やっと春が!

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Nickさんの写真カレンダー2月・セツブンソウ


今年はいったいどうなっていたのだろう。
やはり「心ここに在らず」だったのだろうか。
2月も、もはや 2/3が過ぎ、今日は20日。
やっと玄関の写真カレンダーの写真を2月・セツブンソウに替えることができた。
2016年のカレンダーにとNickさんから頂いた、Nickさん撮影の写真カレンダー
ほんのしばらくの間だが、3月までの約1週間、
毎日玄関を通るたびにこのセツブンソウが挨拶をしてくれるような気がする。


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午後、デッキの温度計は15度を指していた。
「今日は暖かい!梅の花はまだ咲かないかしら?」
そう思ってふと裏庭の梅の木を見上げた。
あッ!
ふくらみ始めた蕾の向こうに一輪だけ、今にも咲こうとしている梅の花を見つけた。
「ああ、やっと春が!」
その時、吉野弘の詩を思い出したのだった。

「二月の小舟」

冬を運び出すにしては
小さすぎる舟です。

春を運びこむにしても
小さすぎる舟です。

ですから、時間が掛かるでしょう
冬が春になるまでは。

川の胸乳(むなぢ)がふくらむまでは
まだまだ、時間が掛かるでしょう。
(吉野 弘・詩)


梅の花が開き始めたが、まだ鶯の声は聞いていない。
今年はいつになく遅いような気がする。
庭にはバイモユリの新芽が出始め今日は花芽も見つけた。
ヒマラヤユキノシタの濃いピンク色の蕾も見え始めた。
しかしまだまだ風は冷たい。
ふと”春まだ浅き”の言葉が心に浮かんだ。

「春浅し」は俳句の季語だという。
立春を過ぎて間もない頃、日々の生活の中にもそれを包む自然にもまだまだしっかりと冬が居座っている状態のことを言うという。
まさに今のこのごろの状態を言い表しているようだ。

『早春賦』の歌詞を思い出す。
早く本物の春になってほしいなぁ。



# by PochiPochi-2-s | 2018-02-20 22:44 | 季節 | Trackback | Comments(0)
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昨日の午前中嬉しい贈り物が、遠くに住む友人Yさんから今年も届いた。
自分の庭で丹精込めて育てた無農薬の八朔。
「マーマレードを作ってください」とのメモ書きも添えられていた。
“自分でマーマレードを作ることができる”という楽しみまで一緒に届けてくれる
こんな嬉しい贈り物はない。
作品展後の疲れを一気に吹き飛ばしてくれるように思い、
予想以上の疲れで沈んでいた心は八朔を見たとたんに弾んだ。
早速取りかかりたかった。
しかし何となくまだ気だるくて「明日にしよう」と。

今日、朝食後直ぐにマーマレード作りを開始した。
先ずは半分と、送っていただいた八朔の半分を使って作り始めた。
重さは約3.6kg。去年よりさらに重かった。
作り方はいろいろあるが、私の場合は八朔を4つ割りに切り、皮と果肉に分ける。
2時間余りひたすら皮を刻む。
水に浸し、濁りがなくなるまでもみ洗いをする。
その後たっぷりの水に浸し、時々水を替えながら5〜6時間おく。
果肉は袋からとりだし、軽く絞って果汁をとる。
果汁に水を加え規定の量にし、クエン酸を加える。
クエン酸を加えることで皮が煮えやすくなる。
最後に水を絞った刻んだ皮と果汁に砂糖を加えて煮る。

出来上がったのは夕方だった。瓶13個もできた
マーマレード作りにまる一日かかったが、ことしも八朔の皮を刻みながら思った。
「私はこの刻んでいる時間が好きなんだ」と。
一人で、誰にも邪魔されずに黙々と皮を刻む。
いろんなのことが心に浮かび、消えていく。
そしてまた考え、思う。
時には好きな歌を口ずさんでいる時もある。
この刻んでいる時間が何とも言えず好きなのだと再確認した。
気がつくと、昨日までの疲れは吹っ飛んでいた。
元気をもらえた嬉しい贈り物だった。
Yさんに感謝!

