もう秋?

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早朝4時半。
目が覚めた。
空はまだ暗く、辺りがほんのりと明るくなり始める。
蝉が遠く、裏山の上の方で鳴き始める。
その鳴き声がだんだん近くなってくる。
そして急に、庭で大合唱になる。
あれっ?
カナカナとツクツクボウシだけになってしまった。
そういえば、ここ2、3日前から夜になると虫の音が聞こえ始めている。
庭のハナミズキの葉もまだまだ紅葉と呼ぶにはほど遠いが、少しづつ変わり始めた。
昼間は相変わらず暑い日々だが、朝夕はかなり涼しくなった。
時には寒いと感じる日もある。
季節は移り、もう秋なのかもしれない。
ふっとそのように感じた朝だった。

今日もきれいに矢絣朝顔が咲いている。
毎日一輪か二輪。
その清々しい、美しさに心が安らぐ。

※ 元同僚Kさんと梅田でランチ。久しぶりに夕方まで梅田界隈を楽しんだ。


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道路に面した朝顔



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オープンガレージの奥(玄関前)の朝顔




# by PochiPochi-2-s | 2017-08-17 23:28 | 日記 | Trackback | Comments(0)

男の作る梅ジャム

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「着いたよ。空は曇ってるけど、空気はそんなに湿ってないわ。
道はもう乾いてるから、タイヤは滑らへんと思う。ありがとう。気をつけて帰るわ」

朝のいつもの二人の"携帯会話"。
昨夜は雨が降っていた。

もう一年以上続いている主人の自転車トレーニング
夏場は暑いということで早朝に切り替え、朝6時前に家を出る。
往復約1時間ほど。行きは坂道を下るが帰りは登らねばならない。
よく続くなぁ〜と。
心の中で秘かに拍手を送っている。

「さあ、作るわ」
朝食の後、主人は今年も梅ジャムを作り始めた。
これも彼が長年続けていることの一つ。
すると決心するまで時間がかかるが、一旦始めるとよほどの理由がない限り止めることはない。
東京に住む義妹が大好きなジャム。彼女の嬉しそうな顔が目に浮かぶ。

もうずいぶん前のこと、10年以上も前になる。
ある時、飲み終わった梅酒の瓶の底に残った梅を見て、彼は言った。
「この残った梅、どうにかならんの? そのまま捨てるのもったいないやん」
「う〜ん、できるとしたらジャムやと思うけど…
でも、ジャム作りの好きなNさんに聞いても、『作ったことはない。いつも捨てている』
て言ってたよ」
「そんなぁ。もったいない話やなぁ…」

その会話からしばらくして 梅酒に使った梅で作るジャムのレシピを偶然見つけた。
「作ってみよう」
言い出したのは主人だった。
それまでジャムなど作ったことがない人だった。
私がレシピを読み、説明をする。
その横で、彼は一生懸命言われた通りにジャムを作った。
梅の実から種を取り出すのがいちばんめんどうで手間がかかる。
しかし、彼は 黙々とその作業をこなした。
火の加減、砂糖の分量(レシピの砂糖の分量からどれくらいまで砂糖の量を減らせるか)
残した梅酒は最後に入れる等、ちょっとしたコツを教えながらの作業は、素直な生徒相手に楽しいものだった。
出来上がった梅ジャムは香り高く、独特の味でなんとも言えずおいしかった。

その時から毎年必ず彼は梅ジャムを作り続けている。
最近では完全に独り立ちし、手助けの必要はない。
私の役目は、最後の味見と感想だけになってしまった。
でも不思議なことに、ジャムはこの梅ジャムしか作らない。
どういう訳かはわからないが、他のジャムは作りたくないようだ。
横目で眺めているだけで決して作ろうとはしない。
どうしてだろうか?

