ミセス メミング

最近 ドイツが話題になることが多い。
シリア難民のドイツへの大移動、フォルクスワーゲンの排ガス規制不正問題など。

「メミングさん、どうしてるかなぁ。
彼女ももう80歳半ば。ご主人のルーディガーもお元気かな。
今年もまたカナリア諸島に避寒に行くのかしら。
その前に着くように 久しぶりに手紙を書いてみよう」
今朝、朝食を食べていた時、ふと思いついた。
主人がフォルクスワーゲンの不正について話していた時だった。




初めてメミングさんに出会ったのは、
主人がまだ現役の教師で働いていた、末っ子の次男が幼稚園年少組の頃。
20年以上も前の、ずいぶん昔の頃のことである。

当時ご主人のルーディガーが大阪大学に招聘され来日、4ヶ月間豊中キャンパスの
教職員住宅に彼と一緒に滞在していた。ご主人は太陽エネルギーの研究者だった。

ドイツ人は散歩が大好きな人たちである。
ある日、いつものように散歩をしていた時、偶然、公立高校を見つけた。

「そうだ、日本の高校生たちと話をしたい。
ドイツについて彼らにレクチャーをし、ドイツや自分の国・日本について
どう思っているのか討論をしたい。主人の学会について行った先々の国で
同じようなことをさせてもらってきた。日本でもしてみたいと思う」

意を決して学校に入っていき、校長に面会を求め、自分の考えを話したのだった。
突然の珍客、しかも英語でまくしたてられた校長は何が何だか全く分からず、
急遽、英語科の主任を呼び説明を求めた。主人がその主任であった。
すったもんだの末、教育委員会を通さず学校独自の計画(英会話担当の先生が1時間を
提供)ということで彼女の夢はかなった。

衝撃的な主人と彼女の出合いだった。

その後、まだもっと日本の人たちと話がしたいという彼女の希望を聞き、
当時私が参加していた英会話グループに、主人が彼女を紹介したのだった。
彼女と私の出合いだった。

私と彼女はすぐに打ち解け、よく気があった。
ドイツに帰るまでの間、何度も豊中キャンパスのアパートに招待してくれた。
典型的なドイツの昼食だといい、何度もランチを一緒に食べたものだった。
当時まだ正真正銘の国際空港であった伊丹空港からドイツに帰る時には、
「(私があげた)テレフォンカードの度数がなくなるまで話をしよう」と、
本当に名残惜しく、最後の瞬間までふたりとも必死に話した。
今ではいい思い出である。



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ハンブルグ



「あなたにもう一度会って話がしたいから、ぜひハンブルグにいらっしゃい。
私の家に泊まればいい。3人の子供はみんな独立し家を出て行ったから部屋は
たくさんあるからね」

帰国直後から 何度も何度も「ハンブルグに来るように」と誘ってくれたが、
当時の私にはなかなか行ける機会は巡ってこなかった。
手紙のやり取りだけが何年も続いた。
神戸の大震災の時には、ずいぶん心配してくれた。

「子供たちも大きくなったから、ハンブルグに行ってきたらどう?
メミングさんにも長い間待ってもらったし。留守は気にせんでいい。
僕は仕事があるから行かれへんけど、あんたなら一人でいけるから」

主人からのうれしい提案だった。

2002年6月半ば、やっと機会は訪れた。
彼女は ハンブルグ空港に降り立った私を大歓迎してくれた。
自分が生まれ育った街を、やっと来てくれた私に心おきなく案内するために、
以前から調子の悪かった膝の手術までして待っていてくれたのだった。
半年間の辛いリハビリに耐え、杖は必要だが見事に歩けるようになっていた。
頭の下がる思いだった。

「この家にいる時や私たちと一緒に行動している時は、あなたのお金をいっさい
使わないようにね。遠い日本から飛行機に乗って わざわざ 私たちに会いにきて
くれたのだから。お金を使いたいならば、一人で出かけた時に使いなさい」