明日からの朝食が楽しみだ。
八朔の大好きな、近所に住む若い友人にも明日マーマーレードを届けようと思う。

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出来上がった八朔マーマレード

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# by PochiPochi-2-s | 2018-02-19 23:32 | 趣味 | Trackback | Comments(4)
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「あっ、友ヶ島の砲台跡や」
先日の絵の教室の帰り立ち寄った本屋さんで「婦人之友」(3月号)を見つけ、
パラパラとめくった時だった。この写真が目に飛び込んできた。

小さい時から両親や弟たち、いとこ達と何度も遊びに行った島。
キャンプをしたり、海辺で遊んだり、ぐるっと島を一周して歩いたり。
私には思い出の多い、懐かしい場所である。
この島へは和歌山県の北の端大阪府との境目にある加太から船(観光定期船)で渡る。

加太と淡路島の間にある紀淡海峡の真ん中にあるのがこの友ヶ島であり、
4つの無人島(沖ノ島、虎島、神島、地ノ島)から成り立つ。
冬の晴れた、空気の澄みきった日には、我が家の2階のベランダから遠く大阪湾の向こうに
この懐かしい友ヶ島が見えることがある。
そんな時はどんなに嬉しく心が躍ることか!

「ねえ、今友ヶ島が“ラピュタの島”って呼ばれているのを知っている?」
ある時、釣り好きの絵の教室の友人から聞かれたことがあった。
彼女は私が加太の近くの村で生まれ育ったのを知っているから、
私にこんな問いかけをしたのだった。
彼女はご主人と二人で時々加太まで釣りに行くのでこの類のニュースはよく知っている。
「『天空の城ラピュタ』を知っている?友ヶ島の砲台跡の場所がラピュタの天空の城にそっくりだと言われていて、観光客がたくさんきているらしいわ」
こういうことには全く疎い私にはびっくりするようなニュースだった。

「天空の城ラピュタ」は子供たち、特に長男が大好きで何度も何度も見ていたのでよく知っている。また、友ヶ島に第二次世界大戦の時の旧日本軍の砲台跡があることは子供の時から知っていた。その上、ここだけじゃなく加太から大阪の深日(ふけ)方面に抜ける途中にある大川村へ続く大川峠にも砲台跡があり、中学校のハイキングなどでよく遊びに行ったものだった。大川峠参りというものも子供の頃にあり、毎年春先にお弁当を持って祖母や両親、叔母夫婦、いとこ達とよく大川峠まで行ったものだった。

この砲台跡を遺す友ヶ島や大川峠の要塞は明治時代に旧日本軍が大阪湾防衛にために造ったもので第二次世界大戦まで日本の軍事要塞だったという。戦後70年余り、あまり知る人もなくひっそりとそこに遺っていた場所があの有名なアニメ映画「天空の城ラピュタ」で突然有名になり、多くの観光客が訪れてくるようになるとは夢にも思わなかった。
このような雑誌にまで取り上げられるほど有名になるとは思いもよらなかった。
時代が変われば、物事も考え方も変わるものだなぁと改めて驚いている。
雑誌の写真を眺めながら平和であることのありがたさを改めて感じたのだった。

どんなことがあってもこの平和を守り続けたい。
そう思った。


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終戦後完全に破壊された第2砲台跡
海の向こうに見えるのは淡路島
(「婦人之友」3月号・p9より)


* 追記 2/20:鍵コメントさんに頂いた言葉で地図を追加することにしました。
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# by PochiPochi-2-s | 2018-02-18 23:43 | 思い出 | Trackback | Comments(2)

生きている喜びを感じられるように生活したい


by PochiPochi-2-s