晴れた!

朝7時前、太陽が見えた。
やっと晴れた!
友人の作品展(野の花の絵)から帰ってくるまで、この晴れが続いてほしい。


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7時前
東隣りの家の屋根に太陽が見え始める


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太陽が刻々とのぼっていく



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7時過ぎ
遠くに梅田のビル群と生駒山が霞んで見える




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リビングのフローリングにも陽の光が射し込んできた


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7時半ごろ



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久しぶりにデッキに陽があたる




# by PochiPochi-2-s | 2017-10-18 08:40 | 日記 | Trackback | Comments(4)

ほんまに 珍しい

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昨日も朝から雨が降っていた。
冷たく、寒いと感じる雨だった。
「今日は10月16日」
昨日の午前中、プールへの行き帰り、心の中でづ〜っと思っていた。

水泳教室から帰り、小さい頃のアルバムを開いた。
いつの頃の写真だろうか?
父と一緒に写った写真が目にはいった。
小学生の頃、好きな写真を自分で貼り付けたアルバム。説明もしていない。
しかし、はっきりと覚えていないが、この写真はよく覚えている。
着ている服も場所も。

着ている服から考えて、多分小学校3、4年生の頃。
場所は大阪国際空港(伊丹空港)。
もう60年近く前の写真。
飛行機はプロペラ機。観客席と滑走路を分けるためにロープが張られている。
滑走路のすぐ近くまで行き、飛行機を見ることができたようだ。
戦前グライダー操縦の資格を取り、四国でよくグライダーに乗っていた父(と聞いている)。
飛行機をみるのが好きだったのだろうと思われる。
この頃、神戸港にもよく行っている。
和歌山から神戸は遠かっただろうにと思うのだが、
大きな客船も、戦地へと向かったときの思いが重なっていたのだろう。
あの戦争が終わり、その後手に入れた平和のありがたさを感じていたのかもしれない。

この写真には、父と私、あどけない顔のすぐ下の弟も一緒に写っている。
カメラマンは多分母親。
いつもは父がカメラマン。
母と私と弟の写真、あるいは祖母や従兄姉たちとの写真が大半で、若い頃の父の写真はほとんどない。写真を撮るのが好きで、自分が撮ってもらうより撮る方が好き。ほとんど父が撮影していたのだろう。ほんとうに珍しい貴重な写真だ。

今世の中はかつて進んだ道をもう一度進もうとしていると言われている。
戦後生まれの団塊の世代最後尾に属する私には、両親、特に母親から聞いた体験談、母が遺した体験記しか知識はないが、戦争の恐ろしさ・悲惨さはよくわかると思っている。両親たちの世代が、耐え難い悲惨な経験・苦労の後に手に入れた『平和憲法』を是が非でも守りたい。
最近はそう思うことが多くなった。

空の上で、この地上の出来事を見ながら、南方の小さな島で戦かい、その後平和であることのありがたさを心の底から享受していた父は、今、どのように思っているだろうか?

10月16日。
昨日は父の祥月命日だった。
父が逝ってからもう13年も経った。

この日はどんなことがあってもいつも晴れていた。
しかしここ一週間ほど雨の日が続いている。
父の日に雨が降るなんて、こんなことは ほんまに珍しい。





# by PochiPochi-2-s | 2017-10-17 10:06 | 思い | Trackback | Comments(2)
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(携帯で撮影・画像がぶれている)


「あらっ、いい香り。何処からかなぁ」
市民プール正面入り口の前に3本の大きな金木犀の木が植えられていた。
雨のなか、3本とも満開だった。
このプールに通いだしてもう3年も経つのに何故か今日初めて気づいた。
今日も”日曜日の水泳“にきたのだった。

「日曜日やけど 今日も午後からプールに行くん? かなり雨が降ってるけど」
いつものように思いつくままに話をしながら朝食を食べていた時、
主人が私にたずねた。
“行くん?“ = ”行こう”
積極的ではないが、“行きたい”ということの意思表示。
「けっこう雨が降っているけど、今日は日曜日。午後から水泳に行こう」ということである。
長年連れ添っていればそれくらいのことはよくわかる。
「うん、行くわ…」
積極的ではないけれど、そう応えた。

