでも忘れられなくて、何年経っても、
ふとした拍子に花の香りのように思い出されてきますね。
アマン牧師は出会って2年後に亡くなられたそうですが、
こんなに素敵な方に出会われて良かったですね。
PochiPochiさんたちを案内しようと、前もって予行演習もされてたそうで、
わざわざそういうことを為さってくれる人ってあまりいないと思います。
ホームレスの方たちにも情を向けられて、本当に天使のような方でしたね。
牧師だったそうですが、キリストの教えを行動で表され、自らの生活の中で教えを生きていて、本当に尊敬に値する牧師さんだったようですね。

豚のブロンズ像がある場所は、繁華街の端にあり、
通常の観光ルートから離れています。
日本からやってきた観光客は訪れることはまず無いと思われますが、
この場所はアマン牧師にも馴染みがあって、
親しんでいたお気に入りの場所の一つだったのでしょうね。
通常の観光ガイドよりも、アマンさんはきっとご自分が暮らされてるブレーメンの
素敵な場所をPochiPochiさんたちに見せてくれていたと思います。
Commented by PochiPochi-2-s at 2016-10-05 22:41
☆ そよぎさま

文字が小さいですか…

ブレーメンの記事だけでなく、何時も読んでいただいてありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。
Commented by PochiPochi-2-s at 2016-10-05 22:53
☆ sternenliedさん

そうなんですよ。
ちょっと考えられないほど優しくて、親切で、バカがつくほど(?)正直な人でした。
このような人にたとえ半日でも一緒の時間が過ごせたというだけでも幸せでした。
ケーキが大好きで、奥さんの目を盗んで私たちと一緒にカフェでケーキを食べたときは
大喜びでしたよ。まるで子どものように嬉しそうな顔をして。
「家内には内緒なんだ」ウインクしながらそう言ってましたよ(笑)

そうでしょうね。
ブレーメンを知り尽くしたアマンさんが案内してくださったので、
最古のブレーメン観光でしたね。
友人夫婦が宿泊した小さなホテルも、アマンさん紹介のホテルですてきでした。
街の中心から少し離れたところにあり、そこからトラムで街なかまで移動したのですよ。

今更ながら本当にいい人だったなぁと思いました。
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by PochiPochi-2-s | 2016-10-04 23:30 | 思い出 | Trackback | Comments(4)

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