そう言って、滞在中、私には一銭のお金も使わせなかった。
一人で出かける時は、私に いつもチョコレートと水を持って行かせた。

「昼食と夕食をひっくり返しておくから。あなたのために夕食をたっぷり用意して
おくから。お腹が空いたらチョコレートを食べて。レストランは一人で入るには
高くてもったいない。チップもいる。ここに帰って夕食をたっぷり食べなさい。
私たちは朝昼同じでもちっともかまわないのよ」

普通ドイツでは夕食は軽く食べる。
彼らは普段は朝食とほぼ同じものを食べていた。
昼食がいわゆるディナーに当たる。

このようなことは初めてであった。
「ああ、人を自分の家に招くというのはこういうことなのか」
と感激したのだった。

10日余の滞在であったが、
心に響く印象的な言葉、彼女とご主人の温かい心、気づかい等、
生涯忘れないであろう心に残る思い出はあまりにもたくさんある。
「私も遠くから来た友人を家に招き宿泊させてあげた時には、
彼女が私にしてくれたようにしてあげたい」
そう思ったものだった。

ヨーロッパへの初めての一人旅であったが、人と人の出合いに感激した旅行だった。


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シュレイ

彼らの所有のヨットの停泊所のあるデンマークとの国境に近い村
ここまで自動車で連れて行ってくれ、
ヨットでランチを食べた



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メミング夫妻と彼らのヨット

日照時間の少ない北ドイツでは
いかにたくさん太陽を浴びるかによって健康が左右されるとのこと。

ご主人の趣味の一つがセーリング。
夏の間、バルト海をヨットでセーリングし、
このヨットの上で生活をすることが多いとのことだった。
目的はあくまでも日光浴。

この辺りではセーリングが趣味の人も多く、
車を買うのと同じで中古のヨットがたくさん売られている。
ヨットの修理やペンキ塗りなどの手入れを全て自分達でこなしてしまう。
ご主人と息子の共同作業だという。
小さい頃から、親が子供に教えながらその技術を習得させたらしい。



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シュレイの写真(パンフレットから)

北欧のフィヨルドと同じフィヨルドらしい


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デンマーク国境に近い途中の村

ここは国境が変わる度に
ドイツ領になったりデンマーク領になったりを繰り返したという
今はドイツに組み込まれている。
住民はドイツ語もデンマーク語も話せる。
風俗習慣も混ざり合っており、デンマークの流れをひく祭りも多いと聞く。

この村に来て初めて
「国境が動く」
という実感を持った。


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リューベック市庁舎

ハンザの女王と呼ばれるこの街に一人で出かけた。
帰りに何気なく買った“マジパン”を
メミングさんは大喜びした。
聞けばクリスマスの時の贈り物で一年に一度だけ食べるという。
夕食を減らしてまで毎晩一つづつ楽しみに食べる彼女を可愛らしく思った。

減らされた彼女の夕食は、私が全部食べるはめになった。
「チョコレートだけのランチではお腹が空いたでしょ」
とは彼女の言葉。



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シュターデ(Webサイトから)

ハンザ同盟で栄えた港町
一人で出かけた
彼女が学生時代を過ごした街だと後で聞き、
その偶然に驚いた

さらに、
東京から来たスケッチ旅行の団体が目ぼしい場所を占拠し、
一斉に絵を描いていたのには驚いた。
聞けば、
帰国してから絵画展が開催されるので 必ず 描かなければならないとのこと。

北ドイツのこんな小さな街に
20人ほどの日本人が押しかけ、一斉に絵を描いている

なんとも不思議な光景だった。


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ツェレ


ここも一人で出かけた

これも後で聞いた話だが
二人が恋人同士の時、この街がデートの場所だったという
当時ルーディガーはフィリップ社に勤めていた
この町のその会社があった
彼は後に会社を辞め、大学の先生になった