人の性格の違いは面白い。
彼は、何事も自分がしたいことやしなければならないことを、毎日決まりきったようにこなしてルーティーン化していく。最近では、自転車トレーニング。
自分の気持ちに関係なくルーティーン化してしまえば、好きも嫌いもなくなり、嫌だという気持ちもなくなるというのが彼の持論である。
見ていると、最初はそれほどではなくてもそのうちになんでもできるようになってしまう。
日々の努力の積み重ねというものはすごいものだと日々感心している。
しかし、私にはとても真似できるものではないと、いつも開き直っていた。
好きだと思うことは夢中になってするが、好きでもないことにはいたって消極的であり、
ムラが多い。どちらかといえば、言われなければ(命令されなければ)しない。

水泳もそうだった。
積極的に練習しようなどとは思ってもいなかった。
ただ25mをなんとか泳げれればそれでいいと思っていた。
しかし、今年に入り、人数の関係で一段階上のレベルのグループに入れられた。
新しいグループの上手な人たちにできるだけ距離を離されずに泳ぎたいと思うようになった
自分に最近気がついた。
“自主練習”という名目で日曜日の午後、何も予定がなければ、二人でプールに通い始めた。
水泳が大好きな彼にとっては願ってもない楽しみが増えたのだった。
7、8、9月と何度か通っているうちに、あろうことか日曜日の水泳がルーティーン化してしまったのだった。勿論、私ではなく主人の方が。

「今日は気持ちよかったわ。初めて楽に泳げるようになった。
息継ぎがうまくできるようになってきたと思うんやけど…。滑るように泳げてる?」
「うん、腕がのびて、滑っているように見えるわ。かなりいい線いってるで」

「このまま”日曜日の水泳“がルーティーン化してしまうかもしれないなぁ。
私の性格ではないけれど。
まあ、これもいいっか!」

帰り際、再び、雨の中で咲いている金木犀の甘い香りに包まれながら、そう思った。
だんだんと水泳が好きになってきた。
私の性格ではないが、ルーティーン化もいいものかもしれない。




# by PochiPochi-2-s | 2017-10-15 23:45 | 趣味 | Trackback | Comments(6)

おや、いつの間にか

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雨上がり、晴れるかな?
午後3時過ぎの空(デッキから)



今日も朝から雨。
3日連続。
しかしそれほど激しくは降らず、どちらかと言えば "しょぼしょぼ"と降る。
大きく広げた欅の枝の下には、まだ葉がたくさんついているので雨が当たらない。
雨が降っているにもかかわらず、そこのところにだけ水遣りをしなければならなかった。


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「おや、気がつかない間に…」
水道の栓をひねったとき、気がついたのだった。
ツワブキの花の茎がグーンと背を伸ばし、その先には可愛い蕾がたくさんついていた。
雨に濡れ、みんな揃っておじぎをしているようだった。
夏の間と違って最近は毎日水遣りをするわけではないし、特にここ2、3日は雨続きで水遣りの必要はなかった。

「だからだろう。気がつかなかったのは」
そう思って、あらためて庭を見回してみると、イワシャジン、サクラタデが満開になり、冬に咲くクレマチス・アンスンフェンシスの可愛い蕾ができ、ブルーベリの葉やハナミズキの葉が紅葉し始めていた。タカサゴユリの果実もでき始めていた。
「この冬はこの冬枯れの果実の絵を描いてみたい」
そう思うと自然とハミングしてしまった♪

いよいよ秋が深まってきた。
昨夜の天気予報では、今日からの一週間、雨が続き、気温もぐ〜んと下がるようだ。
今日は「晩秋を飛ばし、急激に冬になるのでは?」とつい思ってしまうような気温になった。

『急いで急いで冬がやってくる』
娘が 幼稚園の頃、喜んで読んでいた絵本の中の言葉。
確か 冬が来る前にとても忙しくなる煙突掃除屋さんが主人公のドイツの物語だった。
この言葉、リズムが良かったのか娘のお気に入りになり、何かにつけて「急いで急いで
もうすぐ○○」とよく言っていたものだった。