今日できあがったジャムとてもおいしかった。
梅は2kg(2瓶分)もあったのでたくさんでき、明日からの朝食が楽しみだ。
早速東京にも送ってあげよう。

朝の楽しい一時だった。



# by PochiPochi-2-s | 2017-08-16 23:44 | 趣味 | Trackback | Comments(8)
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「あれッ、この写真の青年、知ってるわ。確か家に本がある。
わがいのち月明に燃ゆ・一戦没学徒の手記』(林 尹夫・著)
ずいぶん昔、学生の頃に読んだ本やわ。まだ本棚にあるはず」

一昨日だったと思う。
毎日デジタルのニュースの欄に、「遺稿ノート・死を目前にした学徒、検閲をくぐった京大生の遺稿、恋愛観・生への執着あらわ」という記事を見つけ、思わず一気に読んだのだった。

大学に入ってしばらくたった頃、友人の一人からこの本を紹介され、夢中になって読んだ記憶はある。「きけわだつみのこえ」、五味川純平「人間の条件」、尾川正二「極限のなかの人間 ・ 極楽鳥の島 」も確かその頃読んだと思う。
あの頃はみんなよく本を読んでいたなぁと、その頃を思い出した。
もう50年近く前のことである。

林尹夫さんは、長野県出身で旧制三高を卒業後、1942年に京都大学文学部史学科に入学。1943年12月 学徒出陣し、1945年7月28日、夜間哨戒飛行中に米軍機の攻撃を受け、四国沖で消息を絶った。
遺稿ノートは1940年4月6日の高校時代から始まり死の直前まで書かれた4冊が残されている。
1967年、お兄さんの林克也氏によってまとめられ「わがいのち月明に燃ゆ 一戦没学徒の手記」として出版されたのだった。

ずいぶん久しぶりに私に目の前に現れたこの本を再び手に取り、少し読みなおしてみた。
「あまりにも多くの、将来を嘱望されたであろう優秀な若者達が戦争で亡くなった。
こんなことは二度とあってはならない。戦後72年間、私たちの世代は、親たちの世代とは
い、憲法9条を守ることで、世界史的に見ても稀な、奇跡的とも思われる平和な時間を過ごすことができた。二度と戦争をしてはいけない。国民の努力で奇跡的に続いたこの平和を、これから先も絶対に失ってはならない。」
心に深く思った。

「◯◯コ、戦争が終わってからまだ16年しか経ってないんや…」
戦後72年目の今年もまた、政府主催の全国戦没者追悼式のTV放送を見ながら、
父の言葉を思い出していた。
父がこの言葉を言ったのは、当時もTV放送されていた全国戦没者追悼式を見ていた時だった。
去年も確か同じことを書いたが、当時小6(12歳)だった私には、「まだ16年し」というこの言葉に込められた父の気持ちはわからなかった。しかし、その言葉を言った時の父の声の調子、大きさ、雰囲気など、普段の父からはとても想像できず、印象的だったのを今でも覚えている。
戦後89歳で亡くなるまで、戦争の話はほとんどしなかった父であったので、尚更この言葉が
私に強烈な印象を与え、今でも耳に残っている。
また、この年の翌年の3月、私の小学校卒業式でのこと。卒業生父兄代表で挨拶にたった父が、「本日は」の言葉のあと感極まり何も言えなくなり、長い(と私には思われた)沈黙の後ただ一言「ありがとうございました!」と講堂全体に響き渡るような大声で言い、深々と頭を下げ、自分の席に戻ってきた。
その父の姿も忘れられない。
その時も父がどのような思いであったのだろうかは分かるはずもなかったが、今なら少しは分かるような気がする。