美しいきれいな街だった



朝食後、早速パソコンを取り出し、ワードで、
彼女が一番喜ぶ、私の3人の孫の写真や最近の私の絵の写真を貼り付けた
特製の便箋を作り、手紙を書いた。

彼女からの返信が楽しみだ。



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Commented by echaloterre at 2015-09-27 07:11
ハンブルグはいい町ですね。私も一度行ったことがあります。
ましてや、会いたい人、待っててくれる人がそこにいるなんて♪
素敵な旅でしたね。
メミングさんからのお返事楽しみですね。
私もハンブルグにいい思い出があるので、また行きたくなりました。(*‘∀‘)
Commented by nick-2 at 2015-09-27 08:46
ドイツに素敵な友人、そして思い出がおありになるんですね。
海外に知り合いが出来るって幸せなことだと思います。

私も過去二回で二ヶ月くらいドイツに滞在したことがあります。
同僚にロマンチック街道を案内してもらったり、ケルンからフランクフルト
まで列車に乗ったこと、同席してきたドイツ人の方に、携帯電話
を借りたことなど、短期間でしたが想い出はいっぱいです。
ヨーロッパで行ったのはドイツだけなのでなお更かもしれません。
Commented by PochiPochi-2-s at 2015-09-27 23:18
echaloterreさま

いい思い出があるなんてすてきですね。
ぜひ行ってくださいね。
5〜6年前にもう一度彼女の家を訪ねました。
その時はちょうど塩漬けニシンの解禁日だったので、フレンズスタッドというアムステルダムそっくりな町までドライブし、食べに行きました。おいしかったですよ。昔、オランダ人が作った町だということでした。

彼女からの返信、楽しみです。

Commented by PochiPochi-2-s at 2015-09-27 23:25
nick-2さま

そうですか。ドイツに計2ヶ月も。よかったですねぇ。
私はもう一人、ドイツに友人がいます。
南ドイツのウルムという町に住んでいます。彼女はシンガポール人でご主人がドイツ人です。5〜6年前、この2人を訪ねて再びドイツに行きました。ウルム ー サンモリッツ(スイス)ー ハンブルグと
電車で旅行しました。チューリッヒからハンブルグまでは夜行電車でした。電車の旅は大好きです。機会があればまた行ってくださいね。
Commented by sternenlied at 2015-09-28 15:47 x
はじめまして。

Minami-Alpsさんのブログでお見かけしてやってきました。バルト海に、ツェレに、リューベックと馴染みのある地名に嬉しくなってコメントを書いています。今朝のドイツは霧深くて冷んやりとしているのですが、ドイツ人のお友達との素敵な思い出話にとても温まりました。

PochiPochiさんの描かれる絵、皆優しい素敵な味わいがあって気に入っています。↓根のついたミツバの絵もいいですね。最近ドイツの森林学者によって書かれた本で読んだのですが、森の樹木は地中で根のネットワークを通して相互にコミュニケートしてるそうです。こういう小さな植物の根も養分や水分を吸収するだけじゃなくて、地中でコミュニケートしてるのかもしれませんね、とPochiPochiさんの描かれたなんだか語ってるようなたおやかな根のラインを拝見していて思いました。
Commented by PochiPochi-2-s at 2015-09-28 21:02
sternenliedさま

こちらこそ、はじめまして。
ブログをうかがってびっくりしました。
「ええっ、あのアムゼルさんだ!」と。
「木陰のアムゼル」大好きで何度もうかがっては楽しませてもらっていました。

メミングさんは、私より18歳年上、80歳半ばです。芯の通った、しかも茶目っ気のある可愛らしいおばあさんです。
↑のコメントに書いたように5〜6年前にまた会いに行きましたが、もう一度会いたいと思ってます。

“根のネットワークを通しての相互のコミュニケーション”ですか?
面白い考え方ですね。初めて知りました。
私に描いた三つ葉の根からそのような印象を受けられましたか。
根を描いたのは初めてだったのですが、素直に嬉しいです。
ありがとうございます。
これからもどうぞよろしくお願いします。


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by PochiPochi-2-s | 2015-09-26 22:40 | 日記 | Trackback | Comments(6)

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