サクラタデ
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イワシャジン
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アンスンフェンシスの小さな花芽
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ブルーベリの紅葉
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花水木の紅葉
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タカサゴユリの果実
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そして
もうひとつの "おや、いつの間にか"

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そうなんです。
10/1に再開したベスト。
いつの間にか ここまで編みました。
あとは2、3cmで後ろ身頃は終わり。
次は前身頃の右側かな。


More 今年何度目?
# by PochiPochi-2-s | 2017-10-14 20:25 | 日記 | Trackback | Comments(4)

歌声

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庭の片隅・雨に濡れる風知草


秋の山行く 人の心は
流れる雲に 乞わば教えん
(山行く人の心)

昨日のことだった。
朝起きた時降っていなかった雨がお昼前ごろから降り始めた。
特に出かける予定もなかったので、午後からは一昨日の絵の教室で描き終わらなかった
ガマズミの実のスケッチの続きを始めた。
疲れてデッキに降る雨をぼんやりと眺めていたとき、ふっとこの歌が口をついて出た。
そして山の歌が大好きで、よく歌っていた1学年上の先輩の顔がはっきりと目に浮かんだ。
彼女が亡くなってからもう30年近く経つ。
ご主人の赴任先の札幌で病気で亡くなられたと、
彼女が亡くなられてからずいぶん後で聞き、 何となく寂しく思ったのを覚えている。
彼女とは、指導する立場の者と指導される立場の者としての先輩後輩の関係と特に早行きの彼女とは学年は違うが同じ歳だったので、常に緊張状態にあり心はいつも対立していたように思う。

「今度の休みに比良山系の藤原岳に登らない?」
1年の秋、彼女は私に声をかけてきた。
「何故私と? たったふたりだけで?」
彼女の気持ちは分からなかった。
「ふたりだけで山に行くのは嫌だなぁ」とは思ったが、
「ひょっとしたら、ふたりだけで行動することでもっとたくさん話もでき、もう少しお互い分かり合えるようになるかもしれない。あまり良くはない彼女との関わりを改善でき、もう少し親しみがわくかもしれない」
そう思い直し、一緒に藤原岳に登ることにしたのだった。

最初に峠まで急な登りがあった。
登ってみると、峠の上は一面の背丈以上のススキの原であった。
背の低い私の目に入るのはススキだけだった。
ススキの海の中にポンと放り込まれたような感じだった。
一瞬どきっとし、少し怖くなり引き返そうかとも思ったが、
言い出せずに先輩の後について歩き始めた。
天気は曇ってはいたが、雨の降る気配は全くなかった。
ススキの原の中の道は一本道にように、私には見えた。
ススキを両手でかき分けどんどん前に進んだ。

「あれ?雨?」
かなり進んだ時だった。
ポツンと落ちてきたきた雨粒に気がついた。
ススキで視界の悪い雨の中を進むのは危険だということで、持っていたツェルト(簡易テント)でしばらく雨が止むまで雨宿りをすることにしたのだった。
しかし雨は止むどころかだんだんと激しくなり本降りの気配になってきた。
天気予報からは考えられず、思ってもみなかったことだった。
ツェルトでは間に合わなくなった。
急遽引き返し、翌日の始発バスの中で泊まらせてもらうように頼もうと決めた。

「あれ〜ッ?」
峠に戻ろうと引き返し始めた時、
行きは一本道だとばかり思っていた道が途中で何本にも分かれていることに、
初めて気がついたのだった。
どの方角から来たのか全く分からなくなってしまった。
周囲の山も雨にけむり、全く判断ができない。
磁石も使えなかった。
途方にくれ、とにかく来た方角と思える方に向かって歩いたが、
暫くすると、同じ場所をくるくる回っているだけだと気づき立ち止まってしまったのだった。
雨具は着ているが、ほぼ全身ずぶ濡れだった。
危険な状態だった。