昨年も一昨年も終戦の日のブログに残したが、
母の書き遺した文章をもう一度ここに残しておきたい。
私は今年、この文章を書いた時の母の年齢と同じ年齢になった。


【昭和63年3月2日の日付で書き遺した母の「太平洋戦争体験記」最終ページから】

これを書いている間にも、テレビで中国残留孤児の放送が流されている。
未だに戦争の傷跡は消えないまま残っている。
あの人たちの傷跡は深すぎる。
そして私にも、昭和17年10月のある雨の日に、○○小で日直をしていた私のところに廊下をコツコツと歩いてきた母が、一枚の紙切れを出して夫の招集を告げた時から否応なしに引きずり込まれた戦争の、暗くていやな思い出は尽きない。
戦争はいやだ。絶対に、再び繰り返すことがあってはならない。
これだけは、体験を通して孫子の末まで訴えたいと私は思う。
平和の有難さをしみじみ感謝しながら、明日の雛祭りに備えて私の68年前の内裏様、38年前の娘のお雛様を飾りながら、いつまでも明るい時代が続くよう祈るものである。

いくたびか 巡る春にも 年老いし
野梅の花にも 銀の雨降る


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2017/8/14 早朝の空





# by PochiPochi-2-s | 2017-08-15 23:17 | 日記 | Trackback | Comments(4)
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襖絵の雀


本棚を見ていてふっと一冊の雑誌(2013年出版)が目に入った。
手に取り 何気なくいつものようにぱらぱらとめくると、
優しい、しかし力強さも感じる雀の絵に目が釘付けになった。

京都・妙心寺退蔵院方丈襖絵プロジェクトで
女性絵師村林由貴さんによって壽聖院本堂の襖絵に描かれた雀の絵である。
彼女は、この襖絵のために、50mに及ぶ練習画の巻物に428羽も雀を描き続けたという。
「最初は図鑑を見て雀を描いていたが、最後は意識しないでも自然に、自由自在に描けるようになった」と、彼女は言っている。

また、完成した襖絵の説明には次のように書かれている。
「練習画の最初の頃は、音楽で言えばフォルティシモの連続のような荒削りで力強い筆致だが、
襖に直接、下描きなしで描く頃にはピアニシモで、繊細な調べ、いわば幽玄の美とでもいうべき枯淡の風情を表現できるまでに変化した」


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練習の雀の絵


改めて練習画の絵の写真を見て思った。
「なるほどなぁ。練習に次ぐ練習が必要なのだろう。
それにしても人間の能力ってすごいなぁ。
努力の結果、こんなにすばらしい、人の心を捉える美しい絵が描けるようになるのだから。
最後には意識しないでも自然に、自由自在に描けるようになるのだから」


【むらばやし・ゆき】
1986年兵庫県生まれ。
京都造形芸術大学情報デザイン学科卒業後、
同大学院芸術研究科修士課程修了。
2011年3月、
退蔵院方丈襖絵プロジェクトの公募で選抜され、
退蔵院のお抱え絵師になる。



2014年8月14日にブログを始めてまる3年が経ち、今日から4年目が始まった。
続けられるだろうか?
最初は不安に思いながらのスタートだった。
緊張しながらもなんとか続けることができ、ブログ友もできた。
3年前には考えられなかった世界が広がっていくように思えるのは嬉しくてならない。
絵師の村林由貴さんのされた努力のように私も見習って、
これからの一年間もできうる限り続けていけたらと思っている。

去年も書いたことだが、同じことをここにもう一度書いておきたいと思う。
《"決められたことを決められたようにする"ということが一番苦手な私であるが、
日々 思ったこと、感じたこと、起こったことなどを、できるだけ毎日このブログに残そうと努力した。
振り返ってみると、もうすでにそうだったかしらと忘れていることが多いのに驚く。
「記録をとっておくのも大事なことだなぁ」
正直な話、今更ながらにそう思ったのだった。》






# by PochiPochi-2-s | 2017-08-14 23:45 | 思い | Trackback | Comments(12)

咲きました!

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道路に面した壁の矢絣朝顔


2つ、咲きました!
その清々しさに うれしくて 心が弾む♪

早速 出会った、ラジオ体操帰りのTさんに報告。
しばらく立ち話。
女性はこれができるから嬉しい。

Yさん、ありがとう。
まずは報告まで。

※ 8/14 朝追記
昨日echalotelleさんとpalettoさんのお二人にいただいたコメントの中の言葉、
『ミルキーウエイ』『こちらにも植えられていた』と『外国の朝顔の葉っぱ』に、
もしやと思い調べて見ました。

やはり、西洋朝顔でミルキーウェイという名前でした。
ミルキーウェイは天の川の意味。そう言われればそんな気がするかなぁ。
育て方の説明を読むと、私はどうもしてはいけないことばかりしていたようです。
特に、日照時間、肥料などで。 詳しくは → ここ
でも、とにかく咲いてくれて、美しい花が見れてよかったです!

『矢絣朝顔』という名前をつけたのはどのような人なのかしら?
この名前もピッタリなのでおもしろいなぁと。

※ 更に追記(8/14)
今朝もラジオ体操帰りのTさんとの立ち話をし、
ふともう一度朝顔の起源を調べてみる気になった。
起源はアジア。
日本には、遣唐使が中国から種を薬として持ち帰ったらしい。
この花ほど世界に広まり品種改良されたものはないという。
詳しくはこのサイト読んでください。
また「朝顔の園芸史」というサイトもありました。→
読んでみるとおもしろいです。
朝顔一つでこんなに興味が湧き、いろいろ調べるきっかけを作ってくださった
ブログ友・ゆすらうめさんに感謝です。
ありがとうございました。


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ガレージ奥、玄関前の壁の矢絣朝顔


追記 (8/14)

またこの朝顔は花を開いてから時間が経つと
模様の色が青みがかった紫から赤系の色に変わると知った。
今朝(8/14)8時前にもう一度咲いている花をとってみた。

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色の変化がわかるだろうか?
興味津々です。




# by PochiPochi-2-s | 2017-08-13 09:47 | 植物・昆虫・動物 | Trackback | Comments(8)
「あれッ?流れる風がいつもと違う。
わずかに、ほんの少しだけ肌に感じる冷たさがちがう…
もう秋なのかな?」

朝水遣りをしていた時、山から流れてくる風、空気の中に何かしら冷んやりとしたものを感じ、季節の変わり目を思った。
日中はまだまだ暑く、気温は30度を超すが、朝夕はめっきり涼しくなってきている今日この頃である。

秋来ぬと目にはさやかに見えねども 風の音にぞおどろかれぬる (古今集・藤原敏行朝臣)

ふとこの短歌が心に浮かんだ。
「風の音」ではないが 「風の流れ、冷んやり感」にそう思ったのだった。


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お昼ご飯を食べ終わった時、頭の上で何かごそごそと音がするのを感じ、ふと天井を見上げた。

「あれぇ〜、トンボが天井に…」

庭からトンボが飛んできて、床のフローリングの上で池と勘違いをし、卵を産み付けるような
格好をしているのを毎年見かけるが、天井で同じような格好をしているとは!
白い天井が池のように見えたのだろうか?
日中の暑さに少しだけ涼を取りに来たのだろうか?

「ねえねえ、オニヤンマかな? シオカラトンボかな?」
「いや違うで。オニヤンマにしたら大きさが違うし、シオカラトンボなら色が違う…」

カメラを取り出し、望遠で撮ってみた。
調べてみると、う〜〜ん,難しい。
ヤマサナエかな? ウチワヤンマかな?

主人の友達のトンボ博士のKさんがいたらなぁ。すぐに聞けるのに。
※詳しくはここを→

しばらくして再び上を見上げると、もうそこにはトンボはいなかった。
ほんの一瞬だったが楽しい時間をもらったようで、なんとなく心が安らいだように感じたのだった。

もう秋がそこまで来ているのかなぁ。


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More 矢絣朝顔かも
# by PochiPochi-2-s | 2017-08-12 23:43 | 植物・昆虫・動物 | Trackback | Comments(4)

生きている喜びを感じられるように生活したい


by PochiPochi-2-s