雨が降り テルテル坊主は泣いても 私達は泣かないで
山を見つめる 山の子は山の子は みんな強いぞ

何処からともなく微かに遠くの方から歌声が聞こえてきた。
「人がいる。それも何人かの人がいる。助かったわ!」
先輩とふたりでその歌声のする方に必死で走るように歩いた。
足元の道の悪さ、ブッシュも気にならなかった。
歌声に向かって突進した。
そんな感じだった。

そこは早朝に通った峠の上の平らな場所だった。
大きなテントが張られ、その中で雨で登山を中止した5、6人の人たちが歌を歌っていた。
聞くと、急に雨が降ってきたので雨が止むまでの間の雨宿りだと言っていた。
私達は翌日には学校に帰りたかったので、登山を中止しバス停まで戻ったのは言うまでもないことだった。全身ずぶ濡れで早急に着替えたかったということもあった。
思った通り翌朝の始発のバスが停車しており、その中で着替えゆっくりと寝ることができた。
幸運だったのはいうもでもないことだった。
翌日、大学の正門をくぐり時計台を見ることができた時には、生きていたと思い嬉しくて何だか気が緩み、へにゃとしてしまったことを今でも覚えている。

山の歌が大好きでいつも歌いながら山に登っていた先輩との唯一ふたりだけの山行は終わった。
山の歌を歌う歌声に救われた藤原岳登山だった。

あの時からもう半世紀近く時間は流れ、先輩の彼女が亡くなられてからも30年近く経つ。
いまでも時々ふっとしたした時に、彼女に教えてもらった山の歌を口ずさむことがある。
ショートカットで色黒、背はそれほど高くなかった。
いつもニコッと笑い親しげに話しかけてくれた。
ひとりっ子で育った彼女が、たった一人でそれぞれに癖のある8人もの新入生の後輩を指導しなければならなかった(彼女の学年は部員は彼女一人だった)。そのことだけでもどれほど緊張していたことか、今になってみればよくわかることだが、その時はみんな若く自分のことばかりで他の人のことは考えられなかった。

「もう一度彼女に会いたいなぁ。もう少し長生きしてほしかった。
今なら何のわだかまりもなくすなおに話せるだろうになぁ」
デッキに降る雨を眺めながらそう考えていた。

ガマズミ ヤブデマリ のスケッチは昨日も完成しなかった。

不思議なことに、夜に、やはりクラブの同級生だったT君から電話がかかり、
久しぶりにみんなで会おうやということになった。
何だか不思議な気持ちになったのだった。



# by PochiPochi-2-s | 2017-10-13 11:17 | 思い | Trackback | Comments(6)

久しぶりの夕陽

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昨日は所用で朝早くから岡山へ向かった。
中国道宝塚インターが渋滞しない時間帯に宝塚トンネルを通過したかった。
3番目の義姉を乗せていたので気を遣うドライブであったが、
主人も入れてまあお互いにそれぞれに当たり障りのない話題に終始し、
気まずい思いをしなくてすんだのも幸いだった。
長い気をつかう一日であった。

その帰り、いつものごとく当然のこととして、
義姉にとっては自分の家に帰るのに一番便利な、我々にとっては遠回りな千里中央まで送る羽目になり、高速を降りてから千里中央まで送っていった。
ほっとして、家への帰り道をのんびりした気持ちで助手席から西の空を見ると、
きれいな夕陽がいまにも山の向こうに沈もうとしていた。
主人も思わず自動車を止め、二人でしばし眺め、慌ててカメラを取り出し写したのだった。
こんなきれいな夕陽を見たのは久しぶりだった。
この場所はこの辺りでは夕陽がきれいに見えるスポットらしかった。
何人かの若い人たちがスマホやデジカメで写真を撮っていたのもうなずけた。

「まぁ嫌々ながらも義姉を千里中央まで送っていったご褒美かな」
そう思うと気持ちも明るくなったのだった。
それから家までの時間は心が弾んでいた。




# by PochiPochi-2-s | 2017-10-11 11:51 | 日記 | Trackback | Comments(4)

生きている喜びを感じられるように生活したい


by PochiPochi-